第三章

第9話

 俺が花宮椿に抱いた第一印象はお淑やか、だった。


 四条撫子と似ていて、けれど少しタイプの違う女性。そんな感じだったのだけれど、だからこそ俺は花宮椿に心惹かれる可能性もあったのかもしれないけれど。


 それはあくまでも第一印象の話だった。


「遊介くん、今日は何か予定ある?」


 一日が終わり、あとは帰宅するのみとなった時のこと。

 椿が俺の席へとやってきた。


「ん? いや、特にないけど」


 うちは両親が共働きだ。

 それは稼ぎが少ないという意味ではなく、お互いがこれまで働いていたのでそれを継続しているだけ。結婚したからといって、がらりと生活が変わるわけではない。なので家に帰っても誰もいない。


「それじゃあ今日は私とデートしてくれない?」


「……で、デート?」


 四月もまもなく終わりを迎える。

 クラスメイトもようやく新しい教室の空気に慣れ、それぞれが落ち着いた時間を過ごすようになっていた。


 ちなみにだけれど、俺と撫子は学校ではそこまで深くは関わらない。同居しているなんてことが知れれば確実にからかわれるし、面倒事になるのは目に見えている。なので、隠すという方向で意見が一致した。


「何だ何だ、帰るのかお二人さん。そういうことなら俺も」


「尊くんは一緒じゃなくていいよ」


「ええ?」


 俺と椿の姿を見た尊が調子よく近づいてきたのだが、椿がそれを一蹴する。


「何だよ、そんな連れないこと言うなって」


「空気の読めないクラスメイトだね。まあいいけど」


「まあいいならわざわざ言わなくても良くない?」


 尊の小声のツッコミは華麗にスルーされた。


「じゃあまあ、帰ろうか」


 俺が立ち上がると、椿は俺の顔を見てハッとする。


「か、勘違いしないでよねっ。さっきのは別に遊介くんと二人で帰りたいって意味じゃないから! ただ、尊くんと一緒に帰りたくなかっただけなんだからっ」


 顔を赤らめて椿は言い、それを聞いた尊は分かっているが少し凹む。

 クラスの中でグループが確立されている。

 結局俺が仲良くなったのは下ノ関尊だけだった。他の男子とも喋りはするが仲良くもない。


 女子も同様で、撫子とも話さない以上クラスで絡むのは椿くらいだった。彼女は始業式のあの日からえらく俺を気にしている。


 ――ぶっちゃけ。


「な、なに見てるの? あんまし見ないで欲しいんだけど」


 朱色に染まった顔が困る。

 もじもじしながら、しかし俺の様子を伺い続ける。


 ――花宮椿は、俺のことが好きなのだろう。


 これは傲慢や勘違いとは違う。確たる証拠があるわけでもないが、言い切れる。


「ごめん」


「あ、ち、違うよ? 見ちゃダメとか、そういう意味じゃないからっ」


「じゃあどういう意味なんだよ」


「尊くんうっさい」


「うっさい!?」


 椿は可愛い女の子だ。


 男子からの人気も非常に高い。金髪碧眼という日本人離れした容姿に加えてスタイルもよく性格も難なしと言ったところ。転校初日からずいぶんと男子に話しかけられていたものだ。


 そんな女の子からアプローチを受けた経験などもちろんなく、俺は椿との距離感を未だに掴めていない。


「あのね、帰り道に美味しい和菓子のお店があるんだけど、一緒に行かない?」


「ああ、俺は大丈夫だけど、尊は?」


「俺あんまり和菓子って好きじゃねえからなー」


「じゃあまた明日ね、尊くん」


「……花宮は俺に対して辛辣すぎるだろ」


「尊くんは鋼のメンタルを持ってるようで手こずってるよ。どうすれば空気を読んでくれるのかな?」


「それはまあ、俺に彼女ができたらかな」


「尊くんがいることに慣れるしかないのか」


「何で彼女ができない感じで話が進んでるのかな?」


「だって尊くんモテないじゃん」


 椿にずばり言われて、尊はブホッと何かのダメージを受ける。


「お、俺だってモテないわけじゃないぞ?」


「へえ、その自信がどこから来るのやら」


 やれやれと首を振りながら椿は周りをキョロキョロと見渡す。

 ちょうど昇降口にたどり着いたときに、同じクラスの女子グループを見つけた椿はそちらに駆け寄っていく。


「ねえねえ、ちょっといい?」


 三人組の女子は椿の声に耳を傾ける。

 茶髪ロングにヘアピン、低身長黒髪おかっぱに挟まれているのは四条撫子だった。


「尊くんと遊介くん、付き合うならどっち?」


「ちょ、おい!」


 椿の爆弾発言に俺は思わず声を出すがもう遅かった。

 撫子を含め、三人は俺と尊の顔を交互に見る。撫子の両隣は俺を見てからフッと小さく笑った。

 まあ、あんまり女子に好かれるタイプじゃないしな。


「まあどっちかって言われれば下ノ関かな」


「同じく」


 茶髪はあざ笑うように、低身長おかっぱはスマホを弄りながら興味なさげに言う。

 そして、その二人に挟まれた撫子はにたりと笑う。


「わたしは、どちらかと言うと神楽坂くんですかね」


「え、意外! なんでなんで?」


 茶髪女子が尋ねる。


「私も気になる」


 椿もキラキラした瞳で撫子に近寄る。

 黒髪おかっぱは興味なさげだった。


「いえ、深い意味はないですけど、下ノ関くんは何だかチャラそうというか……何となく苦手です」


「撫子はそういうの嫌いだもんな」


 はははーと茶髪女子が笑う。

 俺の横で尊が静かにテンションを下げた。


「いいんだ、二人が俺を選んでくれたから」


「お前結構ポジティブだよな」


 こんなの、何の参考にもならないだろ。ただ俺と尊が傷ついただけだ。

 俺達が密かにショックを受けている間に、女子たちの会話は続く。


「椿ちゃん達はどっか行くの?」


「うん、ちょっと駅前の和菓子屋さんに」


「あ、あの美味しいって噂の?」


「そうそう、気になってて!」


「そこに男子と行くなんて、仲が良いこと。羨ましいね」


 茶髪女子は思ってもいなさそうに言う。

 その横にいる撫子が俺の方を見て、にこりと笑う。


「ほんと、仲が良いですね。羨ましいです」


 それどういう感情なの?

 怒ってるの? 怒ってないよね? 怒られることしてないもんね。俺はただ友達と和菓子屋に行くって言ってるだけだもん。


「は、はは……椿、早く行こうぜ。尊が腹減ったって言ってるぜ」


「あ、そうなの? じゃあ尊くんは牛丼でも食べに行けば?」


「俺の口はもう和菓子なんだよ!」

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