第二章

第5話

 別に特別貧乏というわけではない。


 ただ、男二人で住むのにそこまで大きな家に住む必要はあるか? という家族会議の結果、その必要はないなという結論に至った為、俺と親父は狭っ苦しいアパートで暮らしていた。


 しかし。


それが男二人でなくなったとなれば話は別だ。

 ということで、初顔合わせより一週間が経過した翌土曜日。俺たちは新居へ引っ越してきた。


 そんなにスムーズに引っ越しの手続きというのは済むものなのかと思ったが、どうやら俺の知らない間でこのプロジェクトは進められていたらしい。


「お前の部屋は二階だ」


 親父が俺に言う。


「あなたの部屋も二階よ、撫子」


 晴子さんも四条にそう伝えた。

 それだけ言うと、親父と晴子さんは一階にある自室に荷解きに向かう。

 残された俺と四条は一度だけ顔を見合わせた後、どちらからでもなく階段を上がる。


 以前のアパートに比べればだいぶ広い家だと思う。

 玄関からすぐに二階に続く階段があり、上には俺と四条撫子の部屋がある。


 一階の廊下を進むとバスルームとトイレ、それから親父と晴子さんの部屋。さらに進むとドアがあり、その先にはリビングと居間がある。


「……」


「……」


 階段を上がる間も、特にこれと言った会話はない。

 お互いに嫌い合っているわけではない。俺の場合なんてむしろ好きなくらいだ。


 ただ、どう接していいのか分からない。

 なにせ告白をした日の夜に義理とはいえ兄妹になることを知らされたのだから接し方なんて分かんないよ。なんてタイミングの悪さだと、親父を呪いもした。あと一日早ければ告白を急遽中止にすることだって出来たのに。


 二階につき、俺達はそれぞれの部屋の前に向かう。隣り合った部屋のドアにはそれぞれの名前が記されたプレートが掛けられていた。


 俺は逃げるように部屋に入る。

 タンスや机以外何も飾られていない殺風景な部屋だった。それから暫くの間、ダンボールの中から荷物を取り出して、自分の部屋を構築していく。人生で初めての自分の部屋なのでインテリアのセッティングにはワクワクしてしまった。


 悩みに悩んで部屋の片付けを大方終わらせた頃には一時間が経過していて、俺は喉の乾きを潤すためにキッチンへと向かう。


「おお遊介、片付けは終わったのか?」


「まあ、だいたいは」


 キッチンに行くと親父と晴子さんがリビングの掃除を済ませた頃だった。自室の荷解きが終わったからリビングに手を付けていたのだろう。さすが大人だ、こういう作業は慣れているのか。


「これから俺は晴子さんと買い物に行くんだが、お前はどうする?」


「二人で行ってくれば? 俺は面倒くさいからパスしとく」


 俺がそう言うと、二人は少しだけ見つめ合う。新婚だし、結婚したてとかはこういうものなのかもしれないけれど、子供の前でそういうの止めてくれませんかね? 親父のラブコメシーンなんて見たくないんだよ。


「それじゃあ行ってくるな」


 家を出る二人を見送った後、俺はリビングのソファに腰を下ろす。

 テレビをつけて、適当にチャンネルを変えるが興味の惹かれる番組はやっていなかった。仕方なく、ニュース番組にしつつ、俺は背もたれにもたれかかりぼーっと天井を見上げる。


 なんだろう、この他人の家感は。

 引っ越してすぐってこういう感じなのかな。それとも、自分の家の中に家族以外の人がいるというのが気になるのか。


 家族以外、という言い方はよくないな。

 別に認めていないわけではない。親父だって親である前に一人の人間だ、幸せになる権利はもちろんある。好きな人と一緒になり、愛を育むことを俺は拒みはしない。

 だけど、すぐに順応できるほど俺は大人じゃないのだ。


「……あ」


 それは、あいつもきっと一緒だろう。

 四条撫子。

 四条は俺に気づくと、小さく声を漏らす。


「親父と晴子さんは買い物に行ったよ」


 彼女の視線が、二人の所在を確認しているように見えたので俺は聞かれる前に答える。


「そ、そうなんですか」


 そして、再びの沈黙だった。

 掃除をしていたからか、髪型がさっきまではしていなかったポニテに変わっている。ショートパンツに薄めのパーカーという完全部屋着も見慣れていないので何だかドキッとしてしまう。


 居心地の悪い空間だ。それはきっと相手も思っていることだろうし、だからこそ何とかしなければという気持ちも同じはずだ。


「なあ四条」


「なん、ですか」


 警戒しているというか、緊張しているような表情と声色で反応を見せる四条に、俺はやや低めのトーンで返す。


「ちょっと、話さないか?」

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