第10話 話すのって難しい

「あっ、今日お見舞いのもの買ってくるの忘れた…」


病院の駐車場に着いたところでふと気付いた。


「急いでたし、今日は謝ってまた次持ってこよう…」


慌ててたのを後悔しつつも、しょうがないと割り切った柚子ちゃんのいる病室へ向かった。


柚子ちゃんの病室の前に着いた。

が、また緊張してきた。


「……」


どう入っていいか分からなくて、部屋の前で立ち尽くしていると、


「どうしたんですか?入らないんですか?」


と通りすがりの看護師に聞かれた。


「あ、いや、その…なんて入っていいか分からなくて、ははは…」

「緊張しているんですね。そんなに緊張しなくても大丈夫だと思いますよ?私も楠木さんの部屋に少し用があったので一緒に入りましょうか。」

「あ、お願いします…」


1人でできないことに情けないと思いながら看護師の言葉に甘えた。


「楠木さん、失礼します。」

「はい。」


看護師の問いかけに柚子ちゃんの声で応答する。

なんの躊躇なく部屋に入る看護師の後ろに着いていく形で俺も病室に入った。


「楠木さん、この紙に質問書いてあるから書き込んでくれるかな?書いたらそのまま置いておいてね。また取りに来るから。あと、楠木さんにお客さんよ。」

「どうも。」


そんな挨拶しか出来なかった。流暢に話せる人が羨ましい。


「じゃあ私はまた来るから。」

「あっはい。」


と言い残して看護師は退出していった。


「こんにちは。」

「こんにちは。」


と挨拶を交わしてから無言の時間が続いた。


(やっべぇ…なんて話すればいいんだ…?)


困りすぎて柚子ちゃんの顔を見ることしかできなかったが、柚子ちゃんはなかなか顔をこちらに合わせてくれない。


(どうしよう!どうしよう!本当に来ちゃった!急に来るからちゃんと目見て話しかけられない…!)


なかなか顔を合わせてくれないので


「ゆ、柚子ちゃんどこか調子悪いの?」


と聞いてみた。


「えっ!?あ、いえ、大丈夫です…」

「そう…ならいいんだけど…なんで顔合わせてくれないのかな?」

「ふぇっ!?あ、あ、ごめんなさい…」


と言って布団を口元に隠していった。


「今日って俺以外誰か来た?」

「えっ…蓮お兄さん以外来てません…」


柚子ちゃんの表情が曇ってきて次第に少し悲しそうな表情になっていた。


(あっ!これはまずかったか…)


「あぁ!ごめんね!今のは忘れて!」

「はい…大丈夫です…」


一瞬で空気を悪くしてしまったことにすごく後悔してる。


「あっ、そういえば、今日お見舞い買ってくるの忘れちゃって…ごめんね…」


苦し紛れに空気を良くしようと思ったが、こんなことしか思いつかなかった。


「あっ!いえ大丈夫です!お気になさらず。」

「ごめんね…本当は昨日と同じ水ようかん買っていこうかなって思ったんだけど…」


両手を振って大丈夫と言ってくれる柚子ちゃんに謝ることしか出来なかった。


「蓮お兄さん。私昨日蓮お兄さんが買ってくれた水ようかん食べましたよ!」

「どうだった?俺、あんまりこういうの知らないからさ。同僚の女子に教えてもらったんだよ。」

「すごく美味しかったです!たまにお母さんが…」


と言いかけた途端急に黙ってしまった。


「ん?どうしたの?」

「おかあ…さんがたまに買ってくれてそれを家族で

…食べるのが…すごいたの…しみだったんです…」


と言って柚子ちゃんは大粒の涙を流した。


「大丈夫!?」

「あ、ごめんなさい…ちょっとお母さんのことを…思い出して…」


やっぱり、昨日木塚さんが言ってた通り柚子ちゃんの両親は…と考えていたら


「ごめんなさい。突然泣き出してしまって。もう大丈夫です。昨日の水ようかん美味しかったです。ありがとうございました。」

「あ、あぁ、それならよかったよ。」



まだ拭いきれていない涙を残してにっこり微笑んでいた。

そこからは他愛ない話が続いた。


「昨日はあんまり話せなくてごめんね。なかなか話す話題浮かばなくってさ。」

「大丈夫ですよ。私もなんて話していいか分からないところあったので…あと私人とあまりお話してこなかったので…」

「そっか、俺も人と喋るのは苦手でさ。あと、父親の影響でころころ学校も変わってたからなかなか仲良くなるってことも少なかったんだよね。それも女の子なんかもっと話したことなかったんだよ。」

「私も男の子とお話するのは本当になかったかな…?」

「そうなのか…なんか似てるなぁ…」

「そうですね。」


お互いの共通点を見つけてそれに2人で笑うそんな会話をしていた。そこでふとあのことを俺は聞いてみた。


「これは俺の勘違いなのかもしれないんだけど…」

「はい?」

「俺って昔柚子ちゃんと会ってた?」


そう、柚子ちゃんに直接聞きたいと思ってたこと昔会っていたのかどうなのか。

正直俺はなかなか思い出すことが出来なかった。


「私と蓮お兄さんがですか?」

「うん、なんか昔どこかで会ってた気がしたんだけど…気のせいだったらごめん。」


(そっか、蓮お兄さんあの時のこと覚えてないんだ。)


柚子ちゃんはこう答えた。


「どうでしょう?人違いじゃないですか?」


と知らないような顔ででも少し寂しげな顔でそう答えた。


「そ、そっか…やっぱり俺の勘違いだったか…ありがとう。」


少しモヤモヤが晴れた。柚子ちゃんは少し落ち込んでいるように見えたけど。

またしばらく沈黙の時間が続いたが、柚子ちゃんが


「あっ!そういえば、今日?明日から車椅子使って外出てもいいよって看護師さんに言われたんです!」

「そうなんだ。もう体とか大丈夫なの?」

「はい。まだ痛むところは痛みますけどもう元気です。」

「じゃあ、今から車椅子借りてってあーでも、もうこんな時間か…」


もう冬だと18時を回ると外は真っ暗になってしまう。外に連れていきたいなと思ったけれど今日は無理そうだ。


「そうですね…もう暗いですし…」


残念そうな顔を見てそういえば明日は休みじゃないかと思い思いっきて言ってみた。


「明日俺休みだし、早めに来て車椅子借りて外に散歩でも行かない?」


なぜか、女性をデートに誘っているみたいで恥ずかしくなってきた。

柚子ちゃんは聞いた瞬間すごく驚いた顔をして


「あっ、はい…明日も来てくれるんですか?」

「う、うん明日は外に散歩に行こうか。」


柚子ちゃんは顔半分まで布団を被って恥ずかしそうにそう言った。


「じゃ、じゃあまた明日来るから。今日はこの辺で帰るね。」

「はい…今日も来てくれてありがとうございました…」


まだ恥ずかしいのか俯いて柚子ちゃんはそう言った。

俺もまた恥ずかしいので足早に病室を出た。


-ガタン

俺は病室のドアを閉めた。


「何意識してるんだ俺…」


恥ずかしさから死にたいと生まれて初めて思った。




「んん〜!!!」


(これってデートなのかな!?デートなのかな!?まさか蓮お兄さんが誘ってくれるなんて!!)


私は布団の中でじたばたしていた。

さらに顔も熱くなってくる。


「もうダメだぁ…緊張しちゃうし、照れちゃうし、恥ずかしい…」


嬉しさと恥ずかしさでよく分からない感情になっていた。


「でも、蓮お兄さんあの時のこと覚えてないのかな…?)


あの瞬間少し寂しくなった。それのせいか、知らないとまで言ってしまった。


「はぁあ、ちゃんと言っておけばよかったかな…」


少しだけ後悔した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る