第8話
富士宮アイランドというと、それは中々大きな遊園地である。
夏にはプール、冬にはスケート、その他様々な季節イベントや行事が行われ、絶叫系から子供向けのアトラクションの揃う子供から大人まで、家族から恋人友達とあらゆる層に人気の娯楽施設である。
開園は九時。俺達がパーク前についたのは八時三〇分頃だったのだが、開演前だと言うのにそこにはそこそこの列が出来ていた。日曜日ということもあるが、これだけでここの人気が伺える。
「撫子はここ来たことあんの?」
「いえ。遊園地自体あまり行くことはありませんでした」
俺と撫子が落ち着いたテンションでそんな話をしている前でバカ夫婦の二人はと言うと、
「さあ晴子さん、何から乗る? ジェットコースターかい? コーヒーカップ? それとも、オ・レ?」
「やだもう啓介さんったら! そこまで言うのならまずは、あ・な・た」
朝っぱらから下ネタ全開にしてんじゃねえよ。
親の下ネタほど気まずいものはない……そう思いながら横の撫子を見ると、平然とした表情だった。え、この子鋼のメンタル持ってるの?
「仲良しですね」
「え、あ、ああ」
微笑ましい表情で見るような内容話してないですよ?
「さあ行くぞ遊介、撫子ちゃん!」
「さあついてらっしゃい! 撫子、遊介くん!」
テンションアゲアゲの二人に俺達はついて行く。
卒業旅行に来た高校生くらいのテンションである。なんで現役高校生の俺達を差し置いてハイになってんだよ。
二人についていくと到着したのがジェットコースターだった。
ここ富士宮アイランドは複数の絶叫系アトラクションがある。中でもジェットコースターは子供用を除けば三つ、普通のやつ、ヤバイやつ、死ぬやつがある。そして、俺達が連れてこられたのは死ぬやつだ。
「……これ乗るの?」
見上げただけで怖いのが想像できるコースターだった。
ジェットコースターって見た感じそこまで怖くなさそうだから乗ってみて、そしたら想像よりもずっと怖かったっていうパターンが多い印象だけど、つまりこれ絶対怖いやつである。
「遊介よ、男ならこれくらい乗り越えてみせろ」
「いや、別に大丈夫だけど」
嘘である。
結構がっつり見栄を張った。
だって、隣に撫子がいるんだもの。クラスメイトであれ、妹であれ、どっちにしても格好つけてしまうよ。男ですもの、お兄ちゃんですもの!
「大丈夫よ、撫子。怖くなったら遊介くんが手を繋いでくれるから」
あんたが繋いでやれよ。
そして俺はもう一度空を見上げる。
垂直落下もあれば、一回転もある。普通にチビるかもしれないレベル。ああ嫌だ乗りたくねえなあ。
しかし時間は止まってくれやしないし、撫子が乗る以上俺が乗らないという選択肢はない。
仮にもしも、撫子がコースター得意だったとしても、俺は乗らざるを得ない。なぜなら、女子が乗って男子が乗れないというのは格好悪いからだ。
まあ。
「……」
めちゃくちゃ怯えてるんですけど。
青ざめた表情で体を小刻みに震わせている。
「ジェットコースターとか乗れるのか?」
「子供の頃に乗ったことがあるような気がします。まあ、あの時の乗り物は落下はなかったしスピードも早くありませんでしたが」
それたぶんジェットコースターちゃうわ。
「無理すんなよ」
「大丈夫です。人間死ぬ気でやればできないことはありません」
「ここで言うセリフではないと思うぞ」
何てことを話しているうちに俺達の順番が来てしまった。
案内されるがままに俺達はコースターに乗車する。
「お前達は前に乗るといい」
親父の横に晴子さんが乗る。なので必然的に俺の横は撫子だ。
俺達は一番前の席に座り、安全バーを降ろす。
曰く、ジェットコースターは前であればあるほど怖くないという。それは掛かる圧力的なものが低いのだとか言われているが、その分景色がはっきり見えるので気分的にはこっちのが怖い。
正直どっちも変わらない。
スタッフが安全バーにロックを掛けて確認に来る。
こうなるといよいよ逃げ出すことが出来ない。この瞬間は恐怖である。
『それではお気をつけて。いってらっしゃい』
不安になるような一言を添えて、スタッフがアナウンスをする。するとピリリと音が鳴ってコースターは前に進む。
「もう覚悟を決めるしかないな」
「……」
既に横にいる撫子は余裕を失っていた。
コースターは少し進むとガコンと大きな音と揺れを起こして巻き上げに乗る。ここから少しの間上に進んでいくのだが、これが想像以上に怖い。ぶっちゃけ怖いことは想像していたが、それを簡単に超えてきた。
こんな乗り物がこの世にあっていいのかと、不安になってくる。
下で見上げていたときよりも、体感ではずっと高い位置まで上ったところでコースターは一瞬動きを止める。
そして次の瞬間、垂直にコースターは落ちていくのだが……。
「も、だめ」
ぎゅっと、俺の手を撫子が握る。
不意打ちの一発に、俺は思わずトキメイてしまう。
「なで、し、こああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
時間にすれば五分程度だったのだろうが、疲労はそれを遥かに超えるものだった。
その後めちゃくちゃ休憩した。
* * *
「ったく、何が家族の親交をもっと深めましょうデイだよ」
「まあ、いいじゃないですか。今までずっと頑張っていたんですから、たまには息抜きも必要でしょう」
一日散々遊園地をエンジョイし、最後のアトラクションに選んだのは手番中の定番である観覧車だった。しかし、家族全員で乗るのではなく、二人づつ乗ろうという突然の提案。本日のコンセプトを全否定する提案に驚きはしたものの、俺だって別に怒ってはいない。
確かに、今までずっと頑張ってきたんだ。これからは、親父たちが楽しめばいい。俺はその邪魔はしたくないし、そのためならばできる限りのことはしたいと思っている。
「今日は楽しかったですね」
「そうだな。遊園地なんて小学生の時以来だったし」
「最初のジェットコースターと、あとはお化け屋敷を除けば完璧な一日でした」
「お化け屋敷でもずいぶん騒いでたもんな」
富士宮アイランドのお化け屋敷は全国でも怖いことで有名だった。それも当然のように二人づつのペアで入ったのだけれど、撫子は相当なレベルで怖がっていた。幸い、ジェットコースターに比べれば俺は大丈夫だったので何とか面目を保てた気がする。
「違うんです、おばけが怖いのではなくて! あの、わっ! と驚かされるのが怖かったんです!」
必死に言い訳をする撫子は、やはり可愛かった。
今、俺の目の前にいるのは四条撫子ではなく、神楽坂撫子だ。
クラスメイトではなく、家族である。
可愛いと思うことは構わない、と思う。世界は広いし、中には実の妹を溺愛している兄だっているだろう。シスコン兄貴は妹を可愛いと思っているに違いない。
問題は、俺の中にあった四条撫子への恋心だ。
家族だから、妹だから、もう好きではない……なんて思えるほどドライではないし、聞き分けのいい性格はしていない。
けれど、少しずつ。
ほんの、少しずつだけれど、何とかこの気持ちに踏ん切りをつけることができている気がする。
完全に気持ちに蓋をして、俺と撫子が本当の意味で兄妹になるにはもう少し時間がかかりそうだ。
「なんですか?」
俺が見ていたことに気づいたのか、撫子は不機嫌そうに俺に半眼を向ける。
そんな彼女の頬が赤く染まっているように見えたのは、きっと差し込む夕日のせいだろう。
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