第六章

第19話

「本当に大丈夫か?」


 ゴールデンウィーク二日目、午前七時三六分。


 神楽坂家玄関にて、親父と晴子さんが大きな荷物を持って靴を履く。

 先に履き終えた親父がこちらを振り返って心配そうな顔でそんなことを言った。


「だから、何度も言わすなよ。大丈夫だって」


「そうですよ。二人は存分に旅行を楽しんできてください」


 俺はかったるそうに、その横で撫子は常に笑顔で優しく言う。

 それでも親父の心配そうな表情は消えない様子だったが、靴を履き終えた晴子さんは撫子の方に視線を向ける。


「私が心配してるのはあんたの方だけどね。撫子」


「わたし?」


 まさか自分に矛先が向くとは思っていなかった様子の撫子だった。


「当たり前でしょ。遊介くんはしっかりしているけれど、あんたは抜けてるからね」


 ふふ、そうかそうか俺はしっかりしているか、と若干ドヤ顔で撫子の方を見ると、恨めしそうにこちらを睨んでいたのですぐに視線を逸らした。


「まあ、二人いるし、こっちのことは何とかするから楽しんできてください」


「……そう? それじゃあ」


 俺に言った後、晴子さんはちらと親父の方を見やる。


「家のことはお前らに任せるとするか」


 ようやく親父も表情を晴らした。


「おみやげには期待してるから」


「いってらっしゃい」


 親父と晴子さんは笑いながら家を出ていった。

 楽しい旅行になればいいんだけど。


 なんてことを心配している場合ではない。

 親父と晴子さんはこのゴールデンウィークを利用して一泊二日の温泉旅行に出掛けた。


 新婚旅行も行っていないし、とりあえず二人で旅行に行ってくればどうだろうかという撫子の提案を聞き入れて今回の旅行が計画された。家のことを心配する二人を説得するのが一番大変だった。


 二人が家を開けるということは、つまり俺と撫子はこの家で二人きりになるのだ。


「行ったな」


「ええ、楽しんでくれればいいんですけど」


 別に何かを期待するわけでもない。

 なにせ、俺と撫子は兄妹なのだから。ただ、二人で協力してこの二日間を何事もなく乗り切るだけだ。


 なんてことを考えながら、俺はちらと横にいる撫子を見下ろす。

 ちょうど彼女もこちらを気にしていたのか、目が合った。撫子はハッとしてすぐに視線を逸らして、もう一度恐る恐るといった調子で俺の方を見上げた。


「なん、ですか?」


「……いや、何でもないけど」


 どうしたものか。

 まあせっかくのゴールデンウィークだ。親父も晴子さんもいないんだし、ここは思いっきりダラダラするに限るな。

 そう考えた俺は階段を上がる。


「何するんですか?」


「寝直す。せっかくの休みだからな、昼まで寝ないと損した気分になっちまう」


「昨日もダラダラしていたじゃないですか……」


「こうも続けてダラダラできるなんてサイコー以外の言葉が出てこないぜ」


 撫子が階段下でぶーぶー言っているが、俺は気にせず自室に戻りベッドにダイブした。

 ああ、二度寝最高かよ。

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