第50話 中等科

 リリアーナは中等科魔術コース1年、エドワードは高等科騎士コース3年、ノアールは王宮魔術師団勤務となった。


 リリアーナとエドワードは2人で相談し、土日も寮で過ごすことに決めた。

 リリアーナが一人で別邸で過ごすよりは、マッチョな寮長の隣の方が防犯上安全だろうという配慮だ。


 寮の合鍵はノアールからエドワードに引き継がれた。

 冷蔵庫と寮長のお陰で一人でも食事ができるし、もともと前世は一人暮らしだったのだ。

 特に問題もない。


「今週ノアちゃんとラブラブの週でしょー? 外出許可出しなさいよ~」

 毎月1回、月末の土日だけノアールと別邸で会えるように魔術師団長が配慮してくれた。

 その日はリリアーナが魔石を使う日だ。


「あの金髪のおにーちゃんも気を使えばいいのにねぇ」

 エドワードはノアールが来る週末だけは別邸へ帰ってくる。

 今年の模擬戦で上位成績を取り、王宮騎士団からのスカウトを貰いたいからだ。


「3人で会えるの今年で最後だから」

 来年はきっとエドワードは王宮騎士団だ。

 いつ会えるかわからないので、今のうちに会っておきたい。


「それよりさ、聞いた? 第1王子がフリーになったって」

 今、学園の話題は第1王子の話で持ちきりだ。


 フレディリック殿下が王太子になったという発表と合わせて隣国の姫との破談が伝えられた。

 実際には1年以上前に破談だったが、隣国の姫が出産し、落ち着くまで秘密にしておいた方が良いという配慮からこのタイミングとなったそうだ。


 やっぱりフレディリック殿下は優しい。


「でさ、リリーちゃん。王太子とノアちゃん、どっちが好きなの?」

 寮長の突然の質問にリリアーナは心臓が飛び出すかと思った。


「な、な、なんで、そんな」

 リリアーナがフレディリック殿下と会っている事は知らないはずだ。


「ここにね、贈り物が」

 ニヤニヤとしながら寮長はリボンのかかった本を出した。


 ドラゴンの本だ。


「ど、どうして、誰からって、」

「だってこのリボン王宮のだし、ドラゴン好きは1人しかいないし、持って来たのが騎士だし」

 リボンでわかるのか……。

 ここでもまたリリアーナの『常識がない』が炸裂だ。


 リリアーナは『黒色のドラゴン』をもらった時にフレディリック殿下がドラゴン好きだと知った。

 ドラゴン好きで有名とは知らなかったのだ。


「ドラゴン好き仲間です!」

 リリアーナは慌てて部屋へ逃げた。


「そう言うことにしといてあげるわ~」

 寮長の笑い声が聞こえる。


 ドラゴンの本の間にはメモが入っていた。

『俺と語れるくらい勉強しろ』

 名前は書いていないが、間違いなくフレディリック殿下だ。

 ドラゴンに興味があると知り、この本もあの本棚から譲ってくれたのだろう。

 リリアーナは本の表紙をそっと撫でた。


 その本は、以前教えてもらった黒竜がリーダーである事や、認めた者しか乗せない事はもちろん、ドラゴンの骨格や生態など専門的な事も載っていて驚いた。


 確かに『勉強しろ』だ。


「ねぇ、あなた聞いてるの? 私はエイルザ侯爵令嬢よ。あなたの家より格上なのよ」

 ツインテールの髪に派手なドレス、取り巻きを引き連れた少女が廊下を歩いていたリリアーナの前に立ちふさがった。


 平民の子が初等科で卒業してしまったため、中等科でクラス替えが行われたせいだ。

 担任の先生は変わらず同じ先生になったが、クラスメイトは選べない。

 同じ『侯爵』という立場なので、返事をしなくてもよいと理解していたが、格上とか言い出すとは。


「魔術も使えないし、何にもできないくせに」

 1ヶ月くらいで飽きてくれないだろうか。

 リリアーナは溜息をついた。


「無視するなんて!」

 取り巻きの1人がリリアーナの足を引っかけた。

 転ぶまではいかないが、バランスを崩し、よたよたする姿を見て笑う。


 前世でもここでも、やることはあまり変わらないのか。

 もっと金持ちっぽく何かできないのかな。

 侯爵令嬢なのでしょう?

 そんなリリアーナの態度が気に入らないのか、ツインテールが大きな声で罵り始めた。

 周りは関わり合いにならないように、廊下をさけて通っていく。

 リリアーナは何度目かの溜息をついた。


「……あれは?」

 学園の視察に来ていたフレディリックは、騒がしい廊下を指差しながら学園長へ尋ねた。


「あ、あれは、その。なんでしょうな」

 学園長の焦った様子を無視し、フレディリックはそのまま廊下を進む。


 あの黒髪の小さい子はリリアーナだろう。

 雰囲気的にいじめにあっているように見える。

 中等科になると平民がいなくなるため、貴族同士のいざこざが増えるのだ。


「彼女はフォード家だが、後見人がウィンチェスタ家だから、彼女の方が格上ではないかな?」

 突然の声に周りが一気にどよめいた。

 数人の女生徒は悲鳴をあげながらも、うっとりとフレディリック殿下を見ている。


 聞き覚えのある声にリリアーナも振り返った。


 フレディリックが廊下を進むと、周りが一斉にお辞儀をし、道を開ける。

 リリアーナも慌ててお辞儀をした。


「フレディリック殿下!」

 学園長が急いで追いかけてくるが、フレディリックは気にせずリリアーナの腕をつかんだ。

 ざわざわする周りと、睨んでくるツインテール、焦る学園長、困っている騎士達。


 リリアーナは腕を掴まれたまま連行される。

 途中ですれ違う人はお辞儀をし終わると、引きずられる小さなリリアーナに驚き、あいつ何やったんだという顔で見てくる。

 学園長室へ到着すると、リリアーナは部屋に引きずり込まれた。


「お前、いじめられてるのか。小さいから」

 はぁ~。と溜息をつきながらフレディリックは、リリアーナの髪をいつものようにぐしゃぐしゃする。


「小さいは関係ありません」

 思わずいつものように返事をしてしまったが、学園長や騎士の驚いた顔を見てリリアーナは口に手をあてた。


「気にするな。いつもどおりにしろ」

 フレディリックは手をひらひらさせ、騎士を部屋から追い出した。


「学園長、この状況の把握は?」

 学園の視察に訪れて、まさかこんな現場に出くわすとは。


「申し訳ありません、殿下。お恥ずかしい限りです」

 こんな巨大な学園で、身分もバラバラな人が集まって、親が威張り散らしている人もいっぱいいて、いじめはやめましょうなんて、無理な話だ。

 きっとフレディリック殿下もわかっていて聞いているのだろう。


「俺のいた頃もこうだったのだろうな。見たことはなかったが」

 フレディリックは肩をすくめた。


「……見たことないのですか?」

 博士科までいて? リリアーナが首を傾げると、フレディリックは声をあげて笑った。


「さっきの見ただろう? 廊下を通るだけでみんなが避けるんだぞ」

 いやいや、避けてませんって。

 リリアーナと学園長は心の中でつぶやいた。

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