第52話 13歳
「リリー! 会いたかったです」
今日は月1回のノアールと別邸で待ち合わせの日。
王宮魔術師団も王宮騎士団も基本的に曜日は関係なく、土日も通常勤務だそうだ。
お休みは順番なので、本来は曜日指定ができないのだと教えてくれた。
国王陛下に定休日はないので、当然部下にもない。
魔術師団長の計らいで、毎月1回、月末にノアールはリリアーナに魔石を使わせるという特別任務のため別邸に来ていることになっている。
遠方へ出張のため翌日はお休みに。という筋書きだそうだ。
そのため、別邸へ来るときには、魔術師団の制服を着てくることになっている。
他の人が知ったらズルい! と言われそうだが。
「来週誕生日ですね。おめでとうございます」
ノアールはリリアーナをぎゅうぎゅうと抱きしめた。
13歳。
国に婚約者として登録できる年齢だ。
卒業式の時に改めてプロポーズをしてくれてとてもうれしかった。
まだノアールの側にいても良いのだと。
居場所ができたようで安心した。
「まずは仕事からしますね」
リリアーナの指輪を外し、ネックレスへ通す。
ネックレスのつけ外しもすべてノアールが行うので、かなり恥ずかしい。
あとは半日魔石を握っているだけだ。
魔石は普通の小さな石のような見た目なので、普段は青い指輪のケースに入れ、リリアーナの部屋の引き出しに保管している。
うっかり侍女が掃除で捨てないためにとウィンチェスタ侯爵は準備してくれたが、侍女のミナ以外は誰もリリアーナの部屋に入らないので、実は必要なかったかもしれない。
「僕の存在忘れないでねー」
同じリビングで空気のようになっているエドワードは2人のイチャイチャぶりに耐えられなくなり声を出した。
「エドワードくんもリリーも特別講座に受かったと聞きました。すごいですね。全学年対象だったのでしょう?」
学園の大騒ぎぶりは王宮でも話題だったのだろう。
合格者は中等科からはリリアーナ1人、高等科はエドワードと茶髪の友人、専門科12人、博士科15人の合計30人だ。
予想通り、博士科の15人は全員受かったようだ。
さすが将来大臣になるようなスーパーエリート。
王宮の管理部署はもちろん王宮騎士団も王宮魔術師団も注目していると話題になったそうだ。
「もう1回目は開催されましたか?」
魔術師団の上着を脱ぎ、侍女のミナに手渡しながらノアールは言った。
「来月からなんです。月2回通常の授業後に。大型生物の生態とか習性とかの講座です」
リリアーナが内容を告げた途端、ノアールの手が止まる。
「大型生物……?」
その反応に、エドワードはノアールが講座の内容や講師を知らない事を察した。
「ノ、ノア先生! えーっと、僕もいますから!」
ちゃんとリリーは見張っていますから! とエドワードは全力でアピールする。
リリアーナは意味が分からずに首を傾げた。
講師はフレディリック殿下だ。
ノアールは自分の予想が正しかった事を知り、溜息をついた。
「リリー、婚約者は私ですよ?」
ノアールはリリアーナの隣に座り、顔を覗き込んだ。
綺麗な緑眼にリリアーナはドキドキする。
ノアールは魔石を握っているリリアーナの手の上に自分の手を重ねた。
「この結果は本当なのかね?」
白髪の学園長は博士科・専門科の教授達と円卓で会議を行なっていた。
王立学園の初等科から博士科まで平民を除くほとんどの生徒が受験した今回のテスト。
計算の採点は博士科の教授。
地理の採点は専門科の教授。
生態系は記述のため、計算・地理が一定以上の点数の場合のみフレディリック殿下が直接採点し、確認を博士科・専門科の教授が行った。
「博士科の生徒は計算・地理はできて当然でしょう」
今回のテスト問題を見ながら博士科教授達は顔を見合わせて頷いた。
「驚いたのは中等科のこの子。計算が満点なんです」
まだ習っていないはずなのに。
計算方法は独特だが、やっている事はおかしくない。
距離をxと仮定して2つの式で出すなんて。
リリアーナにとっては当たり前の連立方程式は、この世界では知られていない解き方だった。
教授達はなんだこの解き方は! と盛り上がったという。
「地理は習っていないので仕方がないですが」
リリアーナは10問中6問正解だった。
それでも博士科・専門科の平均が7.5点、高等科の平均は6.5点なのでそれほど悪い点ではない。
「高等科の2人は地理が満点でした。全体の傾向として騎士コースは計算より地理に興味があるようです」
魔術コースと騎士コースは別々のテストを行なっているため、今まで学力差はわからなかったが、今回のテスト結果はとても参考になったと教授達は嬉しそうだ。
計算・地理合わせて15点以上の103人の答案をフレディリック殿下へ提出した。
この時点ですでに倍率は10倍以上。
生態系については各個人いろいろな意見があり、読んでいて面白かったという。
博士科の教授の1人は、フレディリック殿下に提出しなかった答案もすべて読んだと言う。
幸いこの国には大型生物はいない。
しかし、大型生物は人を襲うと他国から聞いているため、9割の生徒の意見は『大型生物は不要』だった。
もちろん今回の合格者のほとんどは『不要』と書いた生徒だ。
「この中等科の子の回答が1番面白かった」
食物連鎖などという新しい言葉と共に繰り広げられた説明は、そうなのかもと納得させられてしまう不思議な魅力を感じた。
『必要』と書いた生徒の中でも、小さい生き物が大きい生き物に食べられる、大きい生き物も役に立つことがある、自然が回っていくという回答はこの子だけだ。
「あと、高等科の彼。王太子殿下の
大型生物は『必要』。
乗り物としても使用することができ、牙や毛皮などの素材が人々の役に立つから。という回答だった。
ドラゴンに乗るという国はあるが、サーベルタイガーにも乗ってみたいと書いてある。
飼ってみれば懐くのではないかと。
「高等科のもう1人。あぁ、中等科の子の兄ですか。この子は『不要』なんですね」
人々が犠牲になるような気性の荒い大型生物は不要と書かれている。ただし、大人しければ居ても良いが住む地域は分けたいと書かれていた。
三者三様の答えだ。
今回の問題に正解はない。
自由な意見を求められたので、初等科の子の中には「ドラゴンかっこいい」というような回答もあった。
高等科の生徒の中には「自分の実力を試すために大型生物は必要」という意見もあり、戦う気か?と教授も驚いたものもあったという。
「しかし、フォード家の子が2人合格ですか。失踪したフォード侯爵の子でしょう?」
「王太子に近づけて大丈夫なのですか?」
教授達が学園長に尋ねた。
リリアーナの事はこの場にいるメンバーでは学園長しか知らないのだ。
「親のせいで子供の勉強の機会を奪ってはいけない。学園は公平であるべきだ」
白髪の学園長は王宮へ提出する合格者名簿にサインしながらそう言った。
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