第6話

 正解は何か。


 同じ年齢の同じ学校の同じクラスの男女が突然一つ屋根の下で暮らすことになった。それは確かに複雑な心境に至ると言える。


 けれど、俺と四条撫子の間にある異様な気まずさの原因はきっとそこにはない。


 いや、それもあるのだろうけれどそっちではない方の原因が強すぎてそこまで考えが至っていないのだろう。


 それは何か?

 それはもちろん、俺が行ってしまった告白だ。


 それに対して、俺はどう反応するのが正解なのだろうか。

 血は繋がっていなくとも、家族になってしまった以上彼氏だ彼女だといった恋人関係に発展するわけにはいかない。


 あの告白には触れないべきか?

 なかったことにして、きれいサッパリ忘れて一から家族としての関係を構築していく。それが正しい選択肢な気がする。


 それとも、四条は何か別の考えを持っていたりするのだろうか。


「四条も何か飲むか?」


 俺はコップの中身がなくなったのでおかわりを注ぎにキッチンへと向かう。その際に四条にも声をかけた。


「それじゃあ同じものを」


 言われて、烏龍茶をコップに注いでリビングに戻る。

 テーブルを挟んで二人で向かい合う。


「あなたの言いたいことは分かっています。それはわたしも考えていたことですし、避けては通れないことなのも確か……」


「ああ」


 やはり、四条も同じ考えだったようだ。それを聞いて、少しだけ安心する。


「一番最初に話すべきことですが」


「……」


 それはきっと四条が一番引っかかっていることなのだろう。

 そこに、告白というキーワードが出てこれば俺はどう反応すればいいのだ。


「その、四条という名字呼び、良くないです」


「……へ?」


 俺は思ってもいない言葉に間抜けな声を出した。


「いいですか? わたし達はクラスメイトですが、これからは家族ということにもなるのです。なのに四条という呼び方はよくありません。そもそもここではわたしは神楽坂撫子です」


「ああ、そっか」


 といっても……。


「じゃあなんて呼べばいいんだよ」


「普通に撫子でいいじゃないですか」


「いいじゃないですかって言われてもな……」


 そんな突然クラスメイトを下の名前で呼べるかよ。確かに家族だけど、まだ印象的にはクラスメイトの方が勝ってるんだよ。こっ恥ずかしさを拭いきれない。


「もちろん、わたしも名前で呼びます」


「そりゃそうだ」


「ゆ……」


 恐る恐るといった調子で俺の名前を口にしようとする。

 が、その続きが出てこない。


「ゆゆ……」


「言えてないじゃん」


「言えます!」


 俺の言葉を大きく否定した後に、すうっと大きく息を吸う。


「ゆうすけ! ……くん」


 最後の最後で照れがきたか。


「これでいきます。さあ、あなたもわたしの名前を呼んでください」


「……」


 俺は渋い顔をして視線を逸らす。

 しかし、彼女は少し場所を移動して俺の視界に入り込んでくる。


「……撫子」


「い、いいでしょう」


 顔を赤らめて言う。

 照れてんじゃねえよ。


「兄妹なのですから、これは大事です」


「慣れていくしかないな」


 すると、撫子がハッとする。


「兄妹ということですが、そうなるとどちらが上ということになるのでしょうか?」


「同い年だしな。普通に考えれば誕生日順か?」


 言ってから、お互いに顔を見合わせる。

 そして、どちらからでもなく口を開いた。


「六月三〇日」

「一一月一〇日です」


 俺の勝ちだ。

 姉という立場が欲しかったのか、うなだれる撫子を見て俺は思わずガッツポーズを決める。


「まあなんだ、どうせならお兄ちゃんと呼んでも構わんぞ? 妹よ」


「……」


 撫子が俺を恨めしそうに睨む。

 その姿が可愛くて、俺は思わず心臓の高鳴りを感じてしまった。

 そして、告白についてのことを忘れていたことを思い出したのだ。


「いろいろ大変だろうけど、親に心配掛けたくない気持ちは一緒だろ。思うところはあるだろうけど、慣れていこうぜ」


「そうですね。長い道のりになりそうですが」


 はあっと大きく溜め息をつく撫子だったが、そこから嫌そうな雰囲気は感じなかった。彼女なりに、どこか吹っ切れたようだった。


 ならば、やはり告白のことは心の奥底に沈めて、忘れてしまうのが互いのためだ。

 それも時間がかかりそうだけど……。

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