第4話 ケストルコート

 ようやく訪れた街にはそれほど活気が無かった。

 話に聞いていたのと全く違っていて戸惑うばかりだ。


 とはいえ、この話は父から教えてもらったもので。

 その父も俺を育て始めて約一五年来、外には出ていないからな。

 その間に様変わりしていても不思議ではないだろう。


 もっとも、こんな悪い景観に様変わりされたのは残念だけど。


 とはいえ仕方ないので気を取り直し、向かうべき場所へと赴く。

 各国・各都市に存在すると言われる旅人御用達の店へ。


 それがここ、日雇い業務斡旋所【ケストルコート】だ。


 昔にはギルドと呼ばれていた事もあったらしい。

 しかし世界が安定して探索され尽くした今、脅威が著しく減って。

 その所為で利用していた冒険者と呼ばれる者達も減ったのだとか。


 それで業務転換し、名前もこう変えたのだそうな。


 今ではもっぱら、日雇い仕事を求めた者達の交流所サロンに。

 それも昔ほどの活気さは無く、軽い小話がある程度の場所で。

 お陰で「ママの所に帰りな」なんて言われる事も無いのだそう。


「いらっしゃいませーっ! 【ケストルコート】へようこそー!」


 なので来客を迎えてくれるのは受付嬢のこんな明るい声だけだ。

 ただし上げた当人は俺を見た途端に笑窪を引きつらせていたが。


「金を稼げる仕事を探している」


「お金が稼げないお仕事はありません、ですー!」


 営業スマイル、大変だな。

 でも感情が言葉から駄々洩れだぞ。修行が足りん。


 しかしそれでも受付嬢はめげない。

 机の上に何やら一枚の紙を取り出し、ペンと共に差し出してくれた。


 「ドズンッ」と半ば叩き付ける様にして。


「ご利用は初めてでしょうか? でしたらまずは会員登録して頂く事になります、ですー!」


 なんだ、「ですー」調を押し通すつもりなのか。

 割と無理矢理感あるけど本当に大丈夫? 墓穴掘ったりしない?


 ――まぁいい。

 ひとまず紙に氏名と身元を記載して登録完了だ。


 後は管理番号付きのカードを渡され、晴れて会員に。

 登録情報は数日後、世界に行き届くらしいとのこと。

 いちいち書き回る必要が無いのは助かるな。


「ではざっ――貴方様が選べるお仕事はこれ、ですー!」


 それでいざ業務リストを見せて貰えば。

 ……ロクな仕事が無い。


 水路清掃から始まって、下水調査や正門掃除。

 バザール屋台調査に街灯点検、雑草毟りに猫探し。

 どれも賃金が安いし、どう見ても真っ当な仕事とは思えない。


 ま、それもそうか。一般人は固定職に就くと言うしな。

 だとすればこんな誰もやらなさそうな仕事が残るのは当然で。

 なら街がこんなに汚れるのもまた必然だったという訳だ。


 しかし俺は騙せんぞ受付嬢よ。

 これはどう見ても私怨が入っているだろう。


 なんたってもう気付いてるのだから。

 すぐ横の壁に貼られた依頼用紙の存在にな。


「では聞くが、壁に貼られた依頼は何なんだ?」


「それは雑種様には受けられないお仕事、ですー!」


 どうやらもう隠す事も諦めたらしい。結構な面倒臭がりだった。

 途端に愛想笑いプリティスマイルが邪悪な微笑みに見えてきたな。


 だがこの国には「種族に拘らず差別禁止」という基本法があったはず。

 個人的にならともかく、公共の場で冷遇はNG行為だと言えよう。

 なので権利を行使し、用紙へ指を当てて押し通す。


「ここに盗賊の討伐とあるよな。で、俺はここまでの道中でそれらしき奴等を倒した」


「えッ!?」


「奴等がこの盗賊とは限らないが、一応確認だけはして欲しい。これが証拠の品々だ。倒した数は一二、うち一人はこの鉄鎧を纏っていた。今も死体が南東街道に転がっているハズだ」


 更には野盗の遺物を降ろした鞄から取り出し、ドンドンドンと机に積んで。

 そうして一つ積まれる度に受付嬢の顔が驚愕へと染まっていく。


 なかなか表情豊かで楽しいな、この


「もしこの中に盗品登録されている物があるなら返してやってくれ。他は要らん、買い取るなり捨てるなり好きにしてくれ」


「は、はひ、です……」


 とはいえ仕事はキチンとするらしい。

 驚きつつも遺物を受け取り、急いで書類まで書き殴っていて。

 さすがに重大案件だという事に気付いたのだろう。


 なら遺物の管理も任せて平気そうだ。

 雑種呼ばわりされるのももう馴れているから苦じゃないしな。


 それに、俺にはこの遺物の価値がわからない。

 なら公式な場所にこうやって収めるのが筋というものだ。

 後は行政に判断を任せて、得られる物だけ得られればいいさ。


 わからないままに売り払ってしまえば、それこそ盗賊の所業なのだから。




 そんな訳で、それから約二時間後。

 早速と、俺の手元にそれなりの金額の報酬が届けられる事となった。


 どうやらあの受付嬢、口の割には仕事が出来る方だった様だ。

 顔だけかと思っていたが意外と侮れない。

 しかしこれならまた利用する価値もあるだろう。


 なにせ得意の顔芸がとても楽しかったからな。

 少なくとも、こんな寂れて汚れた街の景観よりはずっとね。

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