第22話
トントントン、とリズムよくまな板を叩く音がキッチンから聞こえてくる。
買い物から帰って早々に撫子は料理に取り掛かったのだ。その様子をリビングから眺めているのには理由がある。別に撫子のエプロン姿を眺めていたいからこうしてじっとしているわけではなく、彼女からそう依頼があったからというだけの理由でここにいる。
料理を始めようとした撫子を見て、リビングを出ようとすると「ちゃんとここで見ててください!」なんてことを言ってくる。確かに少しは可愛げあると思ったが、次の言葉が「またあの黒いのが出てきたら大変じゃないですか!」だった。
特にすることもなく、観たい番組もないので手持ち無沙汰な俺はソファに横になってスマホをいじる。
「撫子は友達と遊びに行ったりしたいのか?」
とはいえ、暇は暇なので話しかけてみる。
「今のところ予定はないですけど?」
「いや別にだから何ってこともないけど。せっかくの連休なのに出掛けないのかなと思って」
「それを言うならば兄さんもでしょう?」
「まあなー」
新学期が始まり、俺に出来た友達と言えば尊と椿だけだ。
その二人を遊びに誘って出掛けることもできるが、何というかちょっと面倒くさいというかかったるいというか怠いというか。遊びに行くときっと楽しいんだろうけど、行くまでが億劫なんだよな。
「可愛い女の子とデートはしないんですか?」
やや棘がある言い方だった。
「急にどうした?」
「何でもないですよ。ただ、可愛い女の子とデートのお約束でもないのかなと思っただけです」
撫子は俺が椿や水琴や天王寺先輩と一緒にいるところを目撃している。
しかも、見られたくシーンもしっかり見られている。なので、その辺のところどう思われているのかは分からないのだ。
その辺の話をする前に家族になってしまったので聞くに聞けなくなってしまったというか、タイミングを逃してしまった。
「せっかくの休みだし、遊びに行ってもいいけどな」
三人に連絡を取れば誰かは空いているだろう。最悪三人ともダメなら尊に声をかけるとしよう。きっとあいつは暇をしているに違いない。
俺がそんな返事をすると、まな板を叩く音のリズムが乱れ、激しくなった。
「いいんじゃないですか?」
絶対思ってないじゃん。
どういう感情なのかはまだ分からないけど、少なくとも何も感じていないことはないらしい。
妹として、複雑な気持ちでもあるのだろうか。
「いや、まあダラダラしたいから分からないけどな。気が向いたらってだけだ」
「別にわたしは何も言ってないですけどね」
言ってるんですよ? 口では言わなくても態度が語ってるんです。
自分で振っておいて何だけど、この話題はこの先良い展開にはならない気がするのでこの辺で打ち切っておくとしよう。
微妙な空気を打ち消すために、俺はテレビをつけてチャンネルを回す。興味のある番組はないので適当なところで止める。BGM程度にと思っていたら、撫子が話しかけてくる。
「何か観るんですか?」
「いや、何かやってるかなと思ったけど特に何もやってなかった」
「じゃあ録画を観てもいいですか?」
「どうぞ」
「そっちには行けないので操作してください」
言われて、俺は録画番組一覧を表示する。
家族四人、好きな番組が被ることはあるが、しかし結構趣味は違ったりする。
親父はスポーツ観戦が好きなので野球とか観るし、晴子さんはバラエティが好きだ。俺はアニメを好むのだが、撫子はドラマをよく見る。
「貴方色青春の七話をお願いします」
「ああ」
言われたドラマをつける。
することもないので俺もこのままこのドラマを観ることにしたが、なにぶん観ていなかったので話が分からない。七話にもなればクライマックスに向かう辺りなのでなお分からん。
「これどういう話なの?」
「恋愛ものですよ」
「だろうけれども」
それくらいは何となく雰囲気で分かるわ。
「生徒と教師が恋に落ちるんです」
「禁断の愛かよ」
禁断の愛というと表現が過剰すぎる気もするが、生徒と教師は恋愛仲になってはならない。
それは法律というよりは倫理観とかの話になってくると思うのだけど。
近代の愛といえど種類はあるし、その中の一つではあるはずだ。
「新しく赴任してきた教師のスバル先生のことを、京子はよく思っていなかったんです」
「なんで?」
「京子は男性が苦手だからですよ」
「安直な設定だな」
「大事なのは分かりやすさだと思いますけど」
「それで?」
「スバルは病気でなくなった恋人に似ている京子のことを気にかけるのです」
「お涙ちょうだいな展開か」
「最初は戸惑い、警戒していた京子でしたがスバルの優しさに触れて少しずつ心を許していくんです。そして、いつしかその心は恋心へと変わっていて」
「へえー」
それで、この話に至るのか。
七話ではスバルと京子が旅行していた。
もうお互いに好き同士で恋人になったのだろうか。それとも、気持ちはなあなあのままで二人でいるのか。現段階では定かではない。
「しかしあれだな、女子ってのは禁断の愛ってやつが大好きだな」
「そうですか?」
「こういうドラマもそうだけど、女性向けの恋愛漫画ってそういう設定多くないか?」
「どうでしょうか、気にしたことはなかったですけど……それを言うなら男の人だってそうじゃないですか」
「え?」
「わたし知ってるんですよ。兄さんが持っている漫画では妹ちゃんはお兄ちゃんのことが大好きなんですよね?」
「……一概にそうとは言い切れないけどな」
なんで知っているんだこいつは。
いつの間に俺の部屋に侵入した?
「いいじゃないですか、同じ穴のムジナということで」
「どういうことだよ」
「同じ、禁断の愛が好きということで」
「別に好きじゃないってば」
ここで俺がどれだけ否定しても嘘っぽく聞こえてしまう。
確かにギャルゲとかでよくある妹との恋愛ってあれ禁断の愛なのか。全く意識していなかったけれど、だとすると男のオタクも禁断の愛大好きだな。女教師と生徒とかも全然あるもんな。
人類皆禁断の愛が好きということでいいか。
「……禁断の愛、かあ」
キッチンで撫子が何かを言ったような気がしたが、よく聞こえなかった。聞き返そうかとも思ったが止めておくことにした。
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