間章一
第18話
「よし、それじゃあちょうどいいからデートをしよう」
廊下から聞こえてくるのは女の声。
それに返事をしているのは、わたしのよく知っている人の声でした。
天王寺紗千香と神楽坂遊介。
天王寺先輩といえば、三年生であるにも関わらず学校中の男子から好意を寄せられていると噂の美人生徒だ。本当かは分からないけれどモデルをしているなんていう噂もあるくらいだ。
「他の生徒の視線が怖いんでちょっと離れてもらっていいですか?」
神楽坂遊介はわたしのクラスメイト。
今まではそれだけだった。
ただのクラスメイトでそこまで関わることもなく、これからも関わっていくこともないだろうと思っていた相手。
けれど、神様の悪戯なのかそれとも気まぐれなのか、わたしの思っていた通りにはならなかった。
彼は二年生が始まってすぐくらいに告白をしてきた。
戸惑いました。
彼のことを嫌いだったわけではありません。むしろ、印象だけで言えばプラス寄りだったと言える。だからこそ、返事に困り、わたしは答えを保留した。
その日の夜に彼がわたしの家族になることを知った。
わたしの頭の中はもうぐちゃぐちゃだった。
正直言って、嫌だった。
それもまた彼のことが嫌いだからではなく、むしろ嫌いじゃなかったからこそ嫌だと思った。
彼の告白を受けて、わたしは正直悩んだ。悪い人ではないのは分かっていたし、少なからずプラスな印象を抱いていたので、友達以上の関係になることだって考えた。すぐではないにしても、彼とのそういう関係も想像した。
だからこそ、その現実には困惑したのだ。
血は繋がっていないから大丈夫、そうは思えなかった。
そんな未来を選んでしまえば、きっと母は悲しむだろうから。
大変な思いをしてわたしを育ててくれた母に、これ以上の苦労はかけたくない。ようやく掴んだ幸せを手放してほしくない。
そう思う反面、彼と過ごしていくうちにわたしの中の気持ちはさらに変化していった。
一緒に過ごして分かる、彼のいいところ悪いところ。
家族だからこそ受け入れることができる部分はたくさんあった。
「はあ」
自分の気持ちが分からなかった。
「撫子、帰る?」
「ええ。ですが今日はちょっと寄るところがあるので」
「あ、そなの。んじゃ、また明日ね」
友達に断りを入れて、わたしは教室を出た。
別に用事なんてなかったけれど、今日は何だか一人で帰りたい気分だった。
廊下に既に彼の姿はなかった。
一緒に帰る約束なんてしていなかったし、当然のことだけれど、なぜか胸のあたりがちくりと痛んだ。
わたしと彼は、学校ではただのクラスメイト。
兄妹であるということは隠しているので、今まで以上に仲のいい素振りを見せると怪しまれてしまう。なので、あまり積極的に関わることはしていない。
その関係を提案したのはわたしだ。
なのに……。
「バカだなあ、わたしは」
帰り道に空を見上げて、独りごちる。
決意したんだ。
彼とは、家族であろうと。
兄と妹であろうと。
けれど、そんな気持ちとは裏腹に最近何だかモヤモヤするのだ。
クラスメイトの花宮椿ちゃんとは仲良さげだ。よく一緒にいるし、彼女に関しては確実に遊介くんに好意を抱いている。
一年生の後輩ちゃんにも何やら絡まれている。恋愛感情があるのかは定かではないけれど、ずいぶんと遊介くんを慕っているようだった。
三年生の天王寺紗千香先輩も、恋愛感情かはともかく気にしているのは確かだ。今日だって二人でどこかに消えてしまっていた。
そんな光景を見る度に、ちくりと胸が痛み、モヤモヤした気持ちになる。
ダメだと分かっていても、心の奥底にある何かが込み上げてくるのだ。
だからわたしは、彼のことを「兄さん」と呼ぶことにした。
突然、そんな呼び方をしたものだから、遊介くんはえらく困惑していた様子だったけれど、最後にはきちんと受け入れてくれた。
そう呼ぶことで、自分と彼が兄妹なんだと意識する。
自分に言い聞かせるように、わたしはそう呼ぶことに決めたのだ。
最初は照れくさかったけれど、最近はようやく慣れてきた。最初は両親も驚いていたけど、兄妹仲良くなるかくらいに考えて受け入れてくれたようだった。
同じ時間を過ごせば過ごすほど、彼への気持ちが変わっていく。
遊介くんはどう思っているのだろうか。
告白をした日の夜に、その相手が妹になると知って、何を考えたのだろう。
今はもう妹だから、と割り切っているのだろうか。
それとも、わたしのように悩んでいるのだろうか。
どれだけ考えても、分からなかった。
「……はあ」
答えなんてそう簡単に出はしないのだから。
今日はいつもよりも溜め息をついてしまった気がする。
こんな日は家に帰ってシャワーを浴びるのだ。そうすればスッキリするはず。
考えたって仕方のないことだけれど、考えずにはいられない。
この悩みは、まだまだ消えそうもない。
わたしは今日も、自分の感情と向き合い、戦うのだ。
家に帰り、誰もいないことを確認して少しだけ安堵する。
「シャワー、浴びようかな」
そう思い、わたしは脱衣所へと向かう。
以前、着替えを覗かれたことを思い出し、今度はしっかりと使用中の札をかけるのを忘れなかった。
この悩みも全て、水と一緒に流れ落ちてしまえばいいのに、そんなことを思いながらわたしはシャワーを浴びるのだった。
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