第65話 まだ来ない
「リリアーナ、魔力測定をしようか」
上着の内ポケットから王宮魔術師団の魔力測定器を取り出しながらウィンチェスタ侯爵が微笑んだ。
魔術師団長に魔力測定器を手渡し、測ってみるように促す。
「お前はどうしていつもそうなんだ!」
改造された魔力測定器。
おそらく通常の半分しか出ないように細工されている。
7段階までしか測定できない魔力が倍の14段階だ。
「7以上は出んだろう」
魔術師団長が溜息をつくと、ウィンチェスタ侯爵は緑の眼を細めて笑った。
「なぜこの国は7段階なのだろうね?」
この国では7段階までだが、実は隣国は8段階だった。
隣国の友人、スライゴ侯爵の先祖は8だったとノートに記述があったのだ。
そして隣国の魔力測定器の設計図はやはり8段階だった。
ウィンチェスタ侯爵は魔力測定器を返してもらうと、自身の魔力を測定する。
「ほら、8まで出るだろう?」
得意げに風8の表示を見せた。
ノアールに手渡し測定させると、同じように風8が表示された。
「数人で試したが、どうやら一族しか8は出ないようでね。どんなに優れていても7までだったよ」
ウィンチェスタ家は風の一族だからね。と笑うが、サラリと機密情報をぶち込んでくるあたり、さすが油断できない男。
「新しい魔術回路のために測ってくれますか?」
ノアールはリリアーナが魔力測定器に良い思い出がない事を知っている。
イヤですよね? と遠慮がちに差し出した。
リリアーナは別邸についてから前の小さい指輪は外している。
すぐに測定は可能だ。
リリアーナは一瞬ためらったがノアールの心配そうな顔を見ながらゆっくり両手を伸ばした。
神託の後、国王陛下達の前で測った時は水7、火7、風7、土6、光7、闇3だった。
あの時は7までしか出ない測定器。
「10?」
結果は水7、火7、風7、土6、光10、闇3。
光以外は変わっていないので当時から10だったのかもしれないが、最近エドワードの剣を直したり、トリの事があったり、白の魔方陣が発動しているので魔力が伸びたのかもしれない。
「一族で8、……10か……」
魔術師団長が腕を組み、上を見上げてしまった。
「ふむ。魔力の上限はいくつだろうね」
8までだと思っていたのに。とウィンチェスタ侯爵は新しい問題を見つけて嬉しそうに微笑んだ。
困った顔をするリリアーナから魔力測定器を離すと、ノアールはまたリリアーナのケガをした右手を優しく握った。
魔術師団長とノアールはまだ仕事があるため王宮に戻らなくてはならない。
今日は魔術師団長に同行という形で特別に外出してきたそうだ。
「お忙しい中、お時間を頂いて申し訳ありませんでした」
リリアーナが13歳らしくない挨拶をすると、魔術師団長はノアールの方を向いた。
「リリアーナの方が大人だな」
ノアールは困ったように笑う。
婚約解消されるかもしれないと本気で思ったのだ。
余裕なんてあるはずがない。
「また月末に」
ノアールが微笑むと、リリアーナも微笑み返した。
魔術師団長とノアールが乗った馬車が別邸の内側の門を抜けると、庭師が門の扉を閉めた。
「おとうさまは一緒に戻らなくてよかったのですか?」
リリアーナが尋ねると、ウィンチェスタ侯爵は
「今日の仕事は全部終わっているからね」
と笑った。
リビングへ戻ると、侍女のミナが今度は暖かい紅茶を準備してくれた。
外は少し肌寒かったので嬉しい。
紅茶を入れ終わるとミナは部屋からそっと出ていく。
「さて、リリアーナ。聞きたいことがあるのだろう?」
ウィンチェスタ侯爵の言葉にリリアーナは困った顔で微笑んだ。
どうしていつもわかってしまうのだろう。
「トリは生き返ったのか気絶だったのか……かな?」
告げられた言葉に、リリアーナは頷いた。
「あのトリがどうなったか知っているかい?」
リリアーナは首を振った。
「20mほど逃げて倒れたそうだ。今度はしっかり死んでいる事を確認したそうだよ」
あの時、自分のことが精一杯でトリがどうなったか考えた事がなかった。
追いかけてくれた人がいた事も知らなかった。
でも、ますますどちらかわからない。
「どちらかわからないね」
心を読んだかのようなタイミングで告げられたウィンチェスタ侯爵の言葉にリリアーナは驚いて顔を上げた。
「……そんな悲しそうな顔をするものではないよ」
ウィンチェスタ侯爵は立ち上がりリリアーナの隣に座った。
気絶だったとしたら、最後の力で逃げたが力尽きたのかもしれない。
生き返ったのだとしたら、なぜ20mで倒れたのか。
だがどちらであろうとリリアーナが聞きたい事はこれではないのだ。
「20mしか生き返れないのなら、まだ来ないよ」
ウィンチェスタ侯爵はリリアーナの頭を優しく撫でた。
フォード侯爵はいつ来るのか。
学園に入るときにリリアーナは怯えていた。
せっかく忘れかけていたのに夢で足を掴まれて恐怖を思い出してしまった。
『もしリリアーナの身体を乗っ取るのなら、もっと大きくなってからだろう。もし違う事が目的ならリリアーナが何かの魔術を使えるようになった時ではないだろうか』
以前リリアーナに伝えた言葉。
『何かの魔術』が『生き返る魔術』であればフォード侯爵の願いは叶うのではないだろうか。
「数秒ではダメだ。……そうだろう?」
ウィンチェスタ侯爵は優しく微笑んだ。
リリアーナは大粒の涙を出しながらウィンチェスタ侯爵に抱きついた。
声をあげて泣く少女。
受け止め、背中をさすり続けて慰めた。
本当ならノアールの役目だ。
早くリリアーナを支えられるくらい大人にならなくては。
フレディリック殿下にも白い魔方陣を見られてしまった。
彼が本気を出せばリリアーナを支える事くらい
リリアーナ、君は誰を選ぶのかな?
君に夢中な男はたくさんいるよ。
気づいているのかい?
……それとも誰も選ばないつもりかい?
ウィンチェスタ侯爵はリリアーナが泣き疲れて眠るまで抱きしめ続けた。
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