第16話 父の教え

「もしもし、母さん?」


借りれそうな相手は全員撃沈で最終手段を使うしかなかった。

その最終手段は…親しかいなかった。


「もしもし、どうしたの蓮?」

「久しぶり母さん、ちょっと相談があるんだけど…」


母さんと喋るのはいつぶりだろうか。こっちへ就職して家を離れて以来かもしれない。


「久しぶり。どうしたの?」

「それなんだけどさ。ちょっとお金に困っててすぐに返さないといけなくてさ。」

「えっ、いくらなの?」

「150万…」

「はぁ!?」


鼓膜が破れそうな勢いの声だった。


「150万なんてあるわけないでしょ!」

「そうだよね…」

「あんた、何バカしたらそんなお金…ってお父さんまだ私話して…」


すると母さんの声がだんだん遠くなっていき違う人物が話し始めた。


「もしもし、蓮か。」

「あっ、うん、父さん…」


父さんだった。仕事だと思っていたからまさかいるとは思わなかった。


「金に困ってるんだって?」

「うん…そうなんだけど…」


妙に落ち着いた声で話してくる父さんに少し恐怖を感じていた。

いつもはこんな感じに喋る人ではないんだけれど


「いくらいるんだ?」

「150万だけど…」


さすがに父さんも無理だと言うだろうと思った。


「それは自分自身のためか?それとも誰かのためか?」


予想より違う答えが来て俺は無言になってしまった。


「どうした?蓮。」

「あっいや、すっかり断られると思ったんだけど予想してなかった答えが来たから言葉が出なかった。」

「自分自身のためなら出さん。誰かのために動くなら話は別だ。そこのところどうなんだ?」


昔から俺の父さんは同じことを言っている。


“誰かのために自分が動ける人間になれ。誰かが困っていたら助けられる人間になれ“


これは俺がまだ幼い時からずっと言われてきた。


“誰かのために何かできたなら同じことじゃないけど必ず自分に感謝として返ってくるから”


確かにその通りだと思うし、人に感謝されるのは悪くないと思ってる。

だからあの時、柚子ちゃんがトラックに轢かれた時咄嗟に動けたんだと思う。

今も父さんが言うこの言葉は大切にしている。



俺の父さんは職業柄転勤が多い仕事をしていた。

1年中忙しく、家族団欒の時にいないことがほとんどだった。

でも、俺はそのことについては全く嫌気などは差していなかった。むしろ、俺の父さんは誇れる父親だと思っている。

たまたま仕事から帰ってきた時はうんと遊んでもらった。

遊んでもらう時はあのセリフをいつも俺に言い聞かせるように言った。


「蓮。誰かのために困っていたら助けるんだぞ。」

「なんで?」


あの時はまだ意味を理解していなかった。


「それはな、ほら見てろ。」


この時は公園に父親と遊びに行っていた。公園近くには横断歩道があって、おばあさんがスーパーから買い物した帰りだろうか、重い荷物を持って横断歩道を渡っていた。


「おばあちゃん、荷物持ちますよ。」


父さんは見かけるとすぐ飛び出していきおばあさんが持っていた荷物を持って一緒に横断歩道を渡った。


「ありがとうねぇ。これお礼に。」


するとおばあさんは荷物の中から1つみかんを取り出し、父さんに渡した。


「あはは、いいんですか?貰っちゃって。」

「いいのよ。すごく助かったから。」


とおばあさんは笑顔でそう言った。

おばあさんを見送ったあと父さんは俺の方へ戻ってきた。


「分かったか?蓮。助けられると相手も嬉しいし、どんなに些細なことでも自分も得した気分になるだろ?ほらみかんもらえたし。」


父さんは貰ったみかんを半分に割って俺にくれた。


「人って1人じゃできないことだってあるんだ。そういう時に俺がやる!ってできるやつが1番かっこいいんだ。ほら、戦隊ヒーローみたいだろ?」

「うん!」


まだあの時は多分意味を理解してはなかったと思うが、当時の俺は戦隊ヒーローはカッコいいって思ってたから自然と父さんがかっこよく見えたんだ。

それから俺は困っている人を見かけたら助けたいという気持ちになっていた。



「父さん、理由は言えないんだけど助けたい人がいるんだ。そのためにお金が必要なんだ。」


柚子ちゃんを助けたい。その一心だけだった。

しばらく無言が続いた。

すると父さんから


「分かった。お前の口座番号教えなさい。」

「ちょっと!お父さん!」


奥の方から母さんの声が聞こえてきたが、父さんから変わることはなかった。


「ありがとう!父さん!」


俺は嬉しさを滲ませた。


「そんな本気な蓮ははじめて見たからな。それに…」

「それに?」


少し言葉に硬さが取れたように聞こえた。


「俺が昔言ったことを今でも覚えててくれて嬉しかった。お前が子供の頃は何もしてあげられなかったのになぁ…」

「そんなことないよ!俺は父さんの背中を見て育ったんだよ。」


いつもの父さんらしくないことを言われた。


「そんなことより、今の時代って便利だよなぁ、携帯ひとつで振り込みまでできる。」

「えっ!?もう振り込んだの?」

「おう、振り込んだぞ。」

「早え…」


対応の速さに感嘆としてしまった。


「すぐいるんだろ?」

「あ、うん。ありがとう。」

「返さなくていいから。」

「いや、それはさすがにダメだよ!」

「いいからいいから気にすんな。」


いつもの父さんといえばこんな感じだった。小さいことは気にしないって感じの人だ。

150万円って小さいことなのか?とは疑問に思ったが…


「じゃあな蓮。元気でな。」

「うん、父さんも。」


と言って電話を切ろうとした時


「大きくなったな蓮。」


と小声ながらはっきりと聞こえた。


「父さん…」


通話終了の画面が携帯に表示されていた。

最後の父さんの言葉に少しウルっときてしまった。


「父さん、ありがとう…」


とにかく明日までが返済期限なのでとりあえず間に合ってよかったと安堵した。

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