第7話
そんなことがあった翌日のこと。
早朝六時。学校がある日でも中々この時間に起きることはないというのに、俺の部屋に侵入してきた親父が高らかに宣言した。
「起きろ遊介! 今日は家族の親交をもっと深めましょうデイだ!」
「なんだよそれ意味分かんねえ」
「読んで字の如しだが……ああそうか、書かなきゃ読めんか」
「んな的外れな心配は無用だ」
俺はベッドの上で体を起こす。
不機嫌な俺の顔とは真逆で、親父はスッキリとした笑顔を浮かべている。
「それで、何だって?」
「だから、今日は家族の親交をもっと深めましょうデイだ」
「やっぱり分かんねえよ」
「詳しいことはリビングで話す。さあ行くぞ」
言い出したら聞かないのが親父のいいところであり悪いところでもある。頑固者というのはこういうのとはイメージが違うんだけどなあ。
親父の後に続いて部屋を出る。
撫子の部屋の前を通ったところで中から「起きなさい撫子! 今日は素敵な家族の親交をもっと深めましょうデイよ!」というテンションの高い声が聞こえてきた。似たもの夫婦かよ。
顔を洗ってリビングに戻りソファに座る。暫くして、晴子さんに連れられて撫子がやって来る。
「ほら、顔洗ってしゃきっとしてきなさい」
「んー」
ぐしぐしと目をこすりながら、撫子はリビングを出ていった。
「ごめんね、あの子朝弱いから」
あははーと笑う晴子さんは、やはりテンションが高かった。とても朝の六時とは思えない。
少しして撫子がリビングに戻ってくるが、まだ全然フラフラで眠気の覚めた様子は見受けられなかった。
薄いピンクのもこもこしたパジャマは上は長袖、下は短パンという完全に油断しきったものだった。学校で見る凛とした彼女の印象とはかけ離れており、そこも含めて可愛いと思えてしまう。思ってはいけないのに。
「さて、準備はいいなお前ら」
「今日が何の日か、もうご存知よね?」
俺の横に撫子が座ったところで、テンション高い二人がぐいぐいとやって来る。晴子さんに迫られて、俺と撫子はやれやれといった調子で答える。
「「家族の親交をもっと深めましょうデイ」」
自分で言って、改めて何だその日と思ってしまった。
俺達の返事に満足したのか、二人して何度か頷きあう。
「今日のプログラムはこれだ!」
「……はあー?」
親父がデデン! と口で言いながら見せてきた紙に書かれていたのは『富士宮アイランドへゴー』という文字。
「さあ着替えてくるんだ、遊介。母さんは待ってくれても父さんは待ってやらねえぞ?」
「さあ着替えてきなさい撫子。お父さんは待ってくれても、お母さんは待ってはあげないわよ?」
こうなったらたぶん誰にも止められないんだろうなあ、そんな諦めの気持ちを胸に俺と撫子は自室へと戻っていく。
それぞれが準備を済ませて家を出発したのはそれから三〇分後のことだった。
俺と撫子がリビングに戻ると既にそこには誰もいなくて、家の中を探した挙げ句外に出ると車の中でフィーバーしていた。
親父を選ぶなんてどんな人だろうと当初は疑問に抱いていたけれど、これは選ぶわけだ。きっとフィーリングから何まで全てがベストマッチしているのだろう。
「楽しそうですね、ふたりとも」
「二人で出掛けりゃいいのにな」
運転席と助手席で子供の前だというにも関わらず全力でいちゃつく二人を俺と撫子は後部座席から眺める。
「それじゃ意味ないんですよ。何と言っても、今日は家族の親交をもっと深めましょうデイなのですから」
そう言う撫子も、どこか楽しそうだった。
いつものようにきれいな髪をポニーテールでまとめ、白を貴重としたワンピース姿の彼女はやはり美しい。今日は天気もよく、温かい一日になるだろう。まだ春だと言うのに気温は夏前くらいに思えた。
かくいう俺も、一応パーカーは持ってきたがシャツにジーンズと春先にしては少し気が早い服装である。朝でこの温度なら昼からはもっと上がるだろう。
「な、なんですか」
俺がぼーっと見ていることに気づいた撫子は、居心地悪そうに身を捩る。怪しむような視線をこちらに向けてくるので、俺は慌てて言い訳を探した。
「あ、いや、そういや私服とか見んの初めてだなと思って」
「いつも家で見ているじゃないですか」
「そういうんじゃなくて、外行きの」
「そりゃわたしだって、それなりにおしゃれくらいはします。女の子なんですから」
言いながら、撫子はじいっとこちらを見てくる。気にしていない感じを醸し出しつつ、それでも俺の方をちらちらと見てくる。
「なに?」
分からないので聞く。これが一番手っ取り早い。
「何か、言うことはないんですか?」
「へ? ああー」
言うこと?
トイレ大丈夫? とかかな。いやいやそんなことわざわざ聞かれるの待ちなはずがない。そういうんじゃないだろう。え、じゃあ何?
「もういいです……」
言って、撫子は少しだけ元気を失うのだった。
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