第42話 杉野あかりの過去 #1母親に憧れて
「ちょっと言いすぎたかな……」
あたしは今日のお昼にあった出来事をベッドの上で寝そべりながら思い出していた。
「で、でも!!菊月くんが悪い……んだから……」
あの時菊月くんが言ったことを思い出す。
「今更チョコ貰ったって困るよな。俺に気がある人なんていないと思うし、それに感謝されることなんて何一つしてないから……」
「あ〜!!思い出したらムカムカしてきた!!」
あたしはムカついたら何かを殴る癖がある。何か殴るものがないかと近くにあった枕を殴りつけた。
こんな癖直さなきゃいけないとは思ってるけど無意識にやってしまう。絶対に人前ではやらないけど。
でもなんであんなこと言ったんだろう?最近の菊月くんの頑張りには感謝してる人はいっぱいいると思うのに……
「……あたしはずっと昔から菊月くんに感謝してるし、それにあたし菊月くんのこと……」
“あの時”のことを思い出すとすぐに顔が赤くなってしまう。だからあまり思い出したくない。
「そうだ、柚子ちゃんに今度の土曜日お願いしなくっちゃ!」
携帯を取り出し、この前交換したばっかりの柚子ちゃんの連絡先にメッセージを入れた。
するとすぐ柚子ちゃんから返信があり、
“分かりました!!蓮お兄さんに絶対に喜んでもらえるもの作りましょう!!”
と返ってきた。
「そんなに張り切らなくてもいいのに……」
メッセージを見ながら少し笑ってしまった。
知っての通りあたしは料理がからっきしダメだから、つくづく料理のできる女の子って羨ましいなって思う。
「でも、柚子ちゃんも菊月くんに作るんだよね……?いいのかな?敵に塩を送るみたいなことしちゃって……」
そう思ったけど、あたしはあたし。柚子ちゃんは柚子ちゃんと割り切った。
「今年のバレンタインはちゃんと渡せますように……」
柚子ちゃんと出会ってなかったら多分今年もいや、これからもずっと同じことを繰り返していたと思う……
あたしにはバレンタインの日に特別な思い入れがある。それも菊月くんが関係して……
あれはあたしが高校2年生の2月の話。
「藤田さんなら生徒会長なれるよ〜!!」
「うんうん、絶対なれる!!」
藤田と呼ばれる女の子は周りから生徒会長になれると言われていた。
それはあたし。この時にはもう親が離婚して名字は変わっていたが、みんなに気を遣われないように変えないままでいた。
「えっ……?そうかな……?」
それを言われたあたしは困惑しながらも内心とても嬉しかった。それにあたしは生徒会長をやりたい理由もあった。
だけど、これがあたしの思っていることとは真逆のこととはこの時思いもしなかった。
「もしこの中で生徒会長やりたいやついたら、先生のとこまで言うように。」
冬休み明けてすぐ先生からそう告知があった。
それを言われた放課後あたしはすぐに先生へ立候補の旨を伝えた。
この時期になると来年の生徒会長を決める校内選挙が行われる。
そしてこの年は選挙当日がバレンタイン前の13日、選挙結果が出るのが14日のバレンタインの日と重なっていた。
「藤田、立候補するのか。」
「あっ……ちょっと……やってみようかなって……」
「頑張れよ。何か分からないことあったら聞いてくれ。」
あたしと話している先生は葉山先生と言って、あたしの担任の先生で科学の授業の先生で、そしてこの学校の生徒会の顧問の先生でもある。
先生は生徒会長に立候補するための用紙をわたしに渡した。
「これに自分の名前と応援演説者の名前書いて俺に渡してくれ。」
「分かりました……」
葉山先生は普段あまりパッとしない雰囲気の人だけど、植物の事については人一倍熱心な先生だ。
あたしと先生は特段仲がいいってわけではないけれど、2人で一緒に取り組んでいることがある。
それはあたしがこの学校に入りたかった理由に関係がある。
なぜ、あたしがこの学校に入りたかったのかという理由は、まずはあたしの母親の母校であるから。
あたしは母親に憧れていた。離婚する前は会社の社長の秘書をやっていた。そして、この学校で史上初の女性の生徒会長になった人だった。
当時、男女の比率が8:2でほぼ男子校扱い、かつ男子の方が扱いがいいという風潮にあった。
母はその風潮を無くし、男女互いに平等の立場を作る、今後入学してくる生徒が男子に偏らないように校内に男子でも女子でも使える施設や場所を作ったりなどして男女ほぼ共学の学校を作り上げようとした。
母が生徒会長に立候補しその公約を見た生徒たちには女のことしか考えてないのかと不評の嵐だったが、もちろん女子のことだけしか考えていない訳でもなかった。
あたしがいた学校は歴代男子がやるスポーツが強い学校だった。小さな大会でも大きな大会でも入賞する人やチームは多かった。
そういう人たちがいたら学校側に頼み時間を作って盛大に祝う時間を作るというのもやっていた。
その他にもたくさん今まで取り入れなかったことをどんどんやる人だった。
そんな母の昔の姿に憧れたし、秘書だった頃の母は格別にかっこよかった。
でも、離婚してから母は口癖のように、
「あかりは私みたいにならないでね……」
とばかり言う。そんなことないと言っても苦笑いして返してくるだけだった。
今の母は昔のような母ではないけど、それでもあたしは母と同じ道を歩みたいと思っていた。
あたしの小さい頃からの夢はずっと秘書になることと言ってきたし、今回の生徒会長には絶対にならないといけないと思っていた。
「本当に、私に出来るかな……?」
クラスメイトに言われた言葉を思い出して廊下を歩く。
そう言ってくれるクラスメイトがいてくれると分かりとても嬉しかった。
そのために今までいろんなことを率先して行動したり、勉強も頑張って、とにかくみんなの前に立つことを頑張った。あの母のように。
もしかしたら今まで頑張った結果が選挙に出るかもしれない。
「不安だけど、頑張ろ!!」
あたしなりに小さく決心した。
少し歩いていると何やら話し声が聞こえてきた。
「ねぇ、知ってる?」
「何?」
「藤田さん生徒会長立候補するらしいよ。」
聞こえてきた内容はあたしのことだった。
つい廊下の支柱に隠れて盗み聞きしてしまった。
「あ〜聞いた聞いた。」
「まさかあの藤田さんがね。」
と言うと急に笑い始めた。
「絶対無理に決まってるじゃん!!」
「あんなでしゃばりで陰キャみたいなの生徒会長なんかなれるわけないよね!?」
「しかも、あのサッカー部の金山くんがいるのにね!!」
と、廊下中響き渡る大きな声でそう話していた。
あたしはひどく落胆した。まさか裏ではこんなことを言われていた事に。
あたしはその場で崩れ落ちた。
わざと目立つような行動をしたり、頑張ったのになぜこんなことを言われてしまうのか分からなかった。
けれど、今なら分かる。
昔のあたしは今のあたしのようななりふりではなかった。
世間一般で言う地味な少し暗めの女子。
眼鏡もしてたし、今のあたしには絶対にありえない三つ編みをしていた。
薄々感じてはいたけれど、あたしがみんなの前に立って何か行動をする時みんなが乗り気ではなかったこと。
そんなみんなが目に行くのはかっこよくて何か活躍してる男子や可愛らしい女子に向けられていたこと。
あたしがしていたことはみんなの前に立って“頑張っている”ではなくて“でしゃばっている”と周りには思われていたのだった。
「やっぱり、私なんか……」
途方に暮れて歩き出す。
これから何かしようかと考えだそうと思った時から絶望的なスタートだった。
それに、さっきの会話で出てきたサッカー部の金山くん。金山修斗(かなやましゅうと)くんと言って今のサッカー部のエースストライカーで1年生の頃から活躍していて、3年生がいなくなった今金山くんが中心でチームを引っ張っている。
そして、噂ではその金山くんも生徒会長に立候補するらしい。
「金山くん相手には敵わないよね……」
金山くんはサッカーができるだけじゃなかった。勉強もできるしいろんな人から頼りにされていた。
そんな人がいたら当然生徒会長は決まっているようなもの。
でも、なんか裏の顔がある感じがすると思ってた。
「でもでも!!容姿とか人気だけが生徒会長になるわけじゃないもんね……!!」
あの話を聞いて一瞬生徒会長をやめようかと思ったけどあたしにも譲れないものはあった。
今までやってきた努力は無駄にはならないとそう自分に言い聞かせた。
でも、やっぱり少し落ち込んでいたんだと思う。あたしは落ち込んだ時や悲しい時があった時1人である場所へ行くことがあった。
「あれ?藤田じゃないか。もう帰ったかと思ったよ。」
その場所へ行くと葉山先生がいた。
「あっ……ちょっと色々あって……」
「そうか。気が済むまでここにいたらいい。」
葉山先生はそれ以上あたしに問いかけしてこなかった。
葉山先生はあたしが落ち込んだ時にここに来ることは知っていた。
あたしがよく来る場所、それは学校の片隅にある大きな花壇だった。
あたしはそんなに花に詳しいわけじゃなかったけれど、この学校のパンフレットで綺麗に咲かせてる花たちを見てとても綺麗だと思った。
でもパンフレットではもちろん花壇のことなんか取り上げていなかった。
だからこそこんな綺麗な花壇誰が作っているのか気になったし、あたしもお世話してみたいと思っていた。
しかし、その花壇のお世話をする係の人はいなく、お世話しようとする生徒も入学してから一向に現れず、毎日通ってやっと葉山先生が1人でお世話をしていることを知った。
そして、この花達は今はあたしと葉山先生でお世話してる。
毎日朝と夕方葉山先生とあたしで花に水やりや苗の植え替えなどをしていた。
後々聞いた話だけれどこの花壇は母親の提案で作られたと教えてもらった。
5分も経っていなかったと思う。でも沈黙の時間がすごく長く感じた。
あたしは座り込んで目の前で咲き揺れている花達を見て先生に言った。
「先生、私って生徒会長向いてない……ですか?」
あたしはいつの間にかそう先生に尋ねていた。
「どうしてそう思うんだ?」
葉山先生は静かにそう言った。
「私に期待してる人なんて誰一人いないのかなって……」
当時のあたしの蓋を開けてみれば友達もいなかったし、人気があったわけでもない。
それに無理して目立ってまで人前に立って正しいことをしてるつもりなのに全然自信がなかった。だから、こんな女子に誰も期待していなかったと思う。
葉山先生はあたしの目を見て少し沈黙した後こう言った。
「悪いが、俺の立場上その類のことについては相談に乗ることはできない。それにもし生徒会長をやるのならその問題は自分で跳ね除けないといけない。でも……ちょっとここで待ってろ。」
と葉山先生は言って校舎の中へ行ってしまった。
数分後葉山先生は手に何か持って戻ってきた。
「相談もアドバイスもしてやれないが、今の藤田にはこういうことなんだろうな。」
葉山先生はあたし小さなプラスチックの容器に小さな黄色の花を渡した。
「えっと……これは何の花ですか?」
渡された名前の分からない花を見てあたしはそう先生に言った。
「それはヤドリギの花だ。ちゃんと花言葉があるから家帰ったら調べてみるといい。」
「……ありがとうございます。」
「さぁ、今日はもう帰っていいから今後のこと早く考えてきなさい。」
「はい、分かりました。」
本当は水やりとか肥料あげたりとか枯れてきてる花を撤去したりするけれど今日は帰された。
帰って渡されたヤドリギの花の花言葉が気になってすぐに調べた。
「困難に打ち勝つ……か……」
ネットで色々調べていろんな意味の花言葉が出てきたけど多分この花言葉を先生はあたしに送ってくれたんだと思う。
「よぉーし!!挫けずに頑張るぞー!!」
生徒会長をやめようと思った気持ちは葉山先生からもらったヤドリギの花言葉とこれからのことを考えていたらいつの間にか吹き飛んでいた。
「……まずは、ポスターとか宣伝するもの作らないとね!!」
早速、生徒会長になるに向けての準備を始めた。
ー次の日
まだ生徒も葉山先生も来ていない時間に登校してテキパキとお花のお世話を終えて、昨日ほぼ徹夜で作った手書きのポスターを学校に複数ある掲示板に貼りに行った。
「ここで最後……かな。」
全7箇所くらい掲示板があって距離が近かったり遠かったりと移動距離が多くて時間を見るともう授業がはじまりそうな時間だった。
「早く戻らないと……!!」
駆け足で自分の教室を目指す。
ポスターは朝早くから効果があった。
急いで戻っている間、ほんと数人だったけど
「生徒会長頑張ってね!!」
と声をかけてくれた。
生徒会長らしく手を振ったりありがとうとか言えばよかったんだけど急いで焦ってるってこともあって会釈しかできなかった。
でも、そんな嬉しいことばかりだけではなかった。
やっぱり多くの人は、なんであの藤田が?みたいな顔をしたり、あたしと目が合うと明らかに態度が冷たくなる人もいた。
「こんなことで落ち込んでちゃダメ!!」
そんな視線、態度をされた時にはすごく嫌な気持ちになったけど、少ないながらもあたしに向けられているかもしれない声援に応えようと思って前を向いた。
そして、数日後金山くんが生徒会長に立候補したことを耳にした。
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