第10話
「遊介くんは何にします?」
俺と椿は、撫子らのグループと別れたあとに例の和菓子屋にやってきた。
ショーケースの中に手作りの和菓子が並べられており、それを購入した後にイートインコーナーで食べていけるシステムのようだ。
「私はどら焼きにしよっかなあ」
「俺も同じのにするわ」
「えー、違うのにしたら分けっこできるのに?」
俺が言うと、椿はぶうっと頬を膨らませる。
「それでそっちのが美味しかったときには、自分の選択を後悔してしまうからな。無難に同じやつを頼む作戦でいく」
「ま、いいけどさ。どら焼きにハズレはないからね」
言いながら、椿が注文を済ませる。
その間に俺は席の確保に向かった。
「あそこが空いてるな」
一つのテーブルを挟んでイスが二つ置かれている二人用の席を見つけて、俺はそこをキープしに行く。
尊の姿が見えない、と彼の存在を気にしている人もいるだろう。
尊は事情があって帰った。
別に椿が追い払ったわけではない。結構シビアな発言が多いが、別に尊のことを嫌っているわけではないのだ。
では何故か。
『わりぃ、今日妹と約束あるの忘れてた』
だそうだ。
妹がいることにも驚いたが、何かを約束するくらい仲が良いことにも驚いた。
それを聞いて、椿が少しだけ喜んでいたようにも見えたがそれは気にしないことにした。
『そういや遊介よ』
帰り際、まだ椿が撫子らと話しているときに尊は俺に耳打ちしてきた。
『花宮ってさ、お前のこと絶対好きだろ? 何で付き合わねえの?』
なんてことを言ってきた。
『彼氏彼女になっても、俺達の友情にヒビはいれないでくれよ。じゃあな』
そして、シシシと笑いながらそんなことを言って尊は去っていった。
俺と椿を一番近くで見ているのは尊だ。
その尊がそう言うのだからきっとそうなのだろう。その時、俺の考えが正しいのだということを再認識した。
何で、か。
「おまたせ」
俺が考え事をしていると、お盆に和菓子とドリンクを乗せて椿が持ってきた。
俺はキープ用に置いておいたカバンをどかせて椿に座るよう促せる。
「へえ、うまそうだな」
「でしょー? きっとすっごく美味しいよっ」
手を合わせながら、目をキラキラと輝かせて椿は言う。
椿はスマホを取り出して、パシャパシャと写真を取る。インスタ映えというやつを気にしているのかえらくリテイクが続いている。いや、リテイクなのかも知らないけれども。
「いただきまーす」
俺は写真とか撮ったりもしないし、先に食うかと思ったのだが。
「ちょっと待って遊介くん!」
止められた。
どら焼きにはまだ手を触れていない。触れるギリギリのところで止められた俺は面倒くさそうな顔を椿に向けた。
「せっかく一緒に来たんだから写真撮らないとっ」
何その女子理論……。
どら焼きの写真を撮り終えた椿は今度は立ち上がる。
スマホをインカメモードに切り替えて、画面をこちらに向けて腕を上げる。画面には椿が写っており、俺は完全にフレームアウトしていた。
「ほら、遊介くんも入って?」
「え、俺も入んの?」
「もちろんだよ。二人で来たんだよ? 写真撮らない選択肢とかないでしょ」
そして再び女子理論。
「……まあ、いいけど」
あまり気乗りはしなかったが、きっと撮らないと終わらないので付き合ってさっさと終わらせることにした。
何枚かパシャパシャと撮っては画像を確認する。どこか不満げな表情を浮かべて、リテイクを出してくる。それって俺が悪いの? それとも自分の写真写りが悪いの? 原因教えてくれないと、そろそろ俺の表情パターンがなくなってきたんだけど。
「よしっ」
ようやくオッケーが出たところで俺は着席した。
ていうか、そもそもどら焼きにインスタ映えとかねえだろ。
皿の上に乗せられたどら焼きは別に何の変哲もないイメージ通りのどら焼きだ。カラフルな見た目なわけでもないし、デコレーションされていることもない。盛り付けがキラキラもしていない、普通に地味めな見た目。
これに映えってのを求めるんだから、女子ってのは分からん。
「な、なに?」
俺がそんなことを考えながらじーっと椿を見ていると、それに気づいた彼女は居心地悪そうに表情を歪ませつつ顔を赤くする。
そして、何かに気づいたのかハッとして口を開く。
「ち、違うよ? 勘違いしないでよねっ、別に遊介くんと一緒に写真が撮りたかったとかそういうんじゃないから! ただ男子と一緒に写ることで自分の体の小ささをアピールしたいだけなんだからっ」
よく分からん考えで言い訳してくる。
そのアピールは果たしてアピールになっているのかどうか。
「さっさと食おうぜ」
俺が短く言うと、その温度差が恥ずかしくなったのか肩を小さくしながら小さく「そだね」と呟いた。
俺はどら焼きを手に取って一口かじる。
俺はそこまで食にうるさいこともないが、このどら焼きが美味しいことは一口で分かった。
ふわふわの生地に、中のあんこ、それと一緒に入っている生クリーム。小豆が練り込まれているであろう生クリームは、あんこの美味さを潰すことなく生地の中で共存している。
過去、どら焼きを食べる機会は何度もあったがその中でも一番の味と言っても過言ではない。
「美味い!」
「うん! これは美味だねっ」
椿も同じ感想を抱いたようで安心した。
それで相方があんまり美味しくないみたいなリアクションをしていたら、自分の味覚を少しだけ疑ってしまっていた。
「遊介くんは甘いもの好き?」
「まあ、好きか嫌いかで言うなら好きだけど」
めっちゃ好きかと言われるとそうでもない。好きよりの普通ってところかな。
俺が答えると、椿はもじもじしながら俺の様子を伺う。
「私ね、他にも美味しいスイーツのお店知ってるんだけど、また今度一緒に行かない? できれば、二人で……」
最後の方は声が小さくて上手く聞き取れなかった。文脈でおおよそ何を言っていたかくらいは予想がついたが。
「そうだな。また放課後にでも行けるといいな」
この言葉に嘘はない。
別に椿のことが嫌いなことはないのだ。どちらかと言えば好きなくらい。
けれど、その『好き』と彼女が俺に抱く『好き』は同じではないのだと思う。
「じゃあ、また誘うね」
いつも思う。
互いが抱く『好き』という感情が同じであれば、どれだけ楽だろうかと。
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