第4話
回想終了。
そんなわけで振られるルート一直線な俺は憂鬱な気分のまま帰宅した。
といっても、親父はいつも夜に帰宅するので俺が家に帰るときには誰もいない。
今日の晩飯は何にしようか、なんてことを考えながら帰宅した俺は驚いた。家のカギが開いているのだ。
「……泥棒?」
いや、んなわけないか。
普通に考えて、親父が早く帰ってきたのだろう。
俺はドアを開けて家に入る。
「ただいまー」
そう言ってみるが、返事はない。まるでもぬけの殻のようだった。
まさか本当に泥棒ってパターンか?
いやいやそれはない。
だいたい、うちなんて泥棒に入っても大して高価なものは置いていない。もっと泥棒するに相応しい家なんてこの街にはごまんとある。
家賃五万のアパート。
男二人で住むには十分だった。
「親父、帰ってきてんの?」
言いながらリビングに向かうと、親父はソファに座って難しい顔をしていた。
「何してんの、テレビもつけずに」
俺がそう言うと、親父はこちらを向く。
頑張って働きすぎたせいか既にハゲの侵食が始まりつつある頭、頑張って剃ってもすぐに生えてくるヒゲ、唯一利点があるとすればキリッとした目元だろうか。
「おお帰ってきたか遊介。お前を待ってたんだ」
「……なに」
俺はカバンを置いて、テーブルを挟んで親父の前に座布団を持ってきて座る。
「まあなんだ、割りと真面目な話なんだけどな。心の準備はいいか?」
「え、なに、仕事クビになったとか?」
だからこんな早い時間に家にいるのか?
「いやそこは大丈夫だ安心しろ。あと一応言っとくとそこまでネガティブな内容ではない、と思うぞ」
そう言うわりにはどこか歯切れの悪い言い方だった。
ネガティブな内容でなければ良い知らせということじゃないのか? ならもっとウキウキしながら話してもいいだろうに。いや、三〇後半のウキウキした姿も見たくないか。
「じゃあさっさと話してくれよ」
「ほんとに心の準備はできているんだな?」
「心の準備がいる内容なのか?」
「……場合によっては」
なんだよそれ。予想もできねえ。
「分かったから話してくれ」
「ああ、じゃあ話すが……」
言って、一度躊躇うように言葉を切る。
やはりどこか言いづらそうだったのは俺の気のせいではないだろう。
「父さんな、再婚することにした」
「へえ、そうなんだ。おめでと」
なんだ、再婚か。
まあ母さんが家を出ていってから結構経つしな。いい相手がいたならば自然とそういう話にもなるだろう。それに関して俺が別にとやかく言うようなことは――。
「って、再婚!?」
「リアクションが遅いな。なんだ時差でもあるのか」
「相手は?」
「綺麗な方だ」
「いや感想聞いてんじゃねえよ。よく親父なんかを選んだな」
「お前実の父親に対して失礼な言い分だな。家ではこんなだが、外では結構しっかりジェントルマンやってんだぞ?」
「……マジか」
「そこでなんだが」
コホンと、わざとらしく咳払いをする。
親父がこれをするときは大抵相手に対して後ろめたいことがあるときだ。
再婚するというだけならばそこまで言い淀むこともないだろうから、この感じからしてこの後のことが言いづらかったんだろうな。
「えっとな」
なんだろうか。
相手は高校生なんだ、とかか?
いやいやさすがにそれは犯罪だし、親父に好意を抱く女子高生がこの世界にいてたまるもんか。
じゃあなんだ、めっちゃ高齢とか? 一応俺の母親になるわけだしな、そこまで否定するつもりはないけど高齢すぎるのはちょっと心配になる。
それともキャバ嬢とか、職がちょっとだけ個性的だとかそういう感じか? それならある程度は受け入れられるな。
何が来ても受け入れてやるぞ。
「この後、顔合わせすることになってんだ。相手の家族と」
「そんな急に言われても!」
驚いてしまった。いやそりゃ驚くよ!
「無理だよ、まだ心の準備もできてねえのに」
「だからしとけって言ったろ」
「無茶言うな!」
「でももう既に約束しちまってるしな」
「もっと前に決めとけよ。結構大事な会合だろ? そんな昨日今日で決めることじゃないだろ」
「いや一ヶ月くらい前から決まってたんだ」
「は?」
「父さん、言い忘れてた」
可愛く言って、下を出す。
「許されねえぞ!」
俺はついに立ち上がって声を荒げた。
結局は親父のミスじゃねえか。
「ま、そうカリカリするな。今更何を言っても変わらないんだ。諦めて受け入れろ」
「あんたが言うな」
「正装で行く必要はないが、どうする? 制服で行くか?」
「……着替えてくる」
どうやら外食らしい。
そりゃそうか。こんな家に女性なんて呼べねえよな。
「はあ」
着替えながら大きな溜め息をつく。
衝撃的なニュースすぎて、ついつい放課後の出来事を忘れてしまう。
いや、それくらいでいいのかもしれないな。考えすぎても憂鬱な気持ちになるだけだし、だったらいっそのこと別のことで頭がいっぱいになるくらいの方が楽かもしれない。
俺が着替え終わるのを待っていたようで、その後すぐに俺たちは家を出た。
「そういえばな、もう一つ言っておくべきことがあるんだ」
道中、これまた言いづらそうに親父が話を切り出す。
「何だよ、これ以上はもう何があっても驚かねえよ」
「そうか、それは頼もしいな」
誰のせいだと思ってんだこの人は……。
「相手方にはお前と同い年のお子さんがいるから仲良くしてやってくれ」
「そんなことはもっと早くに言えッ!」
「驚いてるじゃないか」
「そりゃそうだろ! こんな店への道すがらする話じゃないって! せめてさっきの話の中で話しとけよ! 無理だよ同い年の女子とか仲良くできる気がしねえ……」
憂鬱だ。
俺ががっくりと肩を落とす。
その様子を見てゲラゲラ笑う親父を睨む。
「他にはもう何もないだろうな?」
「これで全部だ。ああすっきりしたぜ。喉に刺さった骨が取れた気分だ」
「……」
諦めるしかないな。
親父が決めた再婚なんだ。俺がわがまま言って失敗させるわけにはいかない。
再婚がどれだけ重要なことかなんて親父だって分かってるだろうし、相手の人だって相当考えたはずだ。その結果の結論なんだから、俺がとやかく言うもんじゃない。
同い年の女の子か、せめて嫌われないように頑張るか……。
「さて、この店だ」
到着したのは、やや小洒落た店だった。
普段ならば牛丼とかばっかり行く親父だが、こんな店も知ってたのか。まあ若い頃は母さんをアプローチしてたわけだし、今回の相手とだって食事くらいは重ねていただろう。
何というか、親父の意外な一面を見た。
親父が店員さんと話して席に案内される。
どうやら相手の家族はまだ来ていないらしい。俺と親父は案内された四人掛けのテーブルに隣り合わせで座る。ということは、相手も二人なのか?
「そうだ遊介」
「なに」
楽しそうに話す親父に、俺は冷めたテンションで返す。
「俺は一度その娘さんを写真で見せてもらったんだがな」
「ああ」
なんでそんな楽しそうなの?
修学旅行の夜のテンションだぞそれ。こっちは緊張とかで辛いってのに。
「相当可愛かったぞ」
「……へえ」
可愛いのか、それはまあいいことですね。どうせ一緒に住むことになるんだし、そりゃ可愛いに越したことはないですよ。ええ、それだけですとも。
「お、来た来た。こっちです」
親父が手招きする。それに気づいた相手の女性とその娘さんであろう子がこちらに来る。
「…………え」
「…………へ」
俺は目を疑った。
それはきっと相手も同じ気持ちだろう。
なぜ分かるかって?
それはその娘さんも、俺と同じような顔をしていたからだ。
「遊介、こちら四条さんだ」
親父は立ち上がって俺に二人を紹介する。
俺は呆然としたまま、何とか立ち上がる。しかし、俺の視線は未だに娘の方に向いたままだった。
「初めまして、遊介くん。私は四条晴子と言います。あなたのお父さん――啓介さんとお付き合いさせていただいています」
相手の女性は綺麗な方だった。
長い黒髪。
清楚な雰囲気を漂わせる立ち振舞い。
綺麗な顔立ちに、すっと伸びた背筋。
「ほら、撫子。あなたも挨拶なさい」
俺は晴子さんに背中を押されて一歩前に出た『撫子さん』の方を改めて見る。
彼女もまた、俺の方を見る。
「……四条撫子、です。よろしくお願い、します」
俺は思わず開いた口を塞ぐことすら忘れるほどに驚いた。
一番会いたくないタイミングで、会いたくない人が、あってはならない理由でそこにいたのだ。
俺の初恋の相手、四条撫子がそこにいた。
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