第11話 あのときは何も考えずに

「よし、準備はいいかな。」


今日は土曜日。いつも通りだらだら家でゲームやら漫画読んでぐうたら過ごす…ではなく、今日は柚子ちゃんと病院の外を散歩する約束をしている。


「面会は14時からだったけか…」


今は午後12時30分を指している。

そろそろ行くかと準備を済まして


「じゃあ、行ってきますよと」


誰もいない家にそう告げて病院に向かった。




(はぁ…また緊張するなぁ…)


蓮お兄さんが今日もまたここに来てくれると思っていたら昨日は一睡も出来なかった。

朝から心臓の音がうるさいし、今は誰とも顔を合わせたくなかったから、ずっと布団に潜っている。


「できれば来ない方が…でも、来てくれると嬉しい…」


布団の中では小言でそんなことを言いながらニヤニヤしてる私がいた。


「こんなことしてる場合じゃない!」


ばっと布団から起き上がり横にあった、手鏡を取って髪を整える。前髪は特に。

服は…ないんだった…


「とにかく!とにかく顔だけは綺麗にしておかなきゃ…!」


何回も何回も髪を整え直してた。




病院に着いた。


「今日は休日だから平日より混んでるなぁ。」


なかなか駐車出来なかったが、奥の奥の方で空いていた駐車場があったのでそこに止めた。


「柚子ちゃんの部屋に行く前に、車椅子取り行かないとな…」


病院の中に入って車椅子のある場所が分からなかったから、周りをウロウロしていると


「お客様、お困りでしょうか?」

「あっ、あの、車椅子ってどこにあるんでしょうか?」


10分くらい周りをウロウロしてたら看護師さんが教えてくれた。


「車椅子ですね、こちらです。」


案内されると案外見つけやすい場所に車椅子はあった。


「車椅子はこちらです。この売店の横に常時置いてあるのでご自由にお使いください。」

「ありがとうございます…」


かなり探して見つけれなかった俺が恥ずかしい。

そのまま柚子ちゃんのいる病室へ向かった。



-コンコン


「柚子ちゃん、入るね。」


病室をノックしてそう言って入ろうとした。


「あっ!蓮お兄さん、ちょっと待って…」


と言われたがもう入ってしまったので引き返すことは出来なかった。


「あっ、ごめん…」


と反射的に言って、柚子ちゃんを見てしまったが柚子ちゃんは手を後ろに何か隠しているようなだけで他に見てはいけないものは無さそうだった。


「あわわっ!蓮お兄さん、こ、こんにちは…」

「あ、うん、こんにちは…」


柚子ちゃんは俺を下目遣いで俺を見ていて、すごい焦っている表情だった。


「1回俺外に出た方がいいかな?」

「は、はい…ごめんなさい…」

「謝るのは俺の方だよ、ごめんね。」


と言って早足で外に出た。

しばらく外で待機していると


「蓮お兄さんいいですよ…」


と、小さい声で呼ばれた。

ゆっくり引き戸を開けて入っていった。


「ごめんね、さっきは…」

「大丈夫ですよ。私こそごめんなさい。」


すると今日はじっと俺の顔を見てくる柚子ちゃん。


「ど、どうしたの?柚子ちゃん?」

「あっ、えっと…その…」


と言って前髪をいじりだす柚子ちゃん。


「うーんと、ごめん…分からないや。」


髪をポリポリかいて答えてしまった。

柚子ちゃんははっ!と口を半開きにして手を当てて


「き、気づかないですか…?」

「う、うん…」

「も、もういいです!」


と言って今にも泣きそうな顔でふいっと首を横に振ってしまった。


「あぁ…!ごめん!本当にごめん!」

「…ふんだ…」


このままだと柚子ちゃんの機嫌を損ねただけで今日1日終わってしまうと思った。

気づかないととじっと柚子ちゃんを見ていたらようやく分かった。


「あっ!今日髪型違うね!似合ってるよ!」


苦し紛れに見つけた変化点。合ってればいいんだけど…


「ほ、本当ですか…?」


柚子ちゃんから湯気が上がったようなそんな気がした。


「う、うん…!似合ってるよ本当に!」


もう、褒めることしか頭になかった。


「そ、そうですか…よかった…えへへ…」


何か言ったように聞こえたので


「ん?何か言った?」

「ふぇ!?なんでもないです!」


顔を見せないように手を高速に柚子ちゃんは振った。


「そ、そう…?あっ、ほら!車椅子持ってきたよ!」

「あっ、ありがとうございます…私が看護師さんに頼んでもよかったのに…」

「ここにくる途中にあったし、全然いいよ!」


本当は看護師さんに教えてもらって、10分も迷ったなんて言えない。


「じゃあ早速行こうか。」

「あっ、はい。あ、あの…」


また柚子ちゃんはもじもじと言い出した。


「私まだ、体痛くて…えと…その…車椅子に乗せてくれませんか?」


もうオーバーヒート寸前な真っ赤な顔でそう言った。


「お、俺が体触っても大丈夫なの?」

「だ、だだだ大丈夫なので!おお、お願いします…!」


女の子の体触れたなんてあの事故の時以外触ったことないんだけど!?と思いながらも柚子ちゃんはもう倒れてしまいそうな状態だったので


(これは同意の上…これは同意の上…)


そう言い聞かせながら変な考えをしないように柚子ちゃんを抱っこをした。


「よし、これでいいかな?」


特に雑念は抱かなかった?

無事移動が済んだ。


「蓮お兄さん…」


と呼ばれたので


「どうしたの?」


と返事した。


「あの時もこうやって私を持ち上げて助けてくれたんですか?」


あの時は助けなきゃいけないという気持ちでいっぱいで柚子ちゃんを抱き上げたのはとうに忘れていた。


「あの時は柚子ちゃんを助けるのに必死で、勝手に体が動いていたんだよ。だからあの日は疲れたとしか覚えてないな。ははは。」

「そうなんですね。本当にありがとうございます…」


特に体触られたことに何かあった訳ではなかった。

逆に嬉しそうな顔をしていた。


「どこらへんがまだ痛い?」


なぜか気になったので聞いてみた。


「うーん、特に痛いのは右半身ですけど、全身痛いですよ。」


と笑いながら柚子ちゃんは答えた。


「そっか、早く治るといいね。」


柚子ちゃんから応答がなかったので、


「どうしたの?」


と聞くと


「蓮お兄さんと会えればすぐ治るかな…」


と照れた顔で言った。

それは告白!?と思ったがまさかな、俺の単なる妄想だろうと思った。


「仕事で忙しい日は行けないかもしれないけど、ここに行ける日は来るから。」

「うん、私ずっと待ってます!」

「よし、今度こそ行こうか。」

「はい。」


俺はゆっくり柚子ちゃんの乗った車椅子を押しながら外へ出た。

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