第20話

「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっっっッッッッッッ!」


 かつて聞いたことのない叫び声で本日二度目の目覚めは訪れた。

 頭が働いていないので何が起こったのかも理解できなかったが、少し時間が経ってさっきのは撫子の叫び声だったと理解する。


 何かあったのか?

 まさか泥棒とか? いやいや、そういう感じの叫び声じゃなかったな。どっちかというと露出魔と出くわして局部見せつけられたときに出すタイプの叫び声だった。


 なんてことを考えながら俺は部屋を出てリビングへと向かう。


「何かあったのか?」


 リビングに入ると、テーブルの上に乗ったエプロン姿の撫子が視界に入る。


「……いろいろとツッコみたいところだが、とりあえず何があったの?」


 俺が尋ねると、撫子は唇をわなわなと震わせながらこちらを向く。


「ででで、出たの」


「ああ?」


「だから! 出たの!」


「……何が?」


「黒くてカサカサ動くあれ!」


「ああ、ゴキブリか」


「なんで口にするの!? せっかく名前言わなかったのに!」


 いやそんなこと言われましても。

 涙目になりながら必死に訴えてくる。そうとうテンパってんな。


「どこに出たの?」


「キッチンのところ!」


 右手で持っていたおたまでキッチンの方を指す。

 俺はキッチンを見に行くが、既にゴキブリの姿はそこにはなかった。撫子がわーきゃーしている間に姿をくらませたのだろう。


「いないぞ」


「いるよ!」


「いや、でも」


「冷蔵庫の下とかちゃんと見た!?」


「……」


 俺ははあと大きく溜め息をつきながらキッチンの隙間などの捜索を始める。

 物音を立てるとそれに反応してさらに逃げられてしまうので、極力慎重に静かにを意識しながら探す。


「あ、いた」


 どうしてこいつらはこう隙間という隙間に入っていくのだろうか。

 結構奥にいるから叩くのは難しい。かといって除去しなければ撫子が納得しないだろう。この状態のヤツを倒すにはゴキジェットが必要だ。


「なあ撫子、ゴキジェットを持ってきてくれ」


「自分で取りに行ってください」


「ここを動いたらまた逃げられるかもしれないだろ」


「そこを何とかしてください!」


「無茶苦茶言うな……」


 何が何でもテーブルの上を動かないという意思表示なのか、撫子はテーブルの上で三角座りをしていた。普段ならば、行儀が悪いと言って絶対しないだろうに、今はそんなことお構いなしにテーブルに乗ってるな。


 ジェットはどこにあっただろうか。

 ていうかそもそもあっただろうか?


 思い返すとここ数年ゴキブリと遭遇した記憶がない。引っ越してきてからは初めての遭遇ということになるので、もしかすると用意していない可能性がある。


「……」


 かといって、このままだと俺のせっかくの休日がゴキブリ退治で終わってしまう。そんなことはあってはならない。


 こうなったらイチかバチか最終手段だ。

 俺は長めの棒状のものを探し、ゴキブリ目掛けて伸ばす。

 すると、存在に気づいたゴキブリはあの絶妙に気持ち悪い素早い動きで移動を始める。俺はスリッパを手にし、迎撃準備をする。


 が。


「しまッ」


 ゴキブリの移動速度は想像以上で俺の攻撃は空を切る。そして危機を察知したゴキブリはこの場から離れる。

 向かった先は、リビングの方だ。


「気をつけろ! そっちに行ったぞ!」


 俺も慌てて後を追う。

 ゴキブリってあんなに速かったっけ? 数年見ていなかったのでヤツのスピードを侮っていたようだ。


「ひっ」


 ゴキブリは何故か撫子のいるテーブルの方に向かう。

 他にあっただろ!


 すると撫子は小さく悲鳴を上げて、恐怖を表情に現した。涙目になった撫子はぐっとこらえるような顔をしているが、ゴキブリが近づくにつれてその表情は崩れる。


 そして。


「いやあああああああああああああああああああああ」


 彼女はテーブルの上から飛んだ。

 どうしてわざわざ安全なテーブルの上からゴキブリのいる床へと降りてきたのか。


 愚かなり、撫子。

 なんて、考えていたために前方不注意だった俺に、撫子が飛び込んでくる。


「ぐえっ」


 突然の衝撃に俺は思わず床に倒れた。

 体に柔らかい感触、ふわりと香るいいにおい、それを忘れさせるような鈍い痛み。


「……どい、て、くれ」


 その後めちゃくちゃ退治した。

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