第56話 スカウト
別邸のソファーに寝ころびながらリリアーナは特別講座の宿題を考えていた。
普通の侯爵令嬢だったら絶対に怒られるグダグダな態度だ。
いつも誰にも怒られることがないので完全に油断していた。
「こら、リリアーナ」
頭の上から聞こえる声に、リリアーナは慌てて飛び起きた。
「お、お、おとうさま」
ウィンチェスタ侯爵は動揺しているリリアーナの目を見てダメだろう? と笑う。
ごめんなさい。
リリアーナは普段から小さいのに、さらに小さくなった。
中等科になってからリリアーナもエドワードも月1回しかこの別邸に来ないため、ウィンチェスタ侯爵がここに来るのは珍しい。
時間的にはノアールが来てもいい頃だが、別々で来たのだろうか。
「父上、荷物くらい持って行ってください」
溜息をつきながらノアールがリビングへ入ってきた。
偶然、廊下であったエドワードも一緒だ。
「ノア先生、お帰りなさい」
もう少しであのグダグダな姿が見られてしまうところだった。危ない、危ない。
リリアーナは胸をなでおろした。
「リリアーナの魔石の前に、ちょっといいかな」
ウィンチェスタ侯爵は緑の眼を細めながら微笑んだ。
ノアールから荷物を受け取り、全員にソファーへ座るように促す。
全員が座るとすぐに紅茶が運ばれてきた。
今日はアイスティーだ。
そろそろノアールが来る頃だと、リリアーナは氷を大量に出し、侍女のミナに作っておいてもらったのだ。
「……紅茶かい?」
どうして氷が入っているのかな?
相変わらず面白いことを考える。
一瞬、ウィンチェスタ侯爵は不思議そうに眺めたが、一口飲むとリリアーナに向かって微笑んだ。
おいしいでしょ? とリリアーナはご機嫌だ。
もう一口紅茶を飲むと、ウィンチェスタ侯爵はエドワードの方を見た。
「エドワード。模擬戦2位おめでとう」
うちの次男は4位だったからね、エドワードの方が強いよ。と微笑む。
「ありがとうございます!」
エドワードが背筋を伸ばしてピシッとする。
あぁ、ダラダラな態度でごめんなさい。
リリアーナはアイスティーを飲みながら反省した。
「それで招待状なんだが……」
ウィンチェスタ侯爵は鞄から書類を取り出し机に広げた。
机の上には紙が7枚置かれる。
エドワードは書類の1枚目を手に取った。
それは第1騎士団からの『招待状』だった。
仕事の内容や休暇について、給料の金額等が記載されている。
エドワードは驚いて目を見開いた。
「お兄様! すごい!」
エドワードにスカウトが来たのだ。
「すごいですね」
ノアールは卒業が決まるより前に、王宮魔術師団長に捕獲されてしまったためスカウトはなかった。
はじめて見る招待状に驚いている。
2枚目は、第2騎士団。
第3、第4、第5もすべて招待状が来ている。
「……こんなに?」
まさかすべての騎士団から招待状をもらえるなんて思っていなかった。
剣と魔術の組み合わせが目を引いたのだろう。
1位だったアルバートよりもスカウトが多いとウィンチェスタ侯爵は言った。
「毎日、毎日、どこかの騎士団長につかまってね。エドワードをうちにぜひくれ! って」
ウィンチェスタ侯爵は言葉では面倒そうだが、緑の眼で嬉しそうにエドワードを見つめた。
「あれ? でも6枚目……?」
騎士団は第1から第5までしかないはずなのに。
エドワードが6枚目を手に取ると、それは王宮魔術師団からの招待状だった。
「魔術師団長が真面目な顔で、彼なら剣がなくても魔術でいける! と言っていたよ」
騎士コースだって言っているのに引かなくてね。仕方がないから受け取ってきたよ。と言う。
「では7枚目は?」
あと何があっただろうか。
不思議そうにノアールが尋ねた。
7枚目を手に取ったエドワードが驚いてウィンチェスタ侯爵の方を振り返った。
「君ならここかな?」
ウィンチェスタ侯爵は緑の眼を細めて微笑んだ。
「……お兄様?」
エドワードの顔は、信じられないという表情をしている。
リリアーナとノアールは顔を見合わせた。
「この前会ったときは何も……」
特別講座でフレディリック殿下にあった時には何も言っていなかった。
それなのに。
7枚目はこれから新設される王宮騎士団のスカウトだった。
名前はまだ決まっていない。
騎士団総長が率いる、第1から第5には属さない特別部隊だ。
第1騎士団から第5騎士団は国王陛下の指揮命令下にあるが、新しい騎士団は王太子殿下の指揮命令であり、完全に独立している。
メンバーは編成中らしいが、エドワードにそこへ入らないかと招待状が来たのだ。
1番下にはフレディリック殿下の直筆メッセージ付き。
『一緒に大型生物を捕まえてみないか? 魔術剣士になるのだろう?』
面白すぎるメッセージにエドワードは噴き出した。
「だから宿題~!」
リリアーナは納得した。
フレディリック殿下らしい。このための宿題だったのか。
「1位だった彼もスカウトしているようだよ。ここを選ぶかはわからないけどね」
相談は禁止ではないので、どこへ行くか聞くことは可能だ。
でもきっと、目指す魔術剣士はここが1番近道だろう。
エドワードはウィンチェスタ侯爵に手続きをお願いしますと伝えた。
エドワードの就職先が決まった。
良かった。
ずっと頑張ってきたエドワードの努力が認められたのだ。
リリアーナの目は嬉しさが我慢できずにウルウルし始めた。
「あ~! もう! すぐ泣く~」
そう言うエドワードも泣きそうだ。
「おめでとうエドワードくん」
ノアールが優しく声をかけると、とうとうリリアーナが耐えられなくなった。
隣にいるノアールにしがみついて泣いている。
ノアールはリリアーナの頭を優しく撫でた。
「おやおや、本人よりも喜んでいるね」
ウィンチェスタ侯爵がかわいいねぇと笑う。
「では、エドワードの手続きは進めておくよ。卒業までしっかりがんばるように」
「はい!」
エドワードはまた背筋をピンとしながら返事をした。
「では、次はノアール」
ウィンチェスタ侯爵の思わぬ言葉にノアールが目を見開いた。
差し出された招待状は、エドワードと同じ新設の王宮騎士団。
「なぜ?」
騎士団なのでしょう?
ノアールが書類を確認すると、新設の騎士団は騎士でも魔術師でもどちらでも良いと書いてあった。
だからエドワードは魔術剣士になれるというのだ。
名前が決まっていないのもそのためだ。
メンバーは編成中とあったが魔術師団にも声がかかっているとは。
ノアールの方も、1番下にはフレディリック殿下の直筆メッセージ付きだった。
『俺を見張りたいなら移ってこい』
ノアールは溜息をついた。
フレディリック殿下らしい。
「魔術師団長が泣いてしまうね」
ウィンチェスタ侯爵はにっこりと微笑んだ。
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