第16話
「よーし、もしお姉さんに勝つことができたら何でも一つお願い事を聞いてあげよう」
あれから、半強制的に連行された俺と天王寺先輩がやって来たのは学校から数駅離れたところにある複合アミューズメント施設である。
カラオケやボウリング、スポーツ系の様々なアトラクションに加えて漫画喫茶まで揃っている若者の集いどころと言われている場所だ。
「何でも、ですか?」
「何でも、だよ」
何でもって、それはあれですかあんなこととかこんなこととかもありなんですかね少年誌ではあまりよくないこととかもいいんですかねラノベだと許されたりするんですかそうですかありがとうございます!
「いいんだよ、後輩くんが望むのなら」
先輩は俺の耳元に顔を近づけて、
「私の体、好きにしても」
囁くように言ってくる。
瞬間、ぞわぞわっと体に衝撃が走る。
俺は咄嗟に先輩から距離を取った。
「あはは、相変わらず面白いリアクションをするなあ、後輩くん」
「……ったく、この人は」
「その代わり、私が勝ったら後輩くんが言うこと聞いてね。さしずめ、私は神龍、後輩くんはポルンガってわけだ」
しれっと自分の叶えられる願いを三つにしてやがるッ!
いや、でも考え方を変えれば神龍は物語の後半にはパワーアップして叶えられる願いが三つになっている。あんなことを言うということは先輩はその事実を知らない。つまり、黙っておけば勝ったときに上手く優位に立てるかもしれない。
「まあ、いいでしょう」
「約束だぞ」
にひひ、と楽しそうに笑う先輩についていく。こうして俺達の勝負は始まった。
五本勝負をすることになった。
試合内容は負けた方が選べるというルール。最初の競技は公平にじゃんけんで勝った方が決めるということになった。
その結果。
「残念だったね後輩くん。これが最初で最後の競技を決めるチャンスだったというのに」
「なんすかその遠回しな連勝宣言」
「遠回しに言ったつもりなんてないけどね」
なんていうが、こっちは男だ。さすがにそんな展開にはならんだろう。それに、めちゃくちゃ得意というわけでもないが、運動はわりかしできる方だ。負けるわけにはいかないぜ。
「じゃあとりあえず、ボウリングでもしよっか」
「俺、苦手じゃないですよ?」
「そうなの? それは楽しみだなあ」
ニタリと笑う彼女の、その笑みの意味を俺は後ほど嫌というほど理解する。
ボウリング対決は普通に一ゲームのスコアで競うことになったのだけれど。
「へえ、やるじゃん後輩くん。ストライクだよ」
「ふふ、まあこれくらいはね」
久しぶりのボウリングだったからどうかと思ったが、思っていたより勘は鈍っていなさそうで安心した。これならば負けることはそうそうないだろう。
ガコーン!
「見てた? 後輩くん」
「ええ、もうばっちりと」
動いてひらりと揺れるスカートとそこから伸びる綺麗な太ももまでばっちり見ていましたとも。ごちそうさまです。
もちろん、それだけではない。
天王寺紗千香は運動神経抜群だった。
そして、ゲームの結果――。
「やったあ、私の勝ちぃ!」
ぴょんぴょんと、体全体で喜ぶ天王寺先輩。その度に揺れるたわわに実った胸元が俺どころかボウリング場内全ての男子の視線を集めた。そして俺に向けられる殺意の視線。
「バケモンみたいなスコアだ……」
俺のスコアも決して悪くない。何ならばベストスコアを叩き出したと言っても過言ではないだろう。しかし、天王寺紗千香はそれを軽く凌駕した。まじやべえ。
「ふっふっふ、早速一勝いただきましたよ」
「まあ、ハンデみたいなもんですよ」
ああ、そうか。
彼女はもともとこの勝負に負けるつもりなんて微塵もなかったんだ。
自分の実力に自信があったというわけか。
なるほど……これはなお負けられねえぜ。舐められたまま終わってたまるか!
「次の勝負は、そうだな、どうしようかなあ」
んー、と唇を尖らせながら焦らすように考える。
この施設内での勝負なので、ほとんどがスポーツ系ということになる。中には未経験のものもあるが、俺に拒否権はない。
「じゃあ、フリースロー対決にしよっか」
「バスケっすか」
悪くねえ。
「いいんですか? 俺こう見えて中学の時はバスケ部だったんすよ?」
「へえそうなんだ。それは楽しみだなあ」
そして、彼女は不敵に笑う。
なんかデジャヴ。
ボウリング場からバスケコートに移動する。放課後だと言うのに、今日はあまり人がいないようでどこも待ち時間はない。
バスケコートは屋上にある。ハーフコートの中に入った俺達は荷物を置き、各々ボールを触って感覚を取り戻す。ボールを触るのは久しぶりだな。
「交互に打って、三本先取でいいかな?」
「上等」
お互いがボールに慣れたところで勝負開始である。
先攻は天王寺紗千香。フリースローラインからボールを放つ。
パシュ。
ボールは綺麗な弧を描いて、リングに吸い込まれた。
「お、入った。ラッキーだ」
なんて言うが、顔は全然そんなことを思っていないくらいに笑っている。
「言っときますけど、これは俺自信ありますからね!」
俺も負けじとボールを放つ。
ガガン!
とリングに当たり、ボールはネットを通らずに地面に落ちる。
「……」
「まあ、そういうこともあるよ」
気を遣われた!
そして、スコアに二連敗目が刻まれた。
「んー、まさか三つも自分が決めるとは思っていなかったからなあ。ちょっと悩むなあ」
「言ってくれますね先輩。言っとくけど、野球は九回裏ツーアウトからが本番なんすよ」
「つまり?」
「追い込まれてからが本番ってこと」
「わお、それは期待しちゃうなあ」
楽しそうに言う先輩はピンと思いついたように俺の方を向く。
「じゃあ次の勝負はビリヤードにしよう」
「ビリヤード?」
「やったことある?」
「遊びで突くくらいは」
油断した。
まさかここでビリヤードなんて提案が来るとは思っていなかった。てっきりバッティングとか卓球とかの類かと予想していたんだが。
「心配しなくても、私も未経験だよ」
焦る俺に先輩はそんなことを言う。
「私の初めて、後輩くんにあげるね?」
すっと俺との距離を詰めて、耳元で囁かれる。
その瞬間に、ふわりといいにおいがして、さらに柔らかい感触が当たる。俺は咄嗟に距離を取る。
「……ふざけてないで、さっさと行きますよ」
「ふざけてなんてないんだけどなあ」
ぶうっと、唇を尖らせて天王寺先輩は呟いた。
ビリヤードのルールは至ってシンプルだ。
一から九までのボールを一から順番に落としていく。ボールを落とせれば続けて打つことができる。
「それじゃあ、後輩くんからどうぞ」
「むっ、それはハンデとかいうやつですか?」
「そんなんじゃないよ。私は未経験だからね、どんな感じですればいいのか見たいの」
言うことがいちいちエロく感じるのは、やはり彼女が纏う妖艶な雰囲気のせいだろう。
胸元の開いたカッターシャツの上からはブレザーではなく、薄いベージュのカーディガンを着ている。スカートは短く、ハイソックスが絶対領域を作り出す。
ボタンが外れているせいで顕になっている大きな胸、短いスカートから伸びる白くきれいなな太もも、リップを塗っているのかややピンク色の唇だって、全てがエロく感じる。これは男性の理性破壊の最終兵器だ。
俺がボールを打つが穴には入らず、手番は先輩に切り替わる。
ボールを打つために長い棒を構える。俺のフォームを見様見真似でしているのでどこかぎこちなく、まだ不安定だ。それでもきっとそれなりの結果を出してくるに違いないと、俺は先輩のプレイを見届けていた。
その時視界に入るのは、ビリヤード台に押し付けられ、形の崩れた胸だった。ボタンが開いているのでもともと見えていたが、形を変えているのがより一層エロい。あんなのもう妨害行為に等しいよ。俺は既に満足なプレイなんてできない状態だよ。
カン、と。
さすが運動神経抜群おばけ。
初めてのくせにボールに棒を当てた。初心者は結構空振りしがちなのに、そんなあるあるをあざ笑うかのようなプレイを見せた。
それから、交互にプレイを続けていく。
初心者というだけあって、さっきまでのような圧倒的な展開にはならないものの、それでも結局ボールを入れた回数は先輩の方が上だろう。何なんだよこの人まじで。
このゲームが入れた玉の数で勝敗が決まるのなら俺は負けていた。しかし、今回は九のボールを先に入れた方が勝ちというルールだ。どれだけボールを入れようと意味はないのだ。
「今回は俺が勝てそうっすね」
「んー、悔しいなあ」
八までのボールが既に台上から消え、残すところは九ボールのみ。それに加えて、次は俺のターンだ。
勝った。
そう思った瞬間だった。
棒を構え、ボールを打つ。
何のミスもしなければ九ボールは絶対に穴に落ちる。
だというのに、俺は肝心なところでミスをした。
打つ瞬間に、後ろから聞こえた先輩のくしゃみが想像以上に可愛らしかったことに驚き、力が抜けてしまったのだ。
結果、棒は空振り、ボールは動かないまま先輩のターンに移ってしまった。
「私のくしゃみで狂ったんなら、もう一回打ってもいいよ?」
「いや、そういうのよくないんで」
結果、負けた。
なんであそこで見栄張っちゃうかなあ。やり直させてもらっていれば俺の勝ちだったというのに。でも、何かダメな気がしたのだ。プライド的に。
「えっと、ボウリングとフリースローと、ビリヤード。私の三勝ってことは、このゲーム私の勝ちだね?」
「ええ!」
まさかここまで惨敗だとは思っていなかった。
最後のビリヤードは未経験のゲームをするというお情けをもらった上での敗北。最初の二試合はもう手も足も出ないレベルの完敗。そうです、俺の負けなんです。
「なんでも、言うこと聞きますよ。何がいいですか? お金はあまりないんで高級ディナー奢りとかは勘弁してください。あと死ねとかそういうのもなしで」
「相変わらず私の印象どうなってるんだ……」
ちょっと引き気味に、先輩は言う。
「んー、どしよっかな」
周りを見渡しながら先輩は唸る。
「じゃあ、あそこの自販機で飲み物買ってきて?」
「へ?」
そんだけ? 的な意味で俺は短く聞き返す。
もっとやべえ罰ゲームでもさせられると思っていたので、拍子抜けなところはあった。
「だから、ジュース買ってきて。スポドリね」
「そんなんでいいんすか? もっとなんかこう、やばいやつ……」
「後輩くんは私に何をされたいのかな? 申し訳ないけど、私はそこまでハードな趣味は持っていないよ。まあ、後輩くんがどうしてもって言うなら付き合ってあげてもいいけど」
頬を染め、くねくねしながら先輩は言うがここはスルー。
「別に罰ゲームさせたくてゲームしたわけじゃないからね。私は、ただ後輩くんと楽しい時間を過ごしたかっただけなんだよ?」
「……」
俺は、この人のことを少し勘違いしていたようだ。
ミステリアスというか、何を考えているか分からない人だと思っていたけど、たぶんこっちが深読みしていただけできっと何も考えていなかったのだ。ただ思ったことを口にして、目の前のことを楽しんでいただけ。
だからこんなにも魅力的で、誰にでも人気なのだろう。
「じゃあ、よろしくね。もちろん、後輩くんの奢りだよ?」
「これくらいなら余裕ですよ」
いつしか、相手のことを信じれなくなっていた気がする。
それがいつからだったのか、どうしてなのか、そんなの自分でも分からない。
これからは、もう少しそのままの相手を受け入れてもいいのかもしれない。そんなことを思う放課後の時間だった。
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