第58話 宿題
せっかくリリアーナが直したが、折れたはずの剣をエドワードが学園で使い続けるわけにはいかないため、予定通りウィンチェスタ家次男の学園時代の剣を仮で使用することに決まった。
直した剣はこの別邸のみで使用することにし、学園には持っていかないことに。
「傷なんてない方がいいんだって!」
「でも、傷があった方が愛着があるし、思い出があるし」
必死で慰めるエドワードと不思議な理論を話すリリアーナ。
ウィンチェスタ侯爵はしばらく笑いながら見ていたが、明日次男の剣を持ってまた来るよ。と言って帰っていった。
光魔術を使ったため、魔石はいつもの半分の時間にしておくことにした。
魔力の吸いすぎも良くない。
光魔術を初めて見たノアールはその神秘的な雰囲気に驚いた。
足元が光り輝き、光の粒が舞い、このままリリアーナが消えてしまうのではないかと思った。
慌てて抱きしめ消えないことを確認し、それでも安心できずに抱え込んだ。
あれが上級光魔術。
あんな奇跡を見てしまったら、誰だって女神だと、聖女だと思うだろう。
教会で神聖視され、人々に崇められ、病気の者は縋りつくだろう。
壊れた道具や思い出の品も寄付金を払って直してもらおうと思う貴族も出るはずだ。
そんな力、誰にも見せなくていい。
誰にもリリアーナを見せたくない。
ノアールは以前ウィンチェスタ侯爵に言われた言葉を思い出す。
『私なら腕の中に閉じ込めて誰にも見せないけどね』
今更ながら、その言葉に納得する。
ノアールは『重症だな』と溜息をつきながらリビングのソファーに埋もれた。
「ノア先生~」
声とともにぴょこぴょことリリアーナが近寄り、ソファーに埋もれているノアールの隣に座った。
「どうしましたか?」
いつも通りの優しい眼でリリアーナを見ると、リリアーナは1枚の紙を見せた。
「あのね、魔術で、何ていうのかな。四角く囲む? うーんと箱? ってできる?」
イメージは漫画やゲームでよく見る結界だ。
上まで四角く完全に囲まれているもの。
さすがに『結界を解いたら、元の世界には何も壊れたところはありません』ほどの図々しさは求めていないが、四角く囲んだ中だけに魔術が影響するような環境が欲しい。
「あ! ズルいぞ、リリー!」
すかさずエドワードが邪魔をする。
特別講座の宿題だ。
ノアールに助言をもらうなんてズルすぎる。
「答えになるかはわかりませんが、リリーの寮にあるお守りがそうではないですか?」
リリアーナは青い魔道具が部屋の四隅にあるのを思い出した。
「あ!」
そうか。身近にあった。
それならできるかも!
青の魔道具は外から物理攻撃が入って来られないようにする物とウィンチェスタ侯爵から聞いた。
それならば、中から外にも通さないはずだ。
もし、中からは通してしまうのなら、青の魔道具の逆バージョンを作ってもらえばいい。
リリアーナはニコニコしながら紙にいろいろと書き始めた。
「宿題ですか?」
夢中になってしまったリリアーナを横目に、ノアールはエドワードに尋ねた。
「特別講座のね。どんな方法でもいいから生物を捕まえて素材を取るにはどうしたら良いかって」
「素材を取る?」
フレディリック殿下も面白い事を考えたようだ。
出来るだけ傷をつけないようにするのだろう。
「剣だと傷がつくし、火だと燃えちゃうし、水も毛皮とかダメになるから、結構みんな困ってるんだ」
エドワードはどの生物にするのかさえ決めかねていた。
ホーンラビットなど毛皮を取らず角だけ欲しい小動物を数多く狙うか、ドラゴンのように鱗が多く多少傷がついても素材の数が多く取れる大型生物を狙うか。
「急所を狙えという事でしょうか」
ノアールの言葉にエドワードがハッとした。
「そうか! ノア先生ありがと~!」
エドワードも何か思いついたようで部屋へ急いで走っていく。
2人とも楽しそうですね。
ノアールは床にちょこんと座りながら夢中で書いているリリアーナを見つめた。
黒いゆるいウェーブの髪。
初めて会った5歳の時は肩より少し下くらいだった。
今では腰のあたりで維持されている。
以前、髪を切ると言われた時には心臓が止まりそうなくらい驚いたが。
もっとリリアーナに触れたい。
口づけしたい。
そう言ったら嫌がられるだろうか。
ノアールは大きく息を吐くと、リリアーナの横から宿題を眺めた。
舗装されていない道を街へと進む馬車の中。
ウィンチェスタ侯爵はゆっくり息を吐いた。
光魔術。
以前、王宮でリリアーナのケガが治った瞬間を見た。
光魔術で治癒ができるというのは一般的だ。
まさか物まで直せるとは。
しかも失った物の再生。
フォード侯爵は失ったマリアンヌの再生を願っているのだろうか。
失った剣が再生できるならば、死んだ人を蘇らせる事が可能だろうか。
ありえない。
いや、あってはならない。
ウィンチェスタ侯爵は眉間にシワを寄せた。
ノアールによると、今回はヘアゴムやエンピツの時と違うらしい。
リリアーナは倒れていないし泣いてもいなかった。
本当に困った子だね。
興味が尽きないよ。
ウィンチェスタ侯爵は緑の眼を細めながら微笑んだ。
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