第13話
「今日は水琴の奢りなので、じゃんじゃん食べちゃってくださいね、マスター」
晩飯は家で食うのであまりじゃんじゃんは食べれないんだけどな。そもそも、後輩の女子にじゃんじゃん奢られるのも気が引ける。
というわけで、おやつ程度に食べれる甘味処へやって来た。
その店は例の商店街の中にあり、知る人ぞ知る名店である。知らんけど。
「別にいいって言ってんのに」
「それじゃあ水琴の気持ちが収まりませんので」
「……そっすか」
結構頑固なところあんのな。
たぶん何を言っても考えは変えないだろう。まあこの程度を奢られるくらいならそこまで気を遣うこともあるまい。
俺は手元にあるぜんざいを見ながらそう思った。
俺が水琴に対して勝手に借りを返したように、水琴も俺に借りを返しているだけなのだ。
「美味しいですか? マスター」
「ああ、美味だ」
ぜんざいをすすりながら俺は答えた。
「ていうか、そのマスターっていうのはそろそろ止めてくれないか?」
「どうしてですか? マスターは水琴のマスターですよ?」
「俺はお前のマスターになった覚えはない」
俺がそう言うと、水琴はマジのきょとん顔をする。なんでそんな顔ができるんだよ。
「水琴とマスターは固い契約で結ばれているのでは?」
「結んだ覚えはない」
「じゃあ水琴はマスターのことをなんと呼べばいいんですか?」
「そんなの……普通に、先輩とかでいいだろうよ」
自分で言ってから、何だか恥ずかしくなる。
「それだとマスターじゃなくなってしまいます」
「それでいいんだよ! クラスの連中の前でマスターとか呼ぶだろ。あれ結構恥ずかしいんだぞ」
以前、一度だけ水琴が俺のクラスまで来たことがある。そのときにクラスの連中の前で俺のことをマスターと呼んだのだ。それ以来、クラスメイトからはマスターというあだ名をつけられていじられている。
「水琴は周りに友達もいないので」
「急に悲しいこと言うな!」
あっけらかんと、水琴は言う。一年生とはいえ、それ結構由々しき事態だろ。
「友達いないの?」
「はい」
なんでそんな笑顔で返事ができるの? 鋼のメンタルの持ち主なの?
「なんで――」
聞きかけて、止めた。
理由なんておおよそ予想はつく。
南戸水琴はいわゆる中二病的な一面を持つ。
常にそういう調子でいるわけではないのだろうが、考えの根本に中二病的な思考が植え付けられている。なので言動が痛かったりする。
俺のことをマスターと呼びたがるのもそういうことだろうし。
当然、高校で華やかな青春を謳歌しようと考える生徒からすれば絡みづらい。
「でもいいんです。水琴にはマスターがいますから」
「……」
このままでいいことなんて絶対にない。
きちんと友達を作って、楽しい学生生活を送るべきなのだ。
けれど、それは周りが勝手に作った一般的な青春の模範解答でしかない。それを今の水琴に押し付けても意味はない。受け入れることはないだろうから。
今はまだ、このままでいいか。
「せめて、他の人の前ではマスターと呼ぶのは止めてくれ」
「じゃあ何と呼べば?」
「先輩でいいだろ」
「それだとマスターがマスターではなくなってしまうのでは?」
この会話がデジャヴだ。
認識にズレがあるというか、考えの根本にあるものが違うから話が通らないのだ。だから、相手のフィールドに立って向き合う必要がある。目には目を歯には歯を、中二には中二を。
「いやな、俺がお前のマスターであることは、あまり知られてはいけないんだ」
「どうしてです?」
「え? ええっと、それはだな……あれだ、俺はとある組織に狙われていてお前が俺の知り合いであることが奴らにバレたらマズイんだ。いろいろ」
適当な言葉を並べて言ってみる。
水琴はほえーみたいな表情で俺の言葉を最後まで聞く。
ダメか?
「じゃあ仕方ないですね! 他の人の前ではマスターと呼ぶのは控えるとします。けれど、ピンチのときはいつでも言ってくださいね。水琴はマスターのためならば、たとえ火の中水の中、どこへだって駆けつけますので!」
きらきらした瞳を俺に向ける。
さっきので正解だったようだ。
しかし、この手が通じるならばそもそもマスター呼びを止めさせることもできたのだろうけれど、そこまで思い至らなかった俺のミスだ。諦めよう。
「まさかマスターも組織に追われていたとはー」
とびっきりの笑顔で話す白髪の少女を見ていると、それくらいはまあいいか、と思えるのでそれくらいは我慢するとしよう。
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