第53話 特別講座

 フレディリック殿下の特別講座はとてもわかりやすく、大型生物に特に興味を持っていなかった者さえ引き付けてしまう不思議な魅力があった。


 エドワードは大型生物は『不要』と言っていたのに、最近では『必要かも』と言ってしまうくらい、講義の内容は面白かった。

 30人いる生徒の中で、博士科の10人はリリアーナと顔見知りだった。

 ノアールが博士科の頃に研究室にいた人たちだ。

 冷蔵庫を作っているときに何度か研究室で会ったことがある。

 お菓子をくれた優しいお兄さんもいた。


 中等科のリリアーナが混ざっていても講義中は偏見を持たれることもなく、残りの博士科の人も専門科の人も仲良くしてくれた。


 同級生や上級生からのいやがらせはなくならないが、物理的な攻撃は少ないのでほぼ無視している。


「おい、エド。妹ちゃん今日も中庭呼び出しだぞ」

 茶髪の友人が窓の下、中庭を指差してエドワードに言った。


「髪が黒いし目立つからねぇ」

 エドワードは溜息をつきながら窓の外を見下ろした。


 あぁ、リリアーナだ。

 今日は高等科のお姉様達に囲まれている。

 昨日は同級生のツインテールのご令嬢だった気がする。


 原因は王太子だ。

 視察の最中に、いじめられているリリアーナを偶然フレディリック殿下が見かけ、『かわいそうだから特別講座に入れてあげた』という言いがかりだ。

 そうでなければ中等科のリリアーナが特別講座に入れるわけがないと。


 ちなみに、エドワードは『魔力も使えない妹のせいで父が失踪したかわいそうな兄』という位置づけらしい。

 父が失踪し困っているだろうから特別講座に入れてもらえたのだろうと専門科の不合格者に言われたことがある。


「助けにいかねぇの?」

 茶髪の友人がニヤニヤする。

 行かないのを知っていて聞いてくるのだ。


 一緒に特別講座を受け、リリアーナの性格はなんとなくわかったようだ。

 見た目では小さくて庇護欲を最大限に発揮するリリアーナが、実はとんでもなく発想がズレていること、一般常識がないことを茶髪の友人は最近ようやく知った。

 そしてそれがまた魅力なのだと。


「あ、終わった。やっぱ妹ちゃん強ぇなぁ」

 王太子がリリアーナを気に留めるのがわかる。

 リリアーナは新種の動物と同じだ。

 茶髪の友人が高等科の2階の窓からリリアーナに手を振ると、ペコリとお辞儀された。


「エドも手を振ってやりゃぁいいのに」

 茶髪の友人はニヤリと笑った。


「フォードさん、今日補習ね」

 中庭から教室に帰る途中の廊下で担任の先生に声をかけられた。


 くすくす笑う周りの生徒。

「ほら、やっぱり」

「あんな子が特別講座なんて」

 大きな陰口が聞こえる。

 先生が少し困ったような顔をしながら微笑んだので、リリアーナはペコリとお辞儀をして教室へ戻った。


「……それで、なぜフレッド殿下がこちらにいるのです?」

 補習に呼ばれた魔術演習室で、優雅に足を組んで座るフレディリックと、その後ろに立つ騎士2人。

 一瞬部屋を間違えたかと思った。


「ごめんなさいね、フォードさん。今日は補習じゃなくて、殿下の呼び出しなの」

 先生はてへっと笑う。

 権力には逆らえなかったのだろう。

 わかります、先生。


「ちょっと試したいことがあってな」

 フレディリックは立ち上がり、リリアーナの前まで来ると右手を持ち上げ甲に口づけた。


「で、殿下っ、」

 見てはいけないものを見てしまった先生が焦っている。

 フレディリックはそのままリリアーナの指から指輪の魔道具を抜き取った。


「……婚約者の登録はしてほしくなかったな」

 少し困ったような顔で言ったフレディリックの言葉に、リリアーナの眼が揺れた。


 目が合い、数秒見つめ合う。

 吸い込まれそうなリリアーナの黒い眼にフレディリックの姿が映った。


 先に目を逸らしたのはリリアーナの方だった。


「まぁいい。18歳までが勝負だ。それより、火と水を同時にあの的に撃ってみろ」

 フレディリックは的を指差してニヤリと笑った。

 騎士もなんとなくその的を見る。


「火と水……ですか? 同時とは?」

 意図がわからずリリアーナが聞き返す。


「ウィンチェスタの卒業論文だ。できるだろう?」

『魔術を待機させて時差で発動させる』という論文だったはずなのに、『魔術を待機させておいて同時に攻撃しろ』と言う。

 少し意味が違うのでは?


 とりあえず、リリアーナは手の上に小さな火の球と、小さな水の球を浮かせた。


「同時に投げれば良いのですか?」

 よくわからないのでリリアーナは首を傾げた。


「それを混ぜることは可能か?」

 ますますよくわからないことを言われる。


 混ぜるがよくわからないので、物理的に本当に混ぜてみた。

 違う色の粘土をぐちゃぐちゃ混ぜるような感じだ。


「はぁ? 嘘だろ?」

 思わず漏れてしまった声に騎士があわてて口をつぐんだ。

 もう1人の騎士が腕で余計なことを言うなと合図する。


 シュゥゥゥ。と音が鳴り、すぐに水が蒸発してしまった。


 まぁ、そうだよね。

 フレディリックの顔は、なんだかうれしそうに見えた。

 知りたいことがわかったのだろうか?


 先生は驚いた顔でリリアーナの手の上を見つめる。


「水と氷は?」

「え? 水が氷るだけでは?」

 リリアーナは言われたとおりに行うが、予定通り水が凍り、変な形になった。

 パキンと手の上で砕けて消える。


「そうか」

 フレディリックがニヤリと笑った。

 どうやら期待には応えられたようだ。


 フレディリックは、リリアーナの右手を取るとそっと指輪を戻した。

 その顔は少し困ったような悲しそうな複雑な表情だ。

 指輪をずっと見つめているため、リリアーナとは目が合わない。

 1度、ぐっと握られた後、ゆっくり手は離された。


「そのうち、宿題出すからな」

 フレディリックはリリアーナの髪をぐちゃぐちゃすると、何事もなかったかのように騎士を連れて部屋から出ていってしまった。


 扉の前で一礼する騎士。

 パタンと扉は閉まった。


「……宿題?」

 理由もわからないまま部屋に取り残されたリリアーナは首を傾げ、先生はリリアーナと閉まった扉を交互に確認することしかできなかった。

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