第66話 隣国のノート
隣国、スライゴ侯爵邸で久しぶりに会った侯爵2人はお互いの近況や魔術について盛り上がっていた。
「ノアールくんの卒業論文を読んだよ。魔術を使わずに置いておくなんて面白いね」
「使わないのになぜ魔術を出すのか? という質問もあったようだよ」
ウィンチェスタ侯爵の言葉に、スライゴ侯爵が笑う。
結構気が合う2人は、国が違うというのに1年に1回ほどのペースで会っていた。
「そういえばこちらの姫の子はそろそろ1歳くらいかな? ようやく我が国で婚約解消が伝えられたよ」
ウィンチェスタ侯爵は紅茶を口に含み、バラの香りを楽しんだ。
隣国の名産、真紅の薔薇紅茶だ。
「あー、それがね。ちょっと変なんだよ」
同じようにスライゴ侯爵も紅茶を楽しむ。
「変とは?」
国王陛下に土産話にできそうな何か面白い話でも聞けるだろうか?
ウィンチェスタ侯爵の興味が刺激された。
「お相手の騎士をね、1度も見たことがないんだよ」
スライゴ侯爵がティーカップをソーサーへ置いた。
「1度も?」
「そう。ユージだったかな、ユーゴだったかな。名前も曖昧でね」
そう言うとスライゴ侯爵はお皿の上のショコラを手に取った。
ウィンチェスタ侯爵が手土産として持参したもの。
国王陛下に頼んで、王宮の料理人に作ってもらったのだ。
「おぉ! 味が濃いね。不思議な味だ」
初めてのショコラにスライゴ侯爵は独特な苦味がいい!と嬉しそうだ。
「夜会でお披露目とか、結婚式とかはしないのかい?」
名前も公表されていないとは一体どういうことだろうか?
「子供が産まれたって話も聞かないしね」
よくわからないよ。とスライゴ侯爵は2個目のショコラを頬張った。
確かに我が国に対して謝罪が大変だっただろうが、それでも自国の貴族くらいには紹介するだろう。
夜会に1度参加させれば良いだけの話だ。
なんとも不思議な感じだ。
「そうそう、先日使っていない地下室を掃除していたら、古いノートが出てきてね。また蔵書が増えそうだよ」
この部屋だけでも天井まで埋め尽くすかなりの本の数だというのに、さらに増えるというのだ。
「それはすごい!」
いつか読む機会があれば嬉しいとウィンチェスタ侯爵は微笑んだ。
見つかったノートは3代目のスライゴ侯爵の物が多かったという。
彼は初代である祖父を大変慕っており、子供の頃から各地へよくついて回った人物らしい。
「それでね、面白い記述があって、絶対君に見せようと思ったんだ」
スライゴ侯爵は侍女に指示し、1冊のノートを届けさせた。
パラパラとページを捲り、あるページを開いて2人の真ん中に置いた。
古いノートのインクは少し滲んで読みにくくなっていたが、左側に魔方陣、右側に葉っぱの絵が描いてあるページをスライゴ侯爵が指さした。
「魔方陣から葉が出たらしいんだよ」
すごいだろう? 面白いだろう? とスライゴ侯爵が言った。
ウィンチェスタ侯爵の目が見開く。
リリアーナの足元にあった魔方陣は、やはり闇の魔方陣だったのか。
ウィンチェスタ侯爵は慌ててカバンから緑の魔道具を取り出した。
本の横に魔方陣を映し出す。
「は? え? この魔方陣、本と一緒かい?」
驚いたスライゴ侯爵が興奮して立ち上がった。
インクが滲んでいてハッキリ一緒だとはわからない。
でも似ている。
ウィンチェスタ侯爵は本と魔方陣をじっくり見比べた。
2人で顔を見合わせ、お互いとんでもない物を見たと笑う。
「あぁ、君と友人になれた事、本当に嬉しいよ」
ウィンチェスタ侯爵が感嘆の声を上げる。
「私も先祖のノートが真実だと確認できて嬉しいよ。良い友人を持った」
スライゴ侯爵も大興奮だ。
ノートと魔方陣を見つめながら、2人は朝まで語り明かす事を決めた。
「世界樹?」
魔方陣の横に描かれた葉を、『世界樹』と初代スライゴ侯爵は呼んだそうだ。
ノートには『世界の裏側と繋がる』と走り書きがある。
「ふむ。世界の裏側とはエルフの里の事だろうか?」
ウィンチェスタ侯爵は以前読んだ『エルフの生態』の本を思い浮かべる。
「世界樹……エルフの樹?」
ウィンチェスタ侯爵が呟くとスライゴ侯爵は目を輝かせた。
「エルフの本を持っているのかい?」
そんな珍しい本を持っているなんて! と大興奮なスライゴ侯爵に、今度貸す事を約束する。
「繋げて何をする物なのかは記述がないね」
「見ただけなのだろうね。書き留めるのに精一杯みたいだ」
他のページに比べて走り書きが多い。
それでもこの資料は貴重だ。
「この謎を解きたいなぁ」
少年のように目を輝かせ、まだ読んでいないノートも注意深く見ておいてくれるとスライゴ侯爵が言ってくれた。
「この葉がエルフの樹の葉なのかだけでも知りたいね」
エルフには会った事がないから無理かな。とウィンチェスタ侯爵が笑う。
エルフは人前に出ないと本に書いてあった。
寿命も人より遥かに長く、世界の裏側で暮らしていると。
「そういえば、去年かな、一昨年かな。うちの息子がドラゴニアス帝国の団長? 総長? あー、何だったかな。何かの役人が退職した時の記事の似顔絵を見て、エルフだと思ったと言っていたよ」
耳が尖ったおじいちゃんだったと。
「まさか。エルフは裏側から出ないだろう?」
「だろうね」
ウィンチェスタ侯爵の半信半疑な言葉にスライゴ侯爵も同意する。
でも本当にエルフなら会ってみたい。
リリアーナと出会って8年。
ようやく手掛かりを掴んだ。
ウィンチェスタ侯爵とスライゴ侯爵は夜通し議論を重ね、有意義な時間を過ごしたと微笑み合った。
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