第38話 目覚めても悪夢

「はっ……!柚子ちゃん!!」


 光の中に吸い込まれたと思いきや、次に目の前に現れたのは見覚えのある部屋の壁だった。


「えっ……?」


 やはりあれは夢だったようだ。夢で良かったと安心した。俺は柚子ちゃんと叫ぶと同時にベットから起き上がったようだ。すると横から、


「蓮お兄さんっ!大丈夫!?」


 柚子ちゃんの心配する声が聞こえた。


「あ……うん。大丈夫だけど……俺なんでここにいるんだ?会社で倒れたと思うんだけど……」


 なんで今自分の家にいるのか全く理解できていない。


「病み上がり早々で悪いんだけど、これはどういうことか聞きたいんだけど!!」


 柚子ちゃんの横から声がするのでそちらへ顔を向けていると少し怒った表情で俺を見ていた。


「えっと……どういうことって?」

「とぼけた顔しない!この子はどういうことって聞いてるの!」


 杉野の喋り方顔でなんとなく分かる。ご立腹のようだ。


「いや、まずなんで杉野が俺の家にいるんだ?」

「話を変えない!聞いてるのはあたし!」


 話を逸らそうとしても都合の良いようにはいかなかった。杉野から睨まれるのを逸らしていると、


「戻ったっす。あ!菊月さん!起きたんすね!よかった〜!」


 岡山が何やら買い物をしてきた後のようで、ひょこっとリビングに顔を出してそう言った。


「お、おお!岡山か!ちょっ……ちょっといいか……?」


 岡山がいることが分かった俺はすぐさまベットから起き上がり、岡山の肩を掴んで2人きりで話せる廊下まで移動した。


「ちょっと!話してるのあたしなんだけど!もうっ!」


 そんな怒ってる杉野から逃げるように岡山を連れ出した。


「岡山、これは一体どういうことなんだ?なんで俺の家に杉野がいる?俺は倒れたあとどうなったんだ?」


 ずっと頭で渋滞していることを片っ端から岡山にぶつけた。


「落ち着くっす、菊月さん。外で話すっす。」

「お、おう……」


 冷静な岡山に少し気持ち悪いと思ってしまったが、一旦落ち着かないと行けないと思った。

 岡山が言うように外へ出た。


「取り乱して悪い……変な夢まで見てたからさ……」

「いいっすよ。自分だって同じ状況なら取り乱してるっす。」


 俺と岡山はアパートの鉄の柵にもたれかかりながら話をしていた。もう周りはすっかり日が落ちていた。


「もう体調は大丈夫っすか?」

「おかげさまでな。すっかり良くなったよ。」

「それはよかったっす。」

「早速で悪いんだけど俺が倒れたあと何があったんだ?」

「ええと……まずはすね……」


 話は長くなりそうな喋り方で岡山は話し出した。

 岡山が言うには俺が倒れたあとこんなことが起こっていたらしい。


「昼休み前に自分たまたま杉野さんと話してたんすよ。」


 俺が倒れた時たまたま岡山と杉野は話をしていたらしい。


「ねぇ、後輩くん。最近菊月くん様子変じゃない?」

「そうすか?いつも通りだと思うすけど……あっ!」

「何か思い当たる節あるの?」

「いえ、そういえば今日朝会った時すごく体調が悪そうだったっす!」

「それ関係あるの?」

「うーん……分かんないっすけど……ほら、今も辛そうっす。」


 岡山の指さした先にヘトヘトでフラフラしている俺がいたらしい。


「本当だ。大丈夫かな?菊月くん……」

「朝会った時も大丈夫って言ってたすけど、全然大丈夫そうじゃなかったすよ……」


 と杉野と岡山が話していたその時、俺は倒れたらしい。


「えっ!!菊月くん倒れたよ!!」

「これ、まずいんじゃないっすか!?」


 それを見た杉野と岡山は咄嗟に走ってきてくれたらしい。

 やっぱり、あの呼び声は杉野と岡山で間違いなかったようだ。


「菊月くんっ!菊月くんっ!」

「菊月さんっ!大丈夫っすか!!」


 2人の呼びかけに応答がない俺を見て杉野が迅速に行動を起こしてくれたらしい。頭の回転が早い杉野がそばにいてくれなかったら俺はどうなっていたか分からなかったかもしれない。

 呼びかけてる2人を見てすぐ太田さんも来てくれたらしい。


「おい!どうした!?」

「菊月くんが倒れました!!朝から調子が悪かったみたいで……」

「今まで何も言ってなかったけどな……」

「様子がおかしかったとかありませんでしたか?」

「悪い、俺も仕事で気にしてる余裕はなかったんだ……」


 少し杉野は考えるように黙り込んだと言う。そして何かを思いついたように会社内でつながる無線の小型通信機を取り出した。


「あ、もしもし課長ですか?すみません、急ですが今日半日で帰らせていただきます。私の仕事は櫻木にやらせます。残った分は明日処理します。はい……それでは。」


 なんと杉野は半日で帰るとその場で伝えたらしい。

 さらに岡山の方へ向き、


「後輩くん、菊月くんの家知ってる?」

「えっ……?あっ……はい……知ってるすけど……」

「そういうことなので太田さん、岡山くんも連れて行きます。」

「おいおい!それは困るって!」


 太田さんが困るのも仕方ない、急に人員1人減らされるのだから。


「これは、朝太田さんがちゃんと菊月くんの容体に気付けていれば防げた話……ですよね?」


 ピシッと周りが凍りつくような喋り方で太田さんに言ったらしい。


「確かにそうだが……そんなことしなくても救急車を呼んだ方がいいんじゃないのか?」


 太田さんの言う通り、救急車をすぐに呼べばいい……と思った。周りもみんなそう思っただろう。しかし杉野は、


「待ってる時間に何かあったらどうするんですか?それに私の知り合いに医者がいるのですぐ診てもらえます。」


と言ったらしい。


「岡山くん、菊月くんのズボンの左ポケットに車の鍵があるからすぐ車出して!」

「えっ!?あっ……はいっ!!」


 岡山は言われるがままに俺の車を出して病院へ向かったらしい。

 以前岡山は俺の車を運転したことがあったからなんの躊躇もなく乗れたのだろう。

 というか、なぜ杉野は俺のズボンのポケットに鍵が入っているのが分かったのだろうか……?岡山が知っているならと疑問は浮かんだが、それは後回しにした。


 そうして、俺は2人に病院へ運ばれた。岡山が俺の車を運転する中、杉野はすぐ病院へ電話して色々段取りをしてくれていたらしい。


「それから病院へ行って、検査受けて点滴を1時間ぐらい打てば大丈夫って言われて、点滴打って菊月さんの家に帰ってきたって訳っす。」

「そうだったのか……悪いな迷惑かけて……」

「いえ、全然いいっすよ!それより……」

「それより……?」


 岡山は気持ち悪い笑顔をしてニヤニヤしていた。


「昼から杉野さんとドライブなんて夢みたいだったすよ!それに岡山くんって呼んでもらえましたし……!」

「なんだ、そんなことかよ……」


 岡山の話を聞いて少し呆れた。そんなことで鼻の下を伸ばしてるんじゃねぇ!と思った。


「確かに菊月さんにとってはそんなことかもしれないすけど、自分にとってはすごいことなんすよ!」

「お前だって女とたくさん遊んでるんだからそんなこと普通だろ……」

「分かってないっすね、菊月さんは……はぁ……

これが鈍感主人公ってやつっすか……」

「なんでそうなるんだよ!」

「なんでもないっす〜!」


 なんでそんなに岡山は嬉しそうなのかは全然分からなかった。


「そんなことより本題はここからじゃないすか?」

「そうだよなぁ……」


 そう、岡山が言う通り問題はここからだった。杉野をどう対処するか何も考えていなかった。


「というか、岡山お前このこと知ってただろ?なんで拒否しなかったんだよ?」

「そ、それは……突然すぎて頭回らなかったですし……それに杉野さんとのドライブで忘れてたっす!」

「お前なぁ……」


 まあニヤニヤしだす岡山を見て呆れるしかなかった。


「正直に話したらいいんじゃないっすか?」

「それで色々問題起こったら困るんだよ……まぁ、でも……」


 もう正直に話す以外に解決策はなさそうだった。


「頑張ってくださいっす!菊月さん!」

「お前他人事だと思いやがって……!」


 もう覚悟を決めて杉野と柚子ちゃんがいる家へと戻った。

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