第28話 とにかく足りない
「これから、この額で生活足りるかな…?」
今日は給料日だったので仕事が終わってから銀行に行き通帳を見てそう思う。
親に返すお金と生活費とか諸々…
何より今までの生活費が2倍になるのだ。
それに、昨日来たばかりの柚子ちゃんの身の回りの必需品を揃えなければならない…
あのクリスマスの夜ただ食事をするだけならよかった。そのあとが大問題だった。
一緒に暮らすとなると着替えたりするのは当たり前のことだ。でもその当たり前のことに問題が起きた。
なんと、
「蓮お兄さん、私このもらったサンタのコスプレと着てきた服1着しかないの…」
と言う。そこで俺は、
「じゃあ俺の着ない服代わりに着ていいよ。多分掃除して場所とか分かってると思うけど。どれでも適当に着ていいよ。」
「うん!服借りるね!あとお風呂も。」
と言って柚子ちゃんは風呂場へ行った。
この時油断していた。適当に服を着ていいと言ったが、ジャージか何か着れそうなのを着てくるのかと思ったらまさかあの姿で来るとは…
「ねぇ!見て見て!蓮お兄さんのシャツぶかぶか!」
「体の大きさ違うし、当たり前…ってなんでそれだけ!?」
そう。柚子ちゃんは俺の長袖Tシャツ1枚を着てリビングに現れたのである。
「ジャージとか他に着るものなかった!?」
「お父さんの着れなかったから1回男の人のTシャツ着て見たかったんだ〜」
興味本位で着てはいけない。破壊力抜群で理性がぶっ飛びそうだった。
「と、とりあえず!下履いて!俺の目のやり場に困る!」
「え〜?蓮お兄さんどこ見てたの〜?エッチ!」
「どこも見てないから早く履いてくれ!」
柚子ちゃんは今にも見えそうなパンツをシャツの裾で隠して俺をからかっていた。こんなのが続いたら俺がもたない。
「はい、履いたよ。蓮お兄さん。」
次はしっかりズボンも履いていた。体の大きさが違うから当たり前だが、シャツから手は出てないしズボンも裾が床に着いていた。
「服買いに行かないとね…」
「私はこれでもいいよ!蓮お兄さんのぶかぶかの服好きだもん。」
柚子ちゃんが良くても俺が全然良くない。目のやり場に困りすぎる。こんなのは漫画のお決まりのラッキースケベシーンだけかと思ったが、まさか俺の目の前で起こるとは。
もう夜も遅かったので寝ようとしたが、ここでも問題が発生した。
布団がない。仕方ないので俺は床で寝ようと思った。
「柚子ちゃん俺のベット使っていいよ。」
「蓮お兄さんは?」
「俺?床で寝るよ。」
「体痛くなっちゃうよ?」
「いいよ、平気。」
「ねぇ、一緒にお布団入ろうよ。」
と柚子ちゃんは言って無理矢理同じ布団の中に入れられた。これはとてもまずい状況だった。
「いや、ダメだって!俺は床に寝る…」
「えへへ、あったか〜い!」
と言って柚子ちゃんは抱きついて離してくれなかった。背中に感じる微かな吐息と女体。柚子ちゃんはすぐ寝てしまったので、そのまま寝なきゃいけなかった。
(こんなのが毎日続いたら、本当にヤバい…)
お決まり通り、柚子ちゃんを気にしすぎて寝たのはかなり時間が経ってからだった。
朝。寝不足で瞼が重かったが、アラームの音で目覚めた。
「ふぁぁぁ…」
大きなあくびをして起き上がった時に柚子ちゃんがそばに居なかったのに気づいた。そして、何やらいい匂いがするのも気づいた。
「あれ?なんかいい匂いがする。」
眠い目を擦りながら起き上がりキッチンの方を見ると
「あ!蓮お兄さんおはよう!いつも早いんだね!」
柚子ちゃんがキッチンで立って何か作っていた。
「おはよう…何作ってるの?」
「えっとね、お味噌汁と野菜炒め!でも食材足りなさすぎてお野菜の種類少ないし、お味噌汁は豆腐とわかめだけだよ!」
笑いながら説明してくれた。
「すいません…」
なぜか反射的に謝ってしまった。過酷な食材不足にもどうにかしなきゃいけない。
しかし、柚子ちゃんが朝ごはんを作ってくれたおかげで、昨日、今日の朝ごはん用の菓子パンを買ってくるの忘れていたので助かった。
「ありがとう。朝ごはん昨日買うの忘れてたから助かるよ。」
「いつも朝ごはんは何食べてるの?」
「菓子パンだよ。」
「それだけ?」
「うん。」
柚子ちゃんは何か思ったのか、一瞬考えている顔をしてまた笑ってこう言った。
「絶対それだけじゃ足りないでしょ!」
「まぁ、確かに最近はそう思うかな…今は仕事で体力を保つだけで精一杯だし…」
「でしょ!これから朝ごはん作ってあげる!」
それは俺にとってはすごく助かるが、生活費が心配だ。それに、やっぱりこのままこの状況が続くのは良くない。
明日は休みなので、必要なものは明日柚子ちゃんと一緒に揃えようと思った。いや、揃えなければならない。
「柚子ちゃん、明日色々買い出しするから買い物付き合ってくれる?」
「お買い物?何買うの?あ、食材とか?」
「うん、それもだけど柚子ちゃんの身の回りのもの買わないと。今のままじゃ不便でしょ?」
「私は大丈夫だよ!気にしないで。」
「俺が気にしちゃうからダメ。」
「本当に大丈夫だよ!」
「いや、行くって言ったら行く。」
「え〜、大丈夫なのにぃ…」
柚子ちゃんはとても遠慮してるように見えた。
「本当に行くの?」
「俺が柚子ちゃんにしてあげたいんだ。だからいいんだよ。」
「そう…なんだ…」
やっぱり、今まで我慢してたのだろうか。露骨に何か買ってあげることに嫌がっていた。
今は気にしなくていいのに。
と思ったけど金銭面はまずいかもしれないと思った。でもここは男気で乗り切る。
とにかく気にしてないフリをして柚子ちゃんの作ってくれた野菜炒めを食べた。
「これ美味い!」
「ほんと?よかった!」
手料理というのが久々すぎて一口食べた瞬間言葉に出てしまった。でも物足りなさもあった。
「やっぱり、具材はいっぱいないと物足りないね。この味噌汁も。豆腐とわかめだけって…」
物足りなさはあるが、久々の手料理に笑みが溢れていた。柚子ちゃんもニコニコしながら俺の方を見ている。
朝食を食べ終わり、会社へ向かう準備をした。
「じゃあ、行ってくるね。」
「はい!行ってらっしゃい!頑張ってね!」
柚子ちゃんが玄関先まで来てくれて見送ってくれた。
「今日はとりあえず家から出ないようにね。インターホンなっても出なくていいから。」
「うん!分かりました!」
「じゃあ。」
手を振ると柚子ちゃんも笑顔で手を振り返してくれた。
いつも通り駐車場に向かう途中で、管理人さんが掃除していた。
昨日のお礼もしたかったのでちょうどよかった。
「あ、管理人さんおはようございます。」
「菊月さん、おはようございます。」
「昨日はありがとうございました。」
「ごめんなさいね、勝手に家に上げちゃって。」
「いえ、大丈夫ですよ。あのまま外にいるよりかはよっぽどよかったです。」
「そう?それならよかったわ。それにしても可愛い子よね。」
「そ、そうですね…」
「それにすごく優しいし、いい子なんでしょうね。」
「いい子ですよ。」
「何かあったか分からないけれど、菊月さんと一緒なら大丈夫よね。」
「僕はあまりしてあげれることないですけれど、何か力になれるように頑張ります。」
「菊月さんならきっと大丈夫よ。」
「ありがとうございます。」
多分、管理人さんが聞いて思ってることと俺の思ってることは違っているだろうけれど、なぜかうまく話が噛み合った。
それではと言って会社に向かった。
仕事が始まっていつも通りキツイ仕事をこなしながらも、柚子ちゃんは何がいるんだろうかと考えながら仕事をしていた。
ガンッ!
「痛っ!」
「おい!菊月!何やってるんだ!」
考えながらやってたら柱とかに激突したりしたけれど。
そして、業務を終えて銀行に向かい、今通帳を確認しているところだ。
「今これだけじゃ足りなさそうだから、貯金切り崩すしかないかな…」
あんまり貯金には手をつけたくなかったが、今回ばかりは仕方ないだろう。
「父さんに返すのも時間かかりそうだな…」
俺の中でお金を返す計画は一応立てていたが、今は無理そうだった。時間かけてでも返そうとは思うけれど。
でも今は、楽しそうに笑う柚子ちゃんの顔を思い出して今は柚子ちゃんのために精一杯やろうと思った。
父さんも誰かのためなら許してくれるだろう。
「頑張ろうと。」
柚子ちゃんのことも、借金のこともとにかく頑張ろうと思った。
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