第2話 とあるJKとの穏やかな出会い

 俺は女子高生が嫌いだ。


 なにしろ、――


 いや、女子高生のせいにするのはやめよう。

 だが、全面的に女子高生が悪いわけではなくても、多少の責任はあると思っている。


 簡単に言うと。


 本命の大学受験の当日、朝の電車で。

 たまたま乗り合わせた女子高生に痴漢と間違われたのだ。


「この人、スカートの中に手を突っ込んできた!」


 俺の隣に立っていた女子高生は、そう叫んで俺の手を引っつかんできた。


 黒い髪に赤いメッシュを入れた派手な女子高生だった。

 なかなか可愛かったことも認めよう。


 だが、だがしかし。


 もし仮に、俺が女に飢えた性欲のかたまりであったとしても。

 いくらなんでも、大学受験の会場へ向かう途中で痴漢はしないだろう。

 しかもスカートの中に手を突っ込むなんて、大胆にもほどがある。


 俺がそこまで欲望の歯止めがかからない性格なら、とっくに何度も痴漢で捕まってる。


 断言してもいいが、俺は痴漢などしていない。

 ついでに言うなら、過去にやったこともやろうと思ったこともない。当たり前だが。


 隣に女子高生がいることにすら気づいていなかった。

 当然だろう、見苦しくあがいて参考書を熱心に読んでいたのだから。


 隣に金髪バニーガールが立っていても気づかなかったに違いない。


 もちろん俺は無罪を叫んだが、女子高生は次の駅で降りて駅員に俺を引き渡そうとした。


 冗談じゃない、このままじゃ試験に間に合わなくなってしまう。

 一度は本気で逃げようかと思ったくらいだ。


 だが、女子高生は駆けつけてきた駅員にあることないことしゃべり続けた。

 だんだん、「俺、もしかして痴漢した?」と思い始めたくらい、事細かに語っていた。

 もちろん、そんなわけないんだが。


 なんとか誤解をとき、駅員も女子高生の勘違いだとわかってくれた。

 ただ、俺の言い訳が功を奏したわけではなく――


 たまたま、俺を見ていた人がいたのだ。


 参考書を熱心に読んでいる俺を見て、あまりに真剣な顔をしていたのでつい見てしまっていたという。

 片手でつり革を持ち、片手で参考書を持っていたことは間違いない、と証言してくれた。


 長い黒髪の女子大生っぽい、綺麗なお姉さんだった。

 勝ち気な女子高生に押されながらも、JKの勘違いを一つずつ正してくれた。


 やっぱり、女子高生より女子大生だ!


 ギャルJKより清楚お嬢様女子大生しか勝たん!


 とにかく、そんなわけでかろうじて解放され、試験にもギリギリで間に合ったのだが――


 メンタルはボロボロだった。

 机にかじりついて頭に詰め込んだはずの知識は、跡形もなく吹っ飛んでいた。


 一歩間違えれば、社会的に終わっていたかもしれない。

 あんな心臓止まりそうな事件のあとで、冷静沈着に問題を解けるはずもなく――


 そんな感じで、俺の大学受験は終わったのだ。


 結果は当然のことながら不合格――


 これでも俺は進学校の生徒で、高二の頃からろくに遊びもせずに受験勉強に邁進してきた。


 その努力が、見知らぬ女子高生のたった一つの勘違いで水の泡になったのだから。

 俺が落ち込んだのも当然だろう。



 どん底に――



 高校三年の三月になにがあったのか、ほとんど記憶にない。


 卒業式には出たはずだが、それすら覚えていないくらいだ。


 落ち込む俺に、両親は環境を変えることを提案してきた。

 正直、浪人する気力すらなかったが、気力がなさすぎて両親の提案に逆らうこともできなかった。


 昨年、祖母が亡くなった。

 けっこうな高齢だったが一人暮らしで、一軒家を持っていたのだ。


 俺はここ数年は祖母とは疎遠で、その家にはしばらく行っていなかったが。

 その一軒家を処分するか、親族の間で揉めているらしい。

 一方、家は住まないと傷むために、ひとまず誰かが暮らしたほうがいいという話は前からあったそうだ。


 そこで、親族を代表して俺が選ばれたわけだ。


 確かに、悪い話ではない。

 祖母の家は閑静な住宅街にあり、和風の平屋。

 そこまで広くもないので、手入れも難しくない。


 ウチには高校生の妹がいて、友人の出入りも多くて大変に騒がしい。

 一人になれる環境で、ひとまず勉強を再開して。

 受験するかどうかは、あとで決めればいいという話になった。


 ずいぶん甘やかされたものだが、親から見て俺はよほど落ち込んで見えたのだろう。


 そんなことがあり、四月になって初めて実家を出て。

 祖母が暮らしていた一軒家へとやってきた。


「なんだ、あれ……?」


 子供の頃に見た覚えがない建物が、家の裏手にあることにはすぐに気づいた。

 学校のようだというのも、すぐにわかった。


 この家、意外と騒がしいのでは――?

 嫌な予感はしたが、まさかトンボ返りで実家に戻るわけにもいかない。


 ひとまず、預かってきた鍵を使って祖母の家に入った。

 なんとなく、懐かしい匂いがしたのは気のせいか。


 意外と覚えているもので、迷わず廊下を進んでふすまを開け、居間へと入った。


 そこに――


「んっ、んっ……んぁっ……♡」


「…………!?」


 得体の知れないものがあった。


 なぜか、居間に布団が敷かれている。

 その布団の中で、なにかがモゾモゾとうごめいている……。


「はっ、ああっ……んんっ、んーっ……んっ、くぅっ……♡」

「……………………!?」


 よく見ると、掛け布団からにゅっと顔が出ている。

 ついでに、脚も二本出ている。


 明るい茶髪のロング、ぱっちりした瞳。

 なにやら片手でスマホを見ているようだが……


 布団から突き出した二本の脚が、小刻みに震えている。

 どうやら布団の中で膝をついて腰を持ち上げた体勢になっているようだ。

 掛け布団は下半身のあたりで大きく盛り上がっている。


「はああっ……んっ、ダメだよ……せ、せんぱぁい……♡」

「ダメなのはおまえだ!」


「ふぇ…………っ!」


 がばっ、と勢いよく布団が跳ね上がった。


 中から飛び出してきたのは、制服姿のJKだった。


 ピンクのスクールニットにミニスカート。

 全身を見て、確信する――


 ただのJKじゃない。


 こいつは――ギャルJKだ……!


「な、なになに!? ど、どうなってんの!?」

「それはこっちの台詞だ! おまえ、なんなんだ!? どうしてこの家にいる!?」


 一瞬、別の親戚が来てたのかと思ったが。

 女子高生の従姉妹はいるけど、こんな派手なギャルじゃない。


「あ、なーんだ、じゃん」

「は? 先輩……?」


 先輩、なんて呼ばれる覚えはない。


「俺が卒業した高校の生徒……じゃないよな?」

「え? あー、全然違うよ。そういう意味の先輩じゃなくて」

「どういう意味の先輩なんだよ」


 普通、同じ学校の上級生のことを先輩って呼ぶだろ。


「俺、部活もやってなかったし、勉強ばっかだったから後輩との付き合いなんて一ミリもなかったからな」

「うげ、そんな悲しー高校生活をバラされても」

「別に悲しくはねぇ……というか、マジでおまえ誰なんだよ!」

「誰だと思う~? 誰かな誰かな~♡」


 う、うぜ~…………。


「あ、いや、その前に服装を直せ!」

「服装? あっ……いやん♡」


 ようやく、ギャルも気づいたらしい。


 ブラウスのボタンはいくつも外れ、スクールニットの胸元から谷間が覗いてる。

 それどころか、ピンクのブラジャーが割と大きく見えている。


 身動きするだけで、たゆんっ♡と揺れてしまう大きさだ。

 これはその辺のグラドルよりはるかにデカいのでは……?


 ギャルは布団の上に座っているが、スカートの裾が大きく乱れ、同じくピンクのパンツまでちらりと見えてしまっているほどだ。

 こいつ、ショートパンツとかはいてないのかよ。


 手がわずかに濡れてるように見えるのは、気にしないことにするとして……。


「えー、直しちゃっていいの~? 先輩、ホントはもっと見たいんじゃないの~?」

「ただの不法侵入者じゃなくて、おまけに痴女か。これ以上罪を重ねるつもりか?」

「チジョ! せめてビッチって言って!」

「同じだよ!」


 同じだっけ? いや、同じでいいよな。


「あ、まだ言ってなかったっけ。あたし、痴女――じゃないや。星沢ほしざわ愛姫あきだよ」

「星沢愛姫……」


 やはり、聞いたこともない名前だ。

 こんな美少女――じゃない、目立つ顔と身体をしていれば、一度会ったら忘れないだろう。


「おまえ……いったい、なんなんだ?」

「あたし、お隣の“藍蓮あいれん女子”の生徒なんだよ」

「お隣ってやっぱり学校なのか――って、女子高なのか!?」

「そうだよーん。もうっ、そんなコーフンしなくても♡」


 じょ、冗談じゃない……。

 この世で一番嫌いな女子高生が群れをなしてる女子高が、家の隣……?


「しかも、昼間っから布団でナニかしてるようなイカレた女子高生がいる学校だと……」

「ナ、ナニかって! そうだよ、先輩、覗いてたよね! えっちぃ!」

「エロいのはおまえだろ。昼間からそんなことしてたら馬鹿になるぞ」


 愛姫はかすかに顔を赤くしつつも、なぜだか笑っている。

 覗かれて喜んでる――なんてことはないよな。


 いや、覗いたわけじゃなくて不可抗力だけど。


「せんぱーい、甘いなあ」

「なにがだよ?」


「あたし、最初から馬鹿だもーん」

「馬鹿……」


 まあ、悪いがこのギャルJKは賢そうには見えない。


「藍蓮女子って、このあたりじゃ有名なお馬鹿ド底辺高校だからね♡」

「なにを嬉しそうに……」


 そういや、何年か前に新しく女子高ができたって話を聞いたような……。

 名前を書ければ合格するレベルだって話も。


 女子高だから俺には無縁なんで、気にしたこともなかったが。


「底辺高校のギャルJK、星沢愛姫ちゃんでーす♡ よろしくね、たくみ真也しんや先輩♡」

「俺の名前まで知ってんのかよ!」


「クソ童貞だってことも知ってるよ♡」

「どうて……昼間っから布団の中でゴソゴソしてる欲求不満JKに言われたくねぇ!」

「先輩がいきなり現れたから、まだタまったままなんだよ、どうしてくれんの!」

「知るか!」


 欲求不満を認めるのかよ、この女は!


「あ~♡」

「な、なんだ?」


 星沢愛姫が、にや~っと悪魔のような笑みを浮かべてる。


「もしかして~、欲求不満のギャルJKなら筆を下ろしてもらえるとか期待してる~?♡」

「…………」


 ぶちっ、となにかが切れる音がした。


 よし、こいつが何者か知らんが、もうそんなこと関係ない。


「おい、星沢愛姫……」

「あはは、愛姫って呼んでよー。あ、女の子を名前で呼ぶの、初めてだったりする? やーん、さっそく初めてもらっちゃうっ♡」


「そうか、愛姫……」

「わっ、マジで名前呼び……」


 愛姫は、わずかに顔を赤らめてる。

 そんなことで照れんのか。


「愛姫……悪いが、覚悟しろ」

「え? ちょ、ちょっと先輩? ま、まさかマジで……ちょ、ちょっと待ってってば」

「いや、待たない。そのナメくさった態度……ナメられたままじゃいられないんだよ」


 あの痴漢冤罪事件で、俺はなにもできないままギャルJKに押し切られかけた。

 もう二度と、あんな失敗を繰り返してはいけない。


 この人をナメくさったギャルJK、俺が――



小あとがき

 近況ノートのほうに色々書いたのですが、読まれてないかもなのでこちらでも。

 恥ずかしながら復活しました。

 消えたり戻ったり、混乱させてしまってごめんなさい。


 エロ方面を抑えて、ラブコメ色強めでいきます。健全です。賢者タイム版です。

 元のお話も活かしつつ、新たに生まれ変わったこの作品、楽しんでいただければ!

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