第39話 この前のお返し?
今俺は、玄関のドアノブを持って固まっている。
「どうしたっすか?入らないっすか?」
それを見かねた岡山が俺に問う。
「そうなんだけど……入りづらくってさ……」
「覚悟決めるしかないっすよ!!」
覚悟を決めなきゃいけないのにどうなるか分からないという恐怖で躊躇ってしまう。
「やっぱり、杉野にはちゃんと伝えるべき……だよなぁ……」
会社で倒れた俺の面倒を見てくれたのはとっても助かったのだが、今最悪の状況に立っていると思う。
「すいませんっす……自分がもう少し気をつけていれば……」
「岡山は悪くないぞ。俺も同じ状況ならこうなるかもしれないからな……鼻の下伸ばしてる理由は別にしてな!!」
「菊月さんは日常茶飯事だからこの気持ちが分かんないだけっすよ!!」
こんな話をしているが、未だに躊躇っている。でも、このままずっと外にいるわけにもいかないので、
「よしっ!!行くぞっ!!」
覚悟を決めてドアノブを捻った。
……覚悟を決めたものの、リビングへ向かうまでは忍び足で向かった。柚子ちゃんと杉野は何やら2人で喋っているようだった。
ゆっくり気づかれないようにドアを開けると、2人は仲良さそうに笑いながら喋っていたり、一緒に写真を撮ってたりしていた。気づかれないようにリビングに入った俺にはまだ気づいてないようだった。
「……でさ!この服すっごい可愛くて!一目見たときから思ってたんだけど、柚子ちゃん絶対似合うなって!」
「わ、私にはそんな可愛いの着れないですよ!逆にあかりさんの方が似合ってると思いますよ……!!」
今2人は服の話題で盛り上がっているようだった。
「……あ、あの……杉野さん……?」
と、俺は恐る恐る杉野を呼んだみた。すると、杉野はすぐに俺の声に反応し、俺を見るなり睨みつけてきた。
「あ、あの……」
しばらく何も言わずに杉野に睨まれているのでなんて言ったらいいか分からなかった。
「やっと戻ってきたね。じゃあ外出るよ!」
「えっ……ええっ!?俺今までずっと外にいたんだけど!?」
「うるさいっ!!口答えしない!!」
杉野はそう言うと、俺の腕を掴み強引に外へ連れ出した。柚子ちゃんは杉野の強引さに困惑している俺を見て、心配そうな顔をしている。
「あっ、後輩くん。柚子ちゃんとなんかしてて!」
と岡山に向かって杉野は言った。
「はいっす〜!」
「お、おい!岡山助けろ!」
「ファイトっす!菊月さん!」
「お前〜!」
岡山は困っている俺を助けるわけでもなく、その一言だけ言い、すぐに柚子ちゃんと何か話し始めていた。
「菊月くん行くよっ!」
俺はもう抵抗できないまま杉野にまた寒い外へ連れ出された。
杉野に腕を引っ張られながらまた寒い外へ出る。家の中との温度差が身にしみる。
「お、おいっ!杉野!別に外じゃなくてもいいだろ!?」
「ダメ。」
頑なに杉野は拒んだ。俺は寒さで震える体を両手でさすっていた。玄関の前に出て少し時間が経った後、俺は寒さに耐えきれず、
「悪い、飲み物買ってきてもいいか?」
ちょうど周りを見渡した時に目に入った自販機を指差して杉野に言った。
「……別にいいけど。」
少し不貞腐れた感じの返答だった。その返答を受け、小走りでその自販機に向かった。
「俺は、コーヒーで……杉野は何がいいかな?」
自販機に並んでるラインナップを見て少し悩んだ。
少し悩んだところであることを思い出した。
「よし、こうするか……!」
俺は微糖と無糖の缶コーヒーを買って杉野の元へ戻った。
杉野のところへ戻ると杉野は鉄格子に腕を乗せ、両手に顔を乗せて少しムッとした表情をしていた。
「ごめん、待たせて。」
「いいよ、別に。」
「はい、これ。」
俺は持っていた無糖の方の缶コーヒーを杉野に渡した。
なぜ、杉野に無糖の缶コーヒーを渡したのかと言うと、この前のお返しをしようと思ったからである。
しかし、俺はそこまで鬼じゃない。缶コーヒーのラベルを見て微糖じゃないって気づいたら、俺の持っている微糖の缶コーヒーを渡すつもりだった。
「……ありがと。で、早速話を聞かせて欲しいんだけど。」
「あ、あっ……う、うん、そうだよな……」
杉野は缶コーヒーに目を向けることなく、そのまま握りしめたまま話しはじめた。
「まず、あの子はどういうことなの?」
「そうだな……少し話長くなるけどいいか?」
「どうぞ。」
俺は杉野に包み隠さず本当のことを言った。俺の目の前で柚子ちゃんが事故にあったこと。柚子ちゃんが気になってお見舞いに行っていたこと。柚子ちゃんには親も親戚もいないかもしれないこと。クリスマスの夜に俺の家にやってきて、帰る家がないからその日から一緒に暮らしていること。
一通り話し終え、
「……ということがあったんだ……」
俺は歯切れ悪く話を終えた。すると杉野は、
「ふーん。……で、これからどうするわけ?ずっと一緒なんて無理でしょ。」
「そう……なんだけど、一つだけあてがあるかもしれないんだ。」
「どういうこと?」
「昔に柚子ちゃんがここで、親戚の人にお世話になったかもしれないって言ってるんだ。」
俺はスマホの地図アプリを開いて柚子ちゃんがいう場所の地域を指差して見せた。
「まだ俺も柚子ちゃんもすぐ行ける状態じゃないから準備をしっかりして、柚子ちゃんの怪我も夏前ぐらいには良くなるって聞いてるからそのあたりで行ってみようと思うんだ。」
「……そういうことね。」
杉野は少し考え込んで、
「だいたい状況は分かったわ。大変かもしれないけれど、柚子ちゃんの御親戚見つかるといいわね。」
杉野はあっさりとこの状況を飲み込みそう言ってくれた。
「俺のことを疑わないのか?」
「まぁね。菊月くんがぐっすり寝ている間柚子ちゃんにあらかた状況聞いてたし。それに柚子ちゃんと話しててあの子はあなたに危害を加えるつもりじゃないって分かったしね。」
「そ、そうか……!」
杉野は何故この状況を飲み込めたのか良く分からなかったが、内心焦っていた俺は少しホッとした。
「見つかったのが、杉野で本当によかったよ……」
少し安心した俺は杉野にそう言っていた。
「最初は警察に通報しようとした。」
「えっ……」
安心し切った後にそれを聞いてすごく驚いたが、世間一般で見たら実際そうなるよなと思った。
「まさか、あの菊月くんが誘拐なんてありえないって思ったけど、咄嗟に携帯取り出した。」
「よ、よく通報までいかなかったな……」
「岡山くんと柚子ちゃんにものすごい勢いで止められて。そこで少し冷静になって柚子ちゃんと話したって訳。」
「そうだったんだな……」
杉野に強引に外へ連れ出される時助けなかった岡山に恨みはあったが、それを聞いて貸しを一つ作ってしまったなと思った。
「柚子ちゃんのことについては、確かに菊月くんが取った行動は間違ってるとは思わないし、柚子ちゃんの話聞いてそれ本当なの?ってこと多いけど事実みたいだし、助けてあげたくなるのは分かるけど……でも……」
「でも?」
「菊月くん、今とても危ない橋渡ってるってことだけは肝に銘じておいたほうがいいよ。」
杉野の言う通りだ。俺は一歩間違えればただの犯罪者になってしまうのだから。たとえ双方が容認していたとしても、他人から見たら俺たちの言い分は通用しない。柚子ちゃんにも今後を保証することも出来なくなる。
「分かってる……なんとしても柚子ちゃんは……」
ふつふつと柚子ちゃんとのやり取りが蒸し返してくる。柚子ちゃんの知り合いは誰も来なかった病室。親戚はいないと言ったあの柚子ちゃんの悲しそうな顔。そして、全く報われない柚子ちゃんの両親の事。
「これからはより一層気をつけることだよ!いつ今日みたいになるか分かんないだからね!」
「気をつけるよ。ありがとうな、杉野。」
今日みたいなことはもう起こしてはならない。今後どうするかはまだ何も決めてないが、柚子ちゃんを守るため決めていかなければならない。
「それに柚子ちゃんは、菊月くんのことを……」
杉野は何かぼそっと言った。
「なんか言ったか?」
「な、なんでもないよ!」
と言って杉野は慌てて手に持っていたコーヒーを開けて飲もうとしていた。
「あっ!ちょっと待て!杉野!それは……」
と言った時はもう遅かった。杉野は無糖の缶コーヒーをすでに飲んでしまっていた。
「…………」
無糖の缶コーヒーを飲んでしまった杉野は俯いて黙り込んでしまった。
「だ、大丈夫か?杉野……」
そう言っても杉野は反応しなかったので肩を叩いてみると、
「な、なにこれっ!に、苦いっ!」
涙目で俺に向かってそう言った。
「わ、悪い!この前の仕返しをしようと思って……」
「この前……?」
「ほら、前に会社で缶コーヒーもらっただろ?」
「うん……?たしか?」
「あの時俺に多糖のやつ渡しただろ?」
「そうだったっけ……?」
杉野はポカンとなんの話か分かってなさそうだった。
「俺無糖しか飲めないから、あん時の仕返ししようかと思ってたんだよ。」
「いつだっけ……?」
「ほら、少し前。俺が仕事増やし始めてた時。夜遅くまでやってた時杉野がくれたじゃないか。」
「あっ……!あっ!あれね!もう忘れてたよ……てか、無糖しか飲まないなんて知らないし!」
「確かにそうだけど……」
杉野の言う通り俺が無糖しか飲まないなんて本人に言ったことはなかった。杉野にお返しをするのは間違いだったのかもしれない……でも、杉野なら知ってると思ったんだが……
「まぁ、俺も鬼じゃない。ラベル見て気づくもんだと思ってたから、それ見て無糖だと気づいたらこの微糖の缶コーヒーを渡そうと……」
「いいから、早くそれ貸して!」
と杉野は言うと強引に俺の持っていた微糖の缶コーヒーを奪い取り、自分の持ってた無糖の缶コーヒーを俺に押し付けて流れる作業のごとく、杉野は微糖の缶コーヒーを飲んだ。
「……まだ苦いけど、さっきよりかは随分マシになったよ!」
「お、おい!これ杉野の飲みかけじゃないか!」
「うん、だから何?」
「これを俺に飲めって言うのか……?」
「そうだけど?」
真顔でそう言ってくる杉野に少し戸惑った。
「飲めるわけねぇだろ!これ飲んだら……その……色々とダメだろ!」
「何がダメなの?」
まだ杉野はとぼけてくる。
「いや……無理だろ……」
分かっててやってるのか、それとも天然なのか全く分からなかった。
「早く飲まないと冷めちゃうよ?」
飲むのを躊躇っている俺に杉野はそう言う。と言うより、話してる間杉野がずっと握りしめていたからもうコーヒーはとっくに冷めている。
「……こういうの、気にしないのか……?」
「何を気にするの?コーヒー飲むだけじゃん。」
「……まぁいっか……」
杉野にお返しを!って思っていたが、これはある意味失敗だった。変なことを思いつくから裏目に出た。
もうすでに杉野の唇が触れている缶コーヒーを思いっきり飲み込んだ。
「悪巧みなんかしなきゃよかった……」
飲み干して杉野の方へ顔を向けると杉野は俺をじっと見ていた。少し顔が赤くなっていた気もした。
「寒くなってきたし、早く戻ろ!さっき後輩くんに買い出し頼んで鍋の材料買ってきてもらったんだ!」
「おっ!今日は鍋か!悪いな、色々準備してもらって。」
「いいよ、別に。私が勝手にしたことだしね!」
「あ〜寒い!早く戻ろうぜ。あと岡山が柚子ちゃんに何吹き込んでるか分かんないからな。」
俺のためなんかに鍋を用意してくれていたなんて思ってもいなかった。杉野と岡山には感謝しなきゃいけない。俺と杉野は寒さから逃げるように足速に家の中へ入った。家の中へ入りながら俺は杉野に、
「今日は柚子ちゃんと杉野が鍋作ってくれるんだろ?楽しみだなぁ……!」
「あっ……えっと、その……」
俺は単純な楽しみを伝えたのだが、杉野はそれを聞いて少し戸惑っていた。
「あれ?そうじゃなかった?」
予想外の杉野の反応に俺も混乱した。
「えっとね……提案したのは岡山くんで、わ、私……料理苦手で……」
「えっ!?そうだったのか?」
予想外の返答につい大声が出てしまった。
「う、うるさいなぁ!!料理は昔から苦手なんだから仕方ないでしょ!!」
「まさかあの杉野さんが、料理が苦手だったなんて……」
「も、もうっ!言わないでっ!!」
会社での振る舞いとかで苦手なのはないイメージだったが、まさかこんなところで杉野の弱みが見つけれるなんて思ってもいなかった。
「まさか、あの杉野さんがね……」
「もういいからっ!」
杉野をおちょくりながら家の中へ入ってリビングへ向かうととてもいい匂いがした。
「あれ?もう作ってるのかな?すごいいい匂いがする。」
「そうかもね!早く行こ!」
俺と杉野はその匂いにつられて吸い込まれるようにリビングへ向かった。
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