第54話 模擬戦

「これがフォード家。そしてこちらがウィンチェスタ家」

 ウィンチェスタ侯爵は、エドワードの騎士服の襟元に2つのバッジを付けた。


 今日から模擬戦だ。

 3年生は王宮騎士団から声をかけられたときにどこの家かすぐわかるように襟元に家紋のバッジをつけることになっている。

 この子をスカウトするなら、家に連絡してね。という連絡先のようなものだ。


 バッジをつけていない子は騎士にはなりません。または、1、2年生なのでスカウトできませんという目印になっている。

 平民など家紋がない子の場合は、その子の出身の村または町の模様のバッジをつけるルールだ。


「勝てそうかい?」

 ウィンチェスタ侯爵が緑の眼を細めながら微笑んだ。


「頑張ります!」

 エドワードは緊張した顔で答えた。


 ウィンチェスタ家の次男は緊張感が全くなかった。

 模擬戦が楽しくて仕方がないという性格だったのだ。


 適度な緊張は良いが、あまり固くなりすぎてもよくない。

 ウィンチェスタ侯爵は真面目で努力家のエドワードの事が少し心配になった。


 今日は予選のため来られないが、明日には国王陛下、フレディリック殿下が視察予定だ。

 なんとしても明日までは残りたい。


「あぁ、そうだ。リリアーナから手紙を預かっていた」

 ウィンチェスタ侯爵は胸ポケットから手紙を取り出し、エドワードに渡した。


「リリーから?」

 手紙など1度もくれたことがないのに。とエドワードが手紙を開封する。

 そこには変なネコか? トラか? よくわからない生き物と、おそらくエドワードなのだろう。剣を持った人の絵が描いてあった。

 上の方には『お兄様、がんばって!』と書かれている。


 エドワードは独特すぎる絵に思わず噴き出した。


「そんなに面白いことが書いてあるのかい?」

 うまくエドワードの緊張が解けたようだ。

 ウィンチェスタ侯爵は、ほっとしながら手紙を覗き込んだ。


「……これは、また独特だね」

 牙があるので、サーベルタイガーのつもりだろうか。

 フレディリック殿下の特別講座でイラストでも見たのだろうか。

 あの子は本当に面白い。

 ウィンチェスタ侯爵は口の端を上げた。


「絵は僕の方がマシかな」

 エドワードはニヤニヤしながら手紙を折りたたむと、大切そうにポケットへしまった。


「行ってきます!」

 トーナメントグループの集合場所へエドワードは元気よく出かけて行った。


「今年の注目は?」

 今日は視察のため正装に着替えた国王陛下が王宮騎士団総長へ尋ねた。

 王宮騎士団総長は名簿をパラパラと捲りながら丸の打ってある子たちの名前を読み上げる。


 3学年300名ほどの参加者から予選を勝ち抜いた32名の名前だ。

 ここに残った3年生はほぼスカウト確定。

 エドワードも無事に残ることができた。


 今日の戦い方を見て、第1騎士団から第5騎士団の団長が欲しいと思った人材に声をかけ、本人と保護者が合意すると就職決定だ。


 国王陛下に1番近い場所で守る第1騎士団は難関だ。毎年誰かが入れるわけではない。

 第2騎士団から第4騎士団は王宮の周りの領地をそれぞれ担当しているため、毎年数人ずつ採用がある。

 第5騎士団は遠征が多くケガも多いため、毎年多くの採用がある事で有名だ。

 王立騎士団に入れなかった者は、街の護衛官や領地の専属騎士になる。


 エドワードはフォード領地とウィンチェスタ領地から近い、第2騎士団を狙っていた。

 いつかリリアーナがノアールと結婚しても、近くで守ることができるように。


 エドワードはポケットからリリアーナの手紙を出した。

 何度見ても独特な絵に笑ってしまう。


 がんばるよ。


 エドワードは手紙をしまうと、模擬戦会場へ歩いて行った。


 さすがに準々決勝にもなると、手ごわい同級生しか残っていない。

 魔術を1回使用して、エドワードはベスト4になった。


「おまえ、あんなのありかよ~。あのタイミングで下から氷の矢はないわ。怖すぎるだろう」

 茶髪の友人が頭をボリボリしながら近づいた。

 友人はおそらく決勝まで進むだろう。

 背も高く体格も恵まれており、動体視力もとてもいい。


「ああやって足止めするしかなかったんだよ」

 茶髪の友人にも手の内は出来れば見せたくなかったが、使用しなくては今のも勝てたかどうかわからない。

 細身のエドワードがパワー系のごり押しタイプに勝つにはあのタイミングしかなかった。


「はぁ~。怖ぇなぁ」

 お互いにニヤリと笑い、それぞれのグループ控室へ戻った。


「面白いでしょう?」

 フレディリックは、準々決勝を勝ったばかりのエドワードを指差しながら国王陛下に話しかけた。

 以前フォード家の別邸で見た頃よりも、ずいぶんと剣も魔術も成長している。


「フォード侯爵自身はパッとしなかったが、子供たちは優秀だな」

 国王陛下は頬杖をつきながらエドワードとリリアーナの2人を思い浮かべた。


「あの魔術は1回しか出せないのでしょうか」

 王宮騎士団総長はエドワードの資料を見ながらつぶやいた。

 昨年は剣から水が飛んだあと剣が振り下ろされると聞いていたが、今年は剣とは独立した氷の矢が出たように見えた。


「このあともっと面白い物が見れると思いますよ?」

 フレディリックは長い足を組みなおしながら笑う。


「あぁ、彼は特別講座の生徒さんでしたね」

 高等科で合格した2名のうちの1名は彼の名前だった事を王宮騎士団総長は思い出した。

 姿を見るのは初めてだが、フォード侯爵に似た綺麗な金髪の青年。

 水の一族だから剣から水が出たのか。


「それ以前に、彼はウィンチェスタ家が後見人ですよ」

 フレディリックは悪戯っ子のように笑う。


 ウィンチェスタ魔道大臣の柔らかい雰囲気にみんな騙されるが得体のしれない男だ。

 国王陛下は盛大な溜息をついた。

 リリアーナのためとはいえ、国家予算1年分の貴重な魔石まで取られた。

 ここ1年は隣国からお詫びに提出された魔道具の設計書に夢中だ。

 リリアーナの兄のエドワードは普通の侯爵子息だと思っていたが、彼もまたウィンチェスタ魔道大臣の毒牙にかかっていたか。


 準決勝の相手は準々決勝で少しケガをしたため、エドワードは魔術を使うことなくあっさりと勝てた。

 決勝の相手は予想通り茶髪の友人だ。

 彼の剣は重く、スピードも速い。

 背が高いため、エドワードよりも剣の届く範囲も広い。


「エドと真剣勝負は初めてだな」

 茶髪の友人が笑う。


「いつも一緒のチームだからね。戦うのはちょっと怖いよ」

 そういいながらもエドワードの青い眼は真剣だ。


『相手の速攻を防ぐのに1個、距離を離すのに1個、残りの3個でドーン! でしょう?』

 リリアーナの作戦が頭をよぎる。


 今のエドワードが出せる魔術は3個が限界。

 相手の速攻を防ぐ氷の壁で1個、距離を離すのに水の矢で1個、もう1つは……。


 結果は茶髪の友人が1位、エドワードは2位だった。


 3つ目の氷の剣で二刀流となったエドワードは、なんとか友人の攻撃を数回防ぐことはできたが、彼の大きく重い剣にはかなわず剣が折れてしまった。


 氷の剣だけでなく、本当の剣も折ったのだ。


「馬鹿力すぎるよ~」

 もう、勘弁してよ。とエドワードが折れた剣を両手に持ちながら嘆く。


「エドこそ反則だろ、怖ぇよ」

 最初の氷の壁を壊したときの破片と次の水の矢で腕と顔にケガをした。

 氷の剣も触れると、こちらが凍りそうですぐに離れなくてはならない。


 茶髪の友人は頭をボリボリ掻きながら、大きな剣をしまった。

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