第41話 もうすぐあの日

 翌日、普段通り出勤し昨日はみんなに迷惑をかけただろうから謝って回らないといけないと思っていた。それに、俺のやっていた仕事も丸投げだっただからどうなっているのかも気になった。

 まず、太田さんのところに行くことにした。


「太田さん、昨日はすみませんでした。」


 太田さんはいつも通り、まだ誰も来ていない職場で準備を行なっていた。


「お!!菊月か!!元気になったか?」

「おかげさまで、この通り良くなりました。昨日は急に倒れてすみませんでした……しかも岡山や杉野に面倒見てもらって人員減らしてしまって……」


 頭を下げてから太田さんの顔を見ることが出来なかった。昨日自分がしてしまったことを後悔しているから。こんなことじゃ許されるわけないと思うけれど、だけど……

 そんな後ろめたい気持ちでしかない俺に太田さんは俺の肩を叩いてこう言った。


「顔あげろ菊月!!昨日のことはなんとでもなったから大丈夫だ!!そうじゃなくて、俺の方こそお前が体調悪いだなんて気づかなくてすまなかった。」


 俺が予想していた返答とは全く違う返答が太田さんから返ってきた。


「い、いや!!太田さんが謝らないでくださいよ!!俺が自分の体調管理が出来ていなかったのが一番悪いんですから!!」

「部下の異変に気付くのも上司の役目なんだって気づかされたよ。だからすまなかった。」


 また太田さんは謝り、次は頭まで下げた。


「もう大丈夫ですよ!!太田さん!!」


 こっちが謝る気でいたのに太田さんに謝られるとは思っていなかった。それに今はまだ誰もいないから大丈夫だが、こんな状況を誰かに見られたら大変なことになってしまう。


「そ、そんなことより、昨日は自分の仕事ってどうしたんですか?まだ残ってるなら今日は残業はいつもより遅くまで……」

「ん?お前の昨日の仕事か?終わってるぞ?だからいつも通りやってくれよ!!」

「えっ……?」

「俺は頼んではないんだけどな、周りのやつらが自分の仕事とお前の仕事少しづつみんなで分担してやってくれてたぞ。」

「そ、そうなんですか……」


 昨日倒れて仕事出来ていない分、今日はたんまり仕事があると思っていたが予想外だった。まさか周りのみんなが手伝ってくれていたなんて……


「それに、いい同期持ったな菊月!!」

「えっ……?」

「杉野だよ。今回お前が大事に至らなかったのも、俺が上司の役目を果たせていなかったのを気づかせてくれたのも全部あいつのおかげだよ。」

「そ、そうなんですか……またあいつにお礼言っておきます。」


 杉野は昨日太田さんに何したんだ?と思ったが、いろんな驚きで頭が回らずに太田さんに聞くことはできなかった。

 太田さんと立ち話をしていたらもう仕事が始まる時間になっていた。


「ほらほら!!行け!!もう始まるぞ!!それと、無理するなよ!!」

「はっ、はい!!」


 今回は本当に杉野と岡山、そして周りの人たちに俺は救われたようだ。俺はそんな人柄じゃないと思っていたけれど、こうして周りが俺のために何かやってくれたという事実は想定できなかった。杉野や岡山だけじゃなく、助けてくれた多分名前の知らない人とかもいるだろう。その人たちに感謝だ。

 その後、仕事をしていると人とすれ違う度に大丈夫ですか?などと声をかけてもらった。多分その声をかけてくれた人たちが俺を助けてくれた人たちだろう。


「俺ってこんな人望あったっけ?」

「知らない間に人気者っすね!!」


 たまたま昼の休憩時間が一緒になった岡山と昼食を取っていた。


「最近菊月さん頑張ってたからじゃないっすか?」

「頑張ってたって言っても自分のためだけにやってたからなぁ……」

「それでも助かったって人もいるんじゃないっすかね?菊月さんがああいうことするおかげで仕事が順調に回ってる気がするっす。」

「それならいいんだけどさ……こんなことしてもらったらさ、俺も自分のためだけじゃなくてもっと周りのためにやらなきゃなって思ったよ。」


 今まで人と深く関わることが少なかった分俺は人と人との繋がりを感じることがなかった。繋がりをあまり持たなかった俺だからこそ他人から必要とされていると思っていなかった。だからいつも自分のためだけに動いていて、他人のことなんて考えてもなかった。だけど、自分のためだけにしかやっていなかった俺に対して人はこれだけ動いてくれるのだから、人との関わりは大切にしたいと思った。


「でも、次は絶対無理しちゃダメっすからね!!」

「分かってるよ……朝太田さんにも同じこと言われたよ……」


 無理してやってたからこそ今回こういう結果になったとも言えるが、もう他人にそれに柚子ちゃんに迷惑はかけたくない。


「そういえば、岡山っていつも昼食堂で食ってるよな?料理上手いから弁当とか作ってこないのか?」


 昨日の岡山を思い出し、いつも昼食は食堂で食べていて弁当を持ってきていることを一度も見かけたことがなかったから聞いてみた。


「弁当すか?面倒くさくないですか?」

「まぁ……確かに面倒くさいとは思うけど……昨日の岡山を見てたらな。」

「基本面倒くさいことはしない主義なんで!!朝早く起きて準備するのだるいじゃないっすか〜」


 本当に岡山は変わったやつだ。俺には出来ない特技を見せつけられたと思いきや、考えはそこら辺にいる男とあまり変わらない。つくづく変な奴だなと思う。


「手作りといえば……!!そろそろっすね!!」

「何が?」

「はぁ……これだから菊月さんは……」

「どういう意味だよ!!」

「ほら、周りの女性たちを見てくださいっす!!」


 岡山に周りの女性を見ろと言われて見渡したが何か変化があるようには思わなかった。


「お前の言ってる意味がよく分からない。」

「はぁ……どんだけ鈍感なんすか……」

「別に周りは何も変わってないだろ。それに俺は鈍感じゃねぇ!!」


 もう一度周囲の女性を見てみたが様子が変わっているようには見えなかった。


「で、何が変わってるんだよ?」

「これだから菊月さんは……カレンダー見てみるっす!」


 岡山にそう言われ嫌々携帯のカレンダー機能を開いた。


「えっと……今日は2月3日……節分に何か特別な事なんかあったか?」


 確かに今日は2月3日とカレンダーに出ている。この日と言えば節分だが、そんな特別な日とは思えなかった。


「はぁ……自分は呆れたっすよ!!菊月さん!!」


 と岡山は言って俺の携帯に指差した。


「2月14日!!あともう少しでバレンタインすよ!!」

「あ、あぁ……バレンタインね。」

「え?反応薄いっすね!!バレンタインって言ったら男の一大イベントじゃないすか!!」

「そうか?俺親以外から一度も貰った事ないからイベントって認識もしてなかった。」

「えっ……嘘ですよね?」

「ほんとほんと。」


 岡山はあっけらかんな表情をしていた。


「えっ?俺がおかしい?」

「そう……すね……おかしくないとは言わないんですけど、自分はそんな人いるんだとはじめて聞いたっす……すみません。」

「バレンタインってそんなに重要だったんだな。」

「そ、そうっすね……今年は貰えるといいすね……!!」


 なぜか岡山の態度がよそよそしくなった。そして1つ思い出したこともあった。


「あ、そういえば朝柚子ちゃんの行動がおかしかったな。そういうことだったのか。」

「お、おぉ……!!」


 急に岡山の態度が変わった。そして、俺に体を前のめりにしてこう言ってきた。


「よ、よかったすね!!今年はチョコ貰えるすよ!!」

「はぁ?なんでだ?」

「いや!!だって!!それは菊月さんに作ってるす!!」

「そんなわけないだろ。俺に作る理由がない。」

「ほ、本命じゃなくても!!バレンタインは感謝の気持ちを伝える場でもあるっすから!!」

「感謝を伝える……?なら最近リハビリ行ってるから、手術してくれた先生とかにあげるんだろ。先生男だったし。」

「は、はぁ……」


 岡山は急に元気になったかと思いきや、またすぐよそよそしい態度に変わった。

 岡山が言う感謝を伝える場と言うなら木塚先生が1番妥当だろう。あるいは……

 そんなこと考えても俺にとっては何の意味のない日であるから関係ない。


「柚子ちゃんがどうしたの?」


 急に背後から声が聞こえて驚いて振り向いた。


「びっくりした。なんだ杉野か。」

「何だって何よ!!」

「いや、別に。」


 杉野と分かった瞬間驚きとかはすぐに消えた。


「それで?柚子ちゃんがどうかしたの?」


 さっきの話を聞いていたのか、杉野がそう尋ねてきた。


「もうすぐバレンタインだなって岡山が。それで今朝のこと思い出してたら柚子ちゃんの様子が少し変だったなって……」


 別に話すことでもないと思ったが、隠す必要もないので答えた。すると、岡山が俺の言葉を遮るようにこう言った。


「聞いてくださいすよ!!杉野さん!!柚子ちゃんが菊月さんのためにチョコ作ってるかもしれないのに自分に作ってるわけないとか言うんすよ!!」

「お、おい!!別に杉野に話すことじゃないだろ……」


 急に喋り出してそんなことを言うから止めるのに必死だった。

 それを聞いていた杉野は少しの間黙って何か考えてる様子だった。


「杉野……?どうした?」

「え……?あ、ううん、なんでもないよ!!」


 杉野は柚子ちゃんがチョコを作ってるかもしれないと聞いた途端何故か深く考え込んでいたように見えた。

 それを見た岡山は、


「杉野さん!!もしかして……すか!?」


 岡山はなんのことを言っているか意味不明だったが、それを聞いた杉野は赤面していた。


「や!!ち、違うから!!な、なんでもない……から……」


 言い訳しようとしても赤面して萎んでいく杉野を見て俺は頭にハテナしか浮かばなかった。

 そして岡山はとてもニマニマしていた。


「そんなに大事なイベントだったんだな、バレンタインって。俺は親からしか貰った事ないからそんなに重要とは思ってなかったよ。」


 それを聞いた杉野も今までに見たことない顔をした。


「杉野さん!!こんな人周りにいましたか!?自分ははじめて聞いたっすよ!!」

「いや……あたしもはじめて聞いたよ……」


 やはり俺の認識はやはり珍しいことらしい。それにこういうイベント事に杉野も反応するのは珍しいなって思った。


「ま、今更チョコを貰ったところで困るよな。俺に気がある人なんていないと思うし。それに感謝されるようなことなんて何一つしてないからさ……」

「菊月さん!!それ以上は……」

「え?なんでだ?」


 俺は変なことは言ってないと思ったが、杉野は少し怒った表情で、岡山はとても焦ってる表情を見せた。


「なんで杉野は怒ってて、岡山は焦ってるんだ?」


 今の状況がよく分からず、そう聞いた。


「いや、あの……その……なんて説明したらいいすかね……」

「菊月くんがそういう気でいるならお母さん以外からは誰からも絶対に貰えないんじゃないかな!!」


 岡山がおどおどして杉野の顔を確認しながら俺に説明しようとしたが、杉野が被せるように喋り出し、お母さんと誰からもと言うフレーズを強調させて明らかに怒っていると分かる言い方でそう言った。


「いや、だからなんで杉野が怒ってるんだよ?俺のことだろ?」

「もう菊月くんなんて知らないっ!!」


 そう杉野はいうとスタスタその場から離れ、杉野のことを待っていた女性社員と一緒にどこかへ行ってしまった。


「なんであいつは怒ってるんだ?俺何かしたか?」

「気づかないんすか……菊月さん……」

「全く分からん。」

「だから、鈍感って言われるんすよ……」


 岡山は杉野を怒らせたことは誰にでも分かると言う言い方で俺に言ってきたが、何もしてない俺には理解できなかった。


「ま、そのうち機嫌直してくれるだろ。戻ろうぜ、岡山。」

「本当にいいんすかね……自分怖いっすよ……」

「時間が経てばなんとかなるだろ。ほら、早いか行くぞ!!」

「は、はいっす……」


 俺たちも仕事に戻るため杉野とは逆の道を通って仕事場に戻った。

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