第63話 仕事が早い

 王宮から見て右側に騎士団、左側に魔術師団の建物がある。


「青の魔道具の返却に来た」

 フレディリックは王宮の中庭を突っ切り、迷路のような廊下を抜け、魔術師団長の執務室を訪ねた。


「お役に立ちましたか?」

 魔術師団長は立ち上がり4つの青い魔道具を受け取ると、そのまま部下へと手渡す。

 今すぐ王宮の周りに設置してこいという事だ。


「教授達が釘付けだったな」

 全方位にシールドとは面白い。

 あんな物を作っておきながら魔道具として登録しないとは、魔道具を管理する魔道大臣のくせに。とフレディリックは笑った。


 フレディリックが魔術師団長に人払いするように目で訴えると、すぐ有能な部下達は部屋から去って行く。

 魔術師団長はテーブルの上の白い防音の魔道具を押した。


「リリアーナ・フォードの指輪にヒビが入った」

 突然の言葉に魔術師団長が止まる。


「今からウィンチェスタ魔道大臣の所へ行ってくる」

 フレディリックはそう告げると、テーブルの白の魔道具を解除した。

 人払いをして伝えたかった用件はそれだけだということだ。


「私も一緒に行きます」

 魔術師団長が扉を開けながら先に廊下へ出ると、ここにいるはずのない人物の緑髪が廊下の向こうに見えた。

 なんともまぁいつもタイミングのよい男だ。


「おや、お出かけかな?」

 少し急いで来たのだろう。

 珍しく手に持った書類がずれている。

 いつも綺麗に揃えているこの男が。


「フレディリック殿下もご一緒でしたか」

 ウィンチェスタ侯爵は微笑みながら一礼した。


 そのまま3人で魔術師団長の執務室へと引き返し、ソファーへ。

 ウィンチェスタ侯爵は手に持った書類を綺麗にそろえてテーブルに置き、白い防音の魔道具を押した。


「この度は申し訳ありませんでした」

 ウィンチェスタ侯爵は頭を下げた。


 リリアーナがトリを触ろうとした件だ。

 通常の令嬢であれば、生きていても死んでいても生き物に近づこうとする者はいない。

 見慣れた馬でさえ近づくのを拒む。

 ごくまれに乗馬などを嗜む令嬢もいるにはいるが、相当な変わり者だ。


「いや、こちらこそケガをさせて悪かった」

 フレディリックはウィンチェスタ侯爵に頭を上げるように手で促した。


 先ほど今日の出来事をエドワードの手紙で知った。

 リリアーナがケガをしたのは自業自得だ。

 それなのに貴重な王妃の傷薬まで頂いてしまった。

 すぐにでも謝罪をしなくてはならないと、このあと王宮へ行く予定だったがここでお会いできてよかった。


 何のことかわからない魔術師団長はウィンチェスタ侯爵とフレディリック殿下を交互に見る。

 その視線に気づいたウィンチェスタ侯爵は1番上の封筒から指輪を取り出し、無言のまま魔術師団長へ手渡した。


「なぜ、ここにある」

 魔術師団長は眉間に皺を寄せながら指輪の外側・内側を細かく眺め、溜息をついた。

 確かに内側にヒビが入っている。


 たまたま指輪の素材が弱かったとは考えにくい。

 この指輪はこの国で1番堅い金属製だ。

 他国へ行けばもっと堅い金属があるが、これでも相当堅い。

 リリアーナの魔力が強くなっているということだろう。

 もうこの指輪では魔力が抑えられないのだ。

 また新しい魔術回路を考えなくてはならない。


「……預からせてもらう」

 魔術師団長は指輪を内ポケットにしまうと、大きく息を吐いた。


「あのトリは、20m程先の木の下で倒れ、死んでいるのを確認したそうです」

 ウィンチェスタ侯爵の言葉にフレディリックは驚いた。


 あの場にいた護衛騎士は4人。

 1人は水を、1人は傷薬と包帯を取りに行かせた。

 残りの2人は側にいたはずだ。

 では、トリを追ったのは誰だ。


「フレディリック殿下はご覧になりましたね?」

 ウィンチェスタ侯爵の緑の眼がいつもの優しい眼から冷たい眼へと変わる。


「おい、」

 不敬罪で捕まるぞ。

 魔術師団長は唯ならぬウィンチェスタ侯爵の雰囲気に、横から止めに入った。


 フレディリックは魔術師団長を手で制し、このままでいいと告げる。

 どのみちリリアーナを手に入れるためにはこの男が立ちふさがるのだ。

 早めに味方につけておくに越したことはない。


 白の魔方陣。

 気絶したトリがたまたま目を覚ましたのか、死んだトリが生き返ったのか。


「……あってはならない」

 生き返るのはありえない。

 あってはならない。

 だが、20m先で死んだということは、やはり生き返ったということだろうか。


「私も、そう思います」

 ウィンチェスタ侯爵はいつもの柔らかい雰囲気に戻り、緑の眼を細めて微笑んだ。


 あの力を欲するかどうか試されたのだろう。

 どうやら回答は正解だったようだ。

 フレディリックは、ウィンチェスタ侯爵の表情に安堵した。


「何の話かさっぱりわからないのだが」

 困惑する魔術師団長が説明を求める。


「今日特別講座でトリを倒したと思ったら気絶だったようでね。急に起き上がったトリの角でリリアーナがケガをしたのだよ」

 ウィンチェスタ侯爵のあまりに簡単な説明に、フレディリックは恐ろしくなった。

 嘘は言っていないが、肝心な部分がまったく含まれていない。

 この男はいつもそうなのだろう。

 真実が見えない。


「王妃様の傷薬までいただいてしまってね」

 あぁ、それで最初の謝罪か。と魔術師団長が納得する。


「それにしても情報が早すぎないか?」

 先ほど指輪を取り出した1番上の封筒はフォード家の家紋がついている。

 つまりエドワードかリリアーナから届いたものだ。

 フレディリック殿下は学園から帰って、そのまま青の魔道具を返しに来たはずだ。

 今、ここに指輪があるのはおかしくないだろうか。


「優秀な魔術師団員は仕事が早い」

 ウィンチェスタ侯爵の言葉に、魔術師団長の目が見開く。


「トリを追ったのもそいつか?」

 フレディリックの言葉にウィンチェスタ侯爵は口の端を上げた。


「ちょっと待て! なぜ上司の俺ではなく、お前に報告する!」

 あいつめ! と魔術師団長は頭を抱えた。


 リリアーナの護衛として側についている寮長。

 魔術師団の中でも精鋭部隊と言われる実働班の1人だ。

 そして寮長の他にもう1人実働班がついている。

 こちらは学園ではリリアーナに姿を見せていない。


「あ、そうそう。彼から報告書」

 ウィンチェスタ侯爵はテーブルの揃えられた書類から封筒を取り出し魔術師団長へ手渡した。

 封筒の裏には確かに精鋭部隊がいつも使っている記号がある。


「だからなぜ、お前経由だ!」

 魔術師団長が眉間に皺を寄せながら怒る。


 隣国から提出された魔道具の設計書。

 1年程かかってしまったがここ10年分の設計書は全て目を通した。

 その中にあった設計書を改造して作った『手紙を届ける魔道具』。

 まだ試作品だが役に立った。


「風属性同士、気が合うんだよね」

 ウィンチェスタ侯爵は悪びれる様子もなく、緑の眼を細めて微笑んだ。

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