第18話 見栄を張らせて

「もういいかな、柚子ちゃん?」

「嫌です。」


今は顔を見せたくなかった。こんな涙でぐちゃぐちゃの顔なんて。

少し弱めの力で引き剥がそうとする蓮お兄さんに対抗してギュッと力を込めて抵抗した。


「うーん、どうしようかな…」

「あっ、ごめんなさい!」


なんか困っているように聞こえちゃったから咄嗟に手を離しちゃった。だって困らせたくないもん。


「あっ、やっと離してくれた。」


すると、私の顔を見て蓮お兄さんはふっと私に聞こえないように口元を隠してなんか笑っているように見えた。


「どうしたの?」

「いや、なんでも…ない…」


顔を合わせてくれない。どうしたんだろう?


「なんですか?言ってください!」


モヤモヤしたから強く聞いてみた。


「えっと、言っていいか分かんないだけど…」


蓮お兄さんは確かに笑っていた。


「柚子ちゃんって泣いた後って目と顔が真っ赤になるんだね。」

「あっ!!」


そう私は泣いた後目とか鼻とかほっぺとかが真っ赤になってしまうのだ。


「そんな顔真っ赤になる人初めて見たから…」


もう笑うのを堪えているのが分かった。


「み、見ないで!!」

「って、言われてもなぁ…」


蓮お兄さんはニヤニヤしながら私の顔を見つめてくる。


「もう…恥ずかしい…」


恥ずかしさで死にそう…


「あぁ、もうっ!もうっ!」


ポカポカ蓮お兄さんを殴ったけど蓮お兄さんには効いてないみたいだった。


「ちょっとあっち向いてて!」

「分かったよ。」


まだ蓮お兄さんは笑ってた。

素早く涙を拭いた。もう多分顔は赤くない…はず…

少し落ち着いて、私はあのお金のことについて聞いてみた。


「ねぇ、蓮お兄さん。」

「何?」

「あのお金どうしたの?」

「あっ、あれ…?べ、別にな、なんでもないよ…」


明らかにおかしい反応をしていた。


「もしかして、私のために無理してくれたの?」

「そうと言われればそうかもしれないし、そうじゃないかもしれない…」

「どっちなの?」


本当は聞いちゃいけなかったかな?なんか隠したそうだった。


「本当のところはかなり無理したって言えばいいのかな?柚子ちゃんを助けたかった。方法は聞かないでね。これだけは見栄張らせてよ。」


と、蓮お兄さんは笑った。


「ありが…とうご…ざいます…ありがとう…」


また涙が溢れてきた。


「また涙が出てきちゃったよ?また顔赤くなっちゃうよ?」

「分かってますぅ…からかわないでください…」


すぐ顔を隠した。私の最大の照れ隠し。

からかってるように聞こえなかったけど、今はこれしか言えなかった。


「もう泣かないで。あ、また水ようかん買ってきたから食べてよ。」


泣いてる私にあの美味しい水ようかんを蓮お兄さんは渡してくれた。


「本当にありがとうございます…」


食べたら落ち着いた。すごく美味しかった。また食べたいなって思った。

でもあの150万円は簡単に用意できるわけない。私はどうやって蓮お兄さんに恩返ししたら…


「蓮お兄さん私、どうしたら…」

「いいよ。気にしないで。あっ、でも…」


蓮お兄さんは言葉を濁した。やっぱり、あの150万円は…


「明日からもしかしたらお見舞いに来れないかもしれない…」


やっぱり、やっぱり私のために無理してたんだ。


「そんなことしなくてよかったのに…!なんで私のためなんか!」


すると蓮お兄さんはしっーと人差し指を立てて口の前に置いた。


「あんまり大声を出しちゃいけないよ。ここは病院だから。」


蓮お兄さんは笑顔で言った。


「それにさっき言ったでしょ?ここは見栄張らせてよって。」


その時の蓮お兄さんがすごくかっこよかった。

そして何も言えなかった。

この時なんて言えばよかったんだろう?


「じゃあ俺行くよ。明日から多分ハードスケジュールになりそうだから。」

「まだ来たばかり…」


なんとかお礼を言いたかったけど何をしたらいいか分からなくて蓮お兄さんの裾を掴むしかなかった。


「行かないで…蓮お兄さん…わたし…どうしたらいいか分かんない…」

「さっきも言ったでしょ?柚子ちゃんは気にしなくていいって。」

「でも…でも…」


離したくなかった。この手を離してしまったらまた蓮お兄さんが遠くなってしまう気がしたから…

でも蓮お兄さんは私の手にそっと添えて


「大丈夫、また来るから。それまで少し時間かかるかもしれないけど待っててよ。」


と言って私の手を離した。


「じゃあね。」


蓮お兄さんは部屋を出て行った。


「待って!!」


体は動かせない。手だけしか動かせなかった。でも蓮お兄さんには全然届かなかった。


「うぅ…うぅ…蓮お兄さん…」


また会えるっていつなの?もう会えないんじゃないの…そう思うと涙が止まらなかった。

胸の奥がどんどん痛くなってきた。


「行かないで…蓮お兄さん…また私を…」


1人にしないでと言いたかった。でもだんだん胸の奥の痛みがひどくなっていって、


「えっ…なんで…どんどん…痛く…」


意識も朦朧としてきた。これはもう…ダメなのかな…苦しいながらもなんとかナースコールは押せた。


「はい、楠木さん?どうしましたか?」

「うっ…む…ね…が…」


もう声も出なかった。ナースコールからは慌てて


「楠木さん!大丈夫ですか!今すぐ行きます!……オペの準備を!楠木さんが…!」


まで聞こえた。そこからはもう何も覚えてない…





「ちょっとカッコつけすぎたかもしれない…」


病室には一度も振り返らず病院を出た。

何が見栄を張らせてだと心の中で何回もツッコんだ。


「また悲しい顔させちゃったけど、でもよかった。」


あんな顔はさせないって誓ったけど、今回ばかりはどうしようもなかった。

でも俺はやるべきことはやったと思う。


「よし、明日から頑張ってまた柚子ちゃんに会いに来るぞ!」


と決心したが、まさかこれからあんなことになるなんて…



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