第30話 初詣に着る物といえば

そろそろ今年が終わる。今は仕事を終えて帰路に着くところだ。

そして、今日を最後に今年1年の業務を終えた。

仕事が終わり連休になることもそうだが、朝の出来事も考えていた。

今日朝起きると柚子ちゃんが、


「ねぇ、蓮お兄さん。」

「何?」

「毎年お正月って何してるの?」

「正月か…」


今までの俺の生活ぶりを見てわかる通りもちろん何もしてない。


「家で寝る。」

「え?それだけ?」

「特にやることないしね。正月はゆっくりするのに限る。」

「ふーん、そうなんだ…」

「何かやりたいことでもあった?」

「特にはないけど…初詣行きたいなぁ…なんて。」

「初詣か…」


初詣なんか子供の頃親と何回か行ったきりだ。

毎年1人だからなんとも思わなかったけれど、今年は違う。柚子ちゃんがそう言うなら行ってみても悪くないかもしれない。


「初詣行ってみる?」

「うん!」


幸い近くに毎年初詣で賑わう神社があるので初詣はそこに行ってみようと思う。


「初詣に行って何かやりたいことでもあるの?」

「うーんとね、お願い事お祈りしに行こうかなって!」

「そうなんだ。お願い事って何?」

「人に言ったら叶わなくなっちゃうんだよ!だから言わなーい!」

「そうだっけ?」

「何にも知らないね、蓮お兄さん!」


願い事ぐらい言ってくれればいいのにとは思ったが、言いたくないこともあるのかなとも思った。


「俺は特に願い事とかないから来年も何事もなく過ごせますようにってお願いでもしておこうかな。」

「何そのつまんないお願い!」

「人間生きていく上ではこれに尽きる。」

「つまーんないー!」

「つまんないとはなんだ!」

「もっと叶いそうで叶わないようなお願い事しようよ!あと、ほら!朝ごはんできたよ!」

「ん、ありがとう。」


柚子ちゃんが皿を俺に渡した。

そのお皿からはとてもいい匂いがする。


「今日はね、スクランブルエッグ作ったよ!」

「美味しそうだね。いただきます。」


椅子に座って俺は食べはじめた。


「そういえば、今日が仕事最後だな。」

「そうなんだ!じゃあ今日は1年間お疲れ様でしたのご馳走作らないとね!」

「そんな大したことないから無理しなくていいよ。」

「私頑張って作るよ。だって蓮お兄さん今年とてもお仕事頑張ったでしょ?」

「そんなことないよ。いつも通りだけど…」

「特に最近から…!」


ドキッとした。たしかに柚子ちゃんのために頑張っていると言えばそうかもしれないけど、そんなに深く考えてなかったし、それに自分のしたことだから柚子ちゃんのためにと言う考えは薄れていた。


「いやっ…!そんなことない…よ…」

「だからね、私ご馳走作るね!私にはこれくらいしかできないから…」

「そんなことないよ。俺の身の回りの事情をやってくれているだけでかなり助かってるよ。」

「そう?今日はご馳走作るから今晩楽しみにしててね!」

「うん、分かったよ。ありがとう。」

「何作ろっかなー!」


今ではだいぶ慣れてきた方だが、やっぱり家に現役女子高生と一緒に暮らしているのは非現実感がある。自分の身の回りを女子高生にやらせていいのかとも思うけど…


「じゃあ、初詣はそこの神社でいい?」

「うん!いいよ!毎年賑わってるから行ってみたかったんだよね!」

「行ったことないの?」

「うん、私の親正月も構わずお仕事だったからお家のことやってたら行けなかったんだ。」

「そうなんだ…」

「でも、今は蓮お兄さんがたっぷり甘えていいって言ってくれたからワガママ言ってる〜!」

「なんか揚げ足取られそうだな…」


甘えてほしいとは思うけれど、過度すぎると困るかもしれない。俺のことだから許してしまうかもしれないけど。最近は毎日柚子ちゃんは楽しそうにしているのがとても嬉しかった。人のために何かすることっていいことだなと改めて思った。

鼻歌を歌ってる柚子ちゃんを見ながらのんびり朝食を取っていると、


「蓮お兄さん、時間大丈夫?」


と柚子ちゃんが言うので時計を見てみるともう支度して家を出ないと行けない時間だった。


「おっと、遅刻するところだった…!」

「気をつけて行ってきてね!」


慌てて準備をすまし会社へ向かった。


そして昼休み。

たまたま岡山と昼休みが一緒だったので正月に初詣に行くことを話していた。


「いいじゃないっすか。初詣!」

「俺は別に家でゆっくりしたかったんだけど…」

「菊月さんはそんな感じするっす!」

「お願いされたら断れなかったよ…」

「初詣って新年のお祈りとか色々あるっすけど、それだけじゃないっすよね…!」

「ほかに何かすることあったっけ?」

「はぁ…菊月さんはこういうことには無関心っすからね…」

「何か言えよ。」

「やっぱり女性の振袖姿を拝むことに決まってるじゃないっすか!」

「はぁ…そんなことかよ…」

「そんなことってなんすか!これも結構重要だと思うっす!」

「そうか?」


特に興味のない俺はどうでもいい話だと聞き流そうとした。が、あることに気がつく。


「もしかして、女の子って振袖着たいのかな?」


朝柚子ちゃんには特にそんなことは言われなかったし、服も1枚でやりとりするとか言ってたから気にしてもいなかったんだけどもしかしたらと思った。


「そりゃあ、着たいんじゃないんすか?だってあんな煌びやかな服そうそう着れることないっすし。普段より可愛く見えるっすし。」

「そういうもんかぁ…」


確かに、ああいう場だと女性はみんな着飾っている気がする。俺はどちらでもいいけど柚子ちゃんは違うのかもしれない。


「あ、でも振袖って買うのも高いっすし、レンタルも高いすよ。」

「え、買うのはキツイとしてレンタルっていくらくらいなんだ?」

「んー、自分もよく分からないっすけど、確か10万くらいじゃなかったすか?」

「…マジかよ…」


最近かなり高い出費を出したばかりだ。今はそんな余裕はない。


「今回ばかりは柚子ちゃんに我慢してもらうしかないな…」

「急には無理っすよね…」


俺に甘えて欲しいと言った手前もうすでに我慢させてしまう。申し訳なさが募った。

そのあと岡山とはどうでもいい話で盛り上がり、昼休憩を終えた。


そして今18時。仕事は最終日ということで早く帰してもらった。


「どうしたもんかな…できれば着せてあげたいんだけど…」


今も仕事中もずっと考えていた。少し調べてみたが、予約はもうすでに打ち切られていて今はどこもやってなさそうだった。


「もしやってたとしても10万は高すぎる…」


お金もない、どこも予約をやってないのダブルパンチをくらっていた。


「なんか他に方法ないかな…」


必死に頭をフル回転させて考えたが、何も考えが浮かび上がってこなかった。

そんな考え事をしながら車を運転していたらもう家に着いてしまった。


「ダメだなぁ…やっぱり。今回ばかりはそのまま行くしかないか…」


俺のちっぽけな頭では何もいい考えが浮かばなかった。ガッカリして車を降りると大家さんが何やらたくさん荷物を持って大変そうに歩いていた。


「大家さん!大丈夫ですか?」

「あ、菊月さん。こんばんは。ちょっと荷物多すぎたかしら。」

「持ちますよ。」

「あら、ありがとうございます。助かるわ。」


大家さんは両手に2個づつ大きな荷物を持っていたので俺はそのうちの3つ荷物を持った。


「こんなに重いのどこから持ってたんですか?」

「ちょっとね、久々に孫に会って駅からね…」

「1人じゃ大変でしたよね?」

「そうね…ちょっと無理してたわ…でも菊月さんが来てくれて助かったわ。」


また1ついいことをした気分になった。

が、大家さんとはその話きり喋らなかった。

ちょうど家の前まで着いたところで、


「菊月さん、ありがとうね。助かったわ。お礼に…」


と言って大家さんは荷物の中から何かを取り出そうとした。


「あ、いや!いいですよ!じゃあ俺はこれで…」


と言って足早に去ろうとしたところ、


「菊月さん、ちょっと待って。」


大家さんに呼び止められた。


「どうしました?」

「何か今悩んでるんじゃない?」

「え…!」


大家さんに俺の心境を見透かされてる感じがした。


「いや、そんなことはないですよ…」


ははは、と言って笑って誤魔化す。


「悩んでますって顔に書いてあるわ。」

「…顔に出てましたか…」

「ふふっ。どうしたの?私に言ってみて。」


大家さんに言って解決する話ではないが一応話してみることにした。


「初詣に行くことになったんです。この前お世話になったあの子と。」

「そうなのね。」

「仕事の同僚と同じことを話してる時女の子は振袖が着たいんじゃないのかという話になりまして。」

「うんうん。」


大家さんはたまに相槌を打って静かに俺の話を聞いてくれた。


「朝話した時はあの子そんなこと言わなかったんですけど、やっぱり着たいのかなって思いまして…今から買うのは無理ですし、レンタルしたらどうかと思ったんですけど、レンタル代が高すぎるのともうレンタルの予約はやってないときまして…」


必死に作り笑いをするしかなかった。こんなちっぽけな悩みを聞いてくれる大家さんに感謝しかなかった。


「今までずっとあの子は我慢しかしてなかったので、俺のところだけは思いっきり甘えてほしいと思ったんですけど…」

「我慢?」

「あっ…!」


しまった、これは話してはいけなかった。大家さんにはいとこって話で通ってるんだっけ。


「いや、なんでもないんです。ただ振袖を着せてあげたいなと思ってまして…」


上手く誤魔化せた気はしなかったが話を逸らした。

すると、大家さんは真顔になって何か考え始めていた。


「そんな悩み事です。聞いてくれてありがとうございました。」


今度こそその場から立ち去ろうとした。しかし、


「ねぇ、菊月さん。」

「はい?」

「よかったら振袖あるんだけど貸してあげましょうか?」

「え…?」


一瞬大家さんが何言ったか分からなかった。


「なんて言いました?」

「私が持ってる振袖で良かったら貸しましょうか?」


今度はちゃんと聞き取れた。大家さんが振袖を貸してくれるということだった。


「本当ですか!?」

「ええ、本当よ。ちょっとサイズが合うか分からないけれど。多分大丈夫だと思うわよ。」


願ってもないことだった。まさかこんなところで問題が解決するかもしれないとは。


「すみません、初詣の日振袖貸してもらっても大丈夫ですか?」

「いいわよ。今日のお礼になるか分からないけれど。こんなことでよければ。」

「いや!お礼以上のもの持ってますよ!本当にありがとうございます!」

「ふふ。喜んでもらえて良かったわ。」


今は飛び跳ねたいくらい嬉しかった。これで朝から悩んでたモヤモヤが一気に解消した。


「あの、もう1ついいですか?」

「何かしら?」


貸しくれるのはとてもありがたいのだが、振袖を着付けるのは難しいのではないかと思った。


「振袖って簡単に着れるものなんですか?」

「簡単には着れないわよ。」


大家さんに笑われた。当然だ。あの服を簡単に着れるなんてできるわけがない。


「そうですよね…着付けてもらう人探さないと…いるかな…?」


俺は独り言で呟いていると


「菊月さん、私が着付けますから大丈夫ですよ。」


大家さんはにっこりと笑顔で言ってくれた。


「本当ですか!?ありがとうございます!」


と言って何度も手を握った。


「大晦日の夕方くらいに来てくださいね。」


と大家さんに言われ、はいと一言言って別れた。


「よし!これで何も気にしないで初詣に行ける!」


悩みが一気に解消した瞬間この疲れ切ってる体がとても軽かった。

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