第37話 風邪と悪夢
「うわぁ…やべぇ…完全に風邪引いてるこれ…」
起きた瞬間分かった。体がだるく、重い。そしてガンガンに頭が痛い。おまけに鼻水と咳まで止まらない。
昨日までなんともなかったのに…
「蓮お兄さん大丈夫?今日はお休みした方がいいんじゃないかな?」
確かに休もうとも思った。でも今は頑張りどきとも思ってしまった。それに全く動けない訳ではない。
「だ、大丈夫だよ、柚子ちゃん…」
「で、でもそんなにフラフラじゃ…」
「今は少しでも働かないと…」
そう今は出来るだけ働いていたい。そうしないと今の生活を維持できない。それに…
「柚子ちゃんのためにやるって決めんだから…」
「蓮お兄さん、なんか言った?」
「なんでもない…大丈夫だよ柚子ちゃん。」
チラッと時計の方を見るともう会社へ向かう時間だった。
「じゃあ行ってくるよ、柚子ちゃん。」
「本当に、本当に気をつけてねっ!絶対に無理しちゃダメだよっ!」
「うん、分かったよ…」
動き出すとやっぱりフラフラしてしまう。振り返ると柚子ちゃんが心配そうな顔で見ている。それでも行かないといけない。
“大丈夫”と口パクで伝えると柚子ちゃんはまだ心配そうな顔で俺を見送った。
「こっから会社か…」
この体調の悪さで乗る車はなんとも地に足がつかない感じだった。
「なんとか着いた…」
会社に着くだけでもうヘトヘトだった。
「こんなに風邪がキツイなんて思ってなかった…」
あの時無理せず家でゆっくりしていればよかったと後悔した。
携帯で時間を確認するため携帯を取り出すと柚子ちゃんからトークアプリのメッセージで、
“大丈夫?”や“ちゃんと会社着いた?”などの心配するメッセージがたくさんきていた。
「どっちが心配性なんだよ…」
そのメッセージを見て少し笑える余裕ができた。それでも体は言うことを聞かないまま。
フラフラな足取りで会社へ向かう途中、
「おはようございますっす!菊月さん!」
「お…おう…おはよう…」
「うぇっ…!?どうしたっすか!?」
「…ちょっとな…」
後ろから普段通りの明るさで挨拶してきた岡山だが、俺の顔色を見て驚いていた。
「大丈夫っすか!?めちゃくちゃ調子悪そうじないっすか!!」
「どうやら…風邪を引いたみたいだ…」
「菊月さんがすか…病気とは無縁そうなのに…」
「俺も驚いたよ。今まで風邪なんて引かなかったから…」
「帰った方がいいんじゃないっすか?太田さんには俺が言っとくっすよ。」
「いや、いい。今は働かなきゃいけないんだ…」
「そうすか…」
無理しないでくださいと岡山に言われて別れた。
(今は頑張んなきゃいけないんだよ…)
柚子ちゃんのあの笑顔のため、もう2度と悲しい思いをさせないため、俺に出来ることは働いて柚子ちゃんがやりたいことをやらせてあげることしかないんだから。
しばらくしていつも通り仕事が始まった。
が、俺の体調は絶不調に達していた。
太田さんに朝から怒号を浴びていたが、全く頭に太田さんの言葉が入らない。
「おいっ!菊月!聞いてんのか!!」
「あっ…はい!聞いてます!」
と言う会話を何回繰り返したか…
無我夢中で走り回ってなんとか仕事をしてる感じだった。
最近では頭で今は何時くらいとか分かっていたが、今日は目の前のことでいっぱいいっぱいでそんなことを考える余裕もなかった。
チラッと時計を見るともうすぐ昼休憩の時間に迫ってきていた。
(あぁ…もうすぐ休憩だ…)
とりあえず体を少しでも休めると思ったら安心してしまった。安心した途端、
「ん…?あ、あれ?」
急に目の前が歪んできた。そして足元もおぼつかなくなり、そのまま床に倒れこんだ。
(あっ…これダメなやつだ…体が動かない…)
倒れてからかろうじて意識はあった。
俺が倒れてから数秒後に人が集まってくる気配があった。そして横から、
「……づきくんっ!き…づきくんっ!!」
「……さんっ!だ……っすか!!」
と杉野のような岡山のような声が俺を呼びかけていたように聞こえたが、もう返事をする意識はなかった。
(俺、これからどうなるんだろう…)
こんな経験なかったから正直不安になった。あの時柚子ちゃんや岡山の言うことを聞いていればよかったとも思った。
(せっかく柚子ちゃんのために頑張ろうと思ったのにな…)
柚子ちゃんのことを考えて後悔しながら、どんどん目の前が真っ暗になっていった。
「ん…ここは…?」
夢の中だろうか、目を開けると周りには見たこともない街並みだった。
周りを見渡すと歩いてゆく人の中にどう見ても柚子ちゃんと思う人物の後ろ姿が目に入った。
「柚子ちゃん!!」
そう呼びかけると柚子ちゃんと思わしき人物はゆっくり振り向く。振り向いた顔を見るとやっぱり柚子ちゃんだった。
「柚子ちゃん、何でここに?というか、ここどこだ?」
「蓮お兄さん…」
俺は状況がいまいち掴めず柚子ちゃんに尋ねた。
「目開けたらこんなところにいてさ…俺多分会社で倒れたはずなんだけど…」
訳のわからないことを言ってることは自分自身よく分かっているけれどそれが真実だからそう伝えるしかなかった。
しかし、柚子ちゃんからは予想もつかないことを言われた。
「蓮お兄さん、私本当は邪魔だよね…」
「え…?そんなこと一言も…」
「だって、私出来ることって言ったらお掃除と洗濯と料理できるだけだから…」
「俺はそれだけで充分助かってるよ!」
何故今そんなことを言うのか疑問でしかなかった。しかし、柚子ちゃんは俺の話を無視して続けた。
「私って、蓮お兄さん迷惑しかかけてないから…だからもう一緒にいるのは無理かなって…」
「だから、俺はそんなこと…!」
と、柚子ちゃんの肩を掴もうとしたけれど全然柚子ちゃんの肩に届かなかった。
「なんで…?柚子ちゃん!待って…!」
「それに…」
と柚子ちゃんは何か言った気がしたが何も聞こえなかった。
「…ごめんね、蓮お兄さん…」
と言って柚子ちゃんは振り返って歩き出した。柚子ちゃんとの距離がどんどん遠くなっていく。
「くそっ…なんでだ!?なんで柚子ちゃんに届かない…!?」
いくらもがこうが走ろうが全く柚子ちゃんに触れることができなかった。
“こんな別れでいいのか…?”
柚子ちゃんは俺に迷惑をかけてると言った、当の俺は全くそんなこと思っていない。
そんな素振りをしてもないはずだ。
なんで柚子ちゃんがそんなこと言うのか全く理解できなかったが、絶対にこんな別れ方は行けない。それに柚子ちゃんと約束した、あの場所へ行くまでは俺の役目は絶対に終わってない。
だから柚子ちゃんと約束を果たすまで何を言われようとも絶対に柚子ちゃんをどこかへは行かせない。1人にさせるもんか。
「柚子ちゃん…待って…!絶対に…俺が柚子ちゃんを…1人にしない…!!」
必死に手を伸ばした。こんなに人に対して必死になるのは初めてだと思う。それは何故かは分からない。でも必死になってしまう。何か見返りがある訳でもない。柚子ちゃんのためだから必死になる。理由はそれだけでいいと思った。
必死に手を伸ばし続けていると何故か、柚子ちゃんの先から眩しくなった。
その眩しさにやられて目を瞑っていた。
しばらくして目を開けると目の前には俺が昔住んでいた町で懐かしい風景だった。俺と柚子ちゃんは見覚えのある堤防で2人だった。
「蓮お兄さん…」
柚子ちゃんが呼んだのでそれに答えようと俺は顔を上げる。
すると柚子ちゃんは一粒の涙を流し嬉しそうな、悲しいような顔で何か言った。
その言葉は全く聞こえなかったが、口の動きではありがとうと言っていたと思う。
その理解をしたところでまた眩しい光が刺した。そして柚子ちゃんの気配も遠くなっていく気がした。
「…待って…!柚子ちゃん…!」
眩しい光の中でもなんとか目を細めで開けて柚子ちゃんを手で追いかけた。
今度はもう少しで柚子ちゃんに届きそうで必死に手を伸ばした。
届いたと思い手を柚子ちゃんの肩に置いた瞬間、
「えっ…?」
吸い込まれるように現実に戻される気がした。
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