第40話 意外な特技
俺と杉野は、いい匂いが漂うリビングの扉を開いた。すると、台所で岡山と柚子ちゃんが楽しそうに鍋作りをしていた。
「岡山さん、そこの野菜取ってください!」
「はいっす〜」
「柚子ちゃん、そこの調味料貸してくださいっす!」
「はい!どうぞ!」
2人が手際よく分担して鍋を作っているのが分かった。そして2人ともとても息があっている。
「柚子ちゃん!後輩くん!すごくいい匂いするね!美味しそう!」
俺よりも先に杉野が2人に話しかけた。話しかけたというか、鍋の中身を覗きに行った。
「あっ!あかりさん!おかえりなさい!もうすぐで出来ますよ!ねっ!岡山さん!」
「あともう少しっすよ!杉野さんは座っててくださいっす!」
「ごめんね、2人に作らせちゃって……何か手伝えることがあればいいんだけど……」
「大丈夫ですよ!あかりさん!岡山さんと一緒に作ってたらあっという間に出来ちゃったので!」
「いや〜、柚子ちゃんの手際の良さには敵わないっすよ〜!」
「そんなことないですよ!岡山さんこそお料理上手ですごく尊敬します!」
「いや〜、それほどでもないっす〜!」
「すごいね!2人とも!私も見習わないとね!」
なぜか俺抜きで3人でとても盛り上がっていた。しかも盛り上がりすぎて俺が会話に参加する間がなかった。それに岡山が料理できることに驚きすぎて言葉が出なかったっていうのもあった。
3人の話の中に入る隙がないのでその場で立ち尽くしてたら、柚子ちゃんがこっちを見た。
「蓮お兄さんっ!早くこっち来ないとまた風邪ひいちゃうよ?」
心配そうな顔をして柚子ちゃんは俺にそう言ってくれた。
「あ、うん……そうだね。」
3人の雰囲気に圧倒されていた俺はそっけない返事しか出来なかった。
そんなそっけない俺を見かねてか、柚子ちゃんが俺に近づいてきて、
「本当に大丈夫?」
俺のおでこに手を当てて、柚子ちゃんのおでこにも手を当てて体温を比べていた。
「……熱はもう下がってるのかな?」
自分のと体温を比べ合わせて柚子ちゃんはそう言った。すると後ろの方から岡山が、
「大丈夫っすよ!菊月さん鉄人っすから!」
訳の分からないことを言った。
「でも……心配で……」
柚子ちゃんはまだ心配そうだった。というか、
「おい、岡山!俺が鉄人ってどういうことだ?」
そんなこと今まで誰にも言われたことない。そしてそう呼ばれる意味も分からなかった。
「菊月さん忘れたっすか!?あのこと!!」
「はぁ?あのこと?」
岡山にあのことと言われても全く覚えてない。
「ほら!あれっす!去年か一昨年の会社の忘年会であったじゃないっすか!」
「いや……全く覚えてない……」
「みんな酔った勢いで店の近くにあった川に飛び込んだじゃないっすか!」
「……そんなことしたか……?」
全く覚えのないことを岡山に言われて頭の中が混乱していた。
「あの時大変だったんすよ!次の日ほとんどの人が風邪で仕事休んで!」
「あっ!それあたし知ってる!あの時はバカだなぁって笑って見てたけど。」
杉野も知っていると言っても俺は全く記憶にない。というか、そんなことした覚えもない。
「でも、菊月さんだけは何事もなかったように仕事してたっす!だから一時期鉄人って呼ばれてたっすよ!」
「そんなことあったっけか?」
「本当に覚えてないっすか?」
思い出そうとするが、全く思い出せなかった。岡山の作り話かとも思うが、これだけ事細かに話せるのはどうやら作り話ではないと思うが……どう思い出そうとしても記憶の断片にも残っていなかった。
「まぁまぁ。そんなことより早く鍋食べようよ!冷めちゃうよ!」
杉野が両手をパンっと叩いて話の流れを断ち切った。
「そうだな、せっかく柚子ちゃんと岡山が作ってくれたんだ。早く食べようか。」
俺もいつの間にか会話の中に入ることができていた。そして、テーブルを4人で囲み鍋を食べはじめた。
「柚子ちゃん、今日はごめんね。いきなりこんなことになって。朝心配してくれたのにさ……」
「びっくりしたけど、蓮お兄さんが大丈夫そうならいいよ!」
「2人も今日はありがとな。」
「大丈夫っす!」
「もう心配かけないでねっ!」
今日1日の自分の行動に悔やむ。柚子ちゃんの忠告をしっかり聞いていればとか、自分の体調管理をしっかりしなければとか……
無理して頑張っていても人に迷惑かければそれはもう頑張っているのではなく、無理しているのだと今日気付かされた。でも、そんなことより、
「菊月さん何もなくてよかったす〜!倒れた時は本当にどうしようかと思ったすよ!」
「ほんと、ほんと!びっくりしちゃった!でも何もなくて本当によかったよ!」
こうして、俺のことを助けてくれる人がいてくれることにとても感謝しなければならない。岡本と杉野にはかなり大きな借りが出来てしまった。
「でも、ほんとうれしいよな……」
独り言のように呟いた。人望なんかなかった俺でもこうやって助けてくれる人はいるんだなと思った。
「よかったね、蓮お兄さん。」
隣にいた柚子ちゃんが俺の独り言を聞いていたのかそう言った。
「あ、聞こえてた?恥ずかしいな……」
「うん、でも蓮お兄さん嬉しそう!」
「そうだね……2人ともいいやつだよ。」
柚子ちゃんは俺の顔を見て微笑むとまず俺の皿に鍋をよそってくれた。そして、柚子ちゃんはみんなの分をよそい、鍋を食べ始めた。
鍋を食べ始めて少し時間が経った。会社での俺はこうとか杉野の完璧ぶりとか岡山の女たらしの話とかそういう話で盛り上がっていた。そこで大したことではないが1つ疑問に思ってたことを聞いてみた。
「岡山って料理得意なんだな?料理するの好きなのか?」
「あ、あたしもそれ気になってた!」
さっき家入る前に杉野が言ってた鍋を作ると言ったのは岡山の提案ということと帰ってきた時柚子ちゃんと息のあった鍋作りを見て、俺は料理出来ないしすごいなとふと思った。
「あ〜、それはっすね……実は実家が定食屋なんすよ。んで、父親がお前は後継ぎだ〜とか言って学生時代ずっと料理作らされてたんすよ。でも、自分店継ぐ気なんてなくて、もうやめるって言って家出して今の自分になったって感じっす!」
他人の家の事情は知らない方がいいと思ってあまり聞いてこなかったが、岡山の家の事情はなかなか意外なものだったし、岡山の家柄が少し意外だった。岡山だけ見ていたらそんなの想像できないし。
「でも、あんなに手際よくて、お料理上手なのになんで継ごうって思わなかったんですか?」
一緒に料理したからだろうか。柚子ちゃんが不思議そうな顔で岡山にそう聞いた。俺も鍋を食いながらそう思った。
「あ〜、それはっすね。自分縛られるの嫌なんすよ。自由に生きたかったんす。」
岡山の返答は大体予想ついていた。こんな超自由人はそう言うだろうなって。
「うーん、私は少しもったいないなって思っちゃいました。」
柚子ちゃんはまだ不思議そうな顔だった。俺も岡山のことは本当によく分からないやつだと思ってる。
「そうっすかね?自分自由になりたいって思ったらいつの間にかこうなってたっすから……」
「でも岡本さん料理できるだけでもすごいのに、料理してる時の真剣な顔はかっこいいなって思いましたよ!」
「えっ……!?そうっすか……?」
岡本は柚子ちゃんにそう言われると照れながら頭を掻いていた。
「おい、岡山なにデレデレしてんだ?気持ち悪いぞ。」
「い、いいじゃないっすか!!褒められることなんて滅多にないんすから!!」
褒められて照れてる岡山を見て少し気持ち悪いと思った。
「うん、あたしも気持ち悪いと思った。」
「えっ……!!杉野さんまで……」
杉野もズバッとそう言った。言われた岡山は急に顔色が悪くなっていた。
「あはは!嘘だって!ほらほらまだこんなに鍋残ってるよ!早く食べなよ!」
「……はいっす……」
杉野に冗談と言われてもまだ岡山は後悔してる顔をしていた。
なんだかんだそんな話をしていたらあっという間に鍋はなくなり、もうだいぶ遅い時間になっていた。
「じゃあ、あたしはそろそろ帰るよ。」
「自分もそうするっす。お邪魔したっす。」
「そっか、今日はありがとうな。」
「また来てくださいね!」
杉野と岡山は帰る身支度をして俺と柚子ちゃんは玄関先まで見送りに出た。
「もう無理しちゃダメだよ!菊月くんっ!」
「菊月さん、お大事にしてくださいっす。」
「分かったよ……」
無理をしていたら今日みたいなことが起きてしまうことは分かったから本当に気をつけようと思った。
「それじゃあねっ!」
と杉野は言って岡山と一緒に帰っていった。
「2人ともいい人だったね。」
横から柚子ちゃんが俺の顔を見てニコニコしながらそう言った。
「そういえば柚子ちゃん、岡山に何か変なこと吹き込まれてない?」
「変なこと?うーん……特には?」
「そっかよかった……」
柚子ちゃんと岡山を2人きりにした際に少し気になっていたが、何も変なことは言われてないようで安心した。
「蓮お兄さんは酔っ払うと人が変わったり、岡山さんに色々お世話になってるってこと以外は何も聞いてないよ〜!」
と柚子ちゃんは笑いながら家の中へ逃げるように入っていった。
「ゆ、柚子ちゃん!?あいつ何吹き込みやがったんだ!?」
やはり何か吹き込んでいた。さっきの安心した俺を返して欲しい。
「ちょっと!柚子ちゃん!何言われたの!?」
俺も柚子ちゃんを追いかけるように家の中へと入っていった。
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