第16話 金色のドラゴン
北の大陸に1匹のドラゴンが住んでいました。
子竜の頃は黄竜の群れにいましたが、大きくなるとドラゴンは金色になってしまったので、ある日群れから追い出されてしまいました。
灰色、茶色、緑色、黄色、白色、赤色、黒色の種族がいましたが、金色のドラゴンの仲間はなかなか見つかりません。
北へ北へと飛び、休憩し、また北を目指し、仲間を探しましたが、とうとう北の果てまで来てしまいました。
金色のドラゴンの仲間はどこにもいなかったのです。
ドラゴンは泣きました。
1000年をずっと1匹で生きて行くのは嫌だと。
すると、北の果ての向こうから女神がやってきました。
女神はドラゴンに「人型になり竜族として生きなさい」と言いました。
女神がくれた小さなタネを飲むと不思議な事に金色のドラゴンは金髪の男性になりました。
そして女神は言いました。
「もうすぐ食糧難のドラゴンが増えるでしょう。このタネを与えて竜族を増やしなさい」
竜族になった金髪の男性は、タネを持って北の果てから子供の頃に住んでいた南へ向かって出発しました。
食糧に困っているドラゴンに彼はタネを与えました。
竜族という仲間ができた金色のドラゴンはとても喜びました――。
リリアーナは第1部を読み終え、パタンと本を閉じた。
父フォード侯爵が失踪して以来、リリアーナは夕食後にノアールの部屋を訪れるようになった。
ノアールは宿題や予習が忙しく会話はあまりないが、リリアーナは一緒の部屋にいるだけで安心する事が出来た。
リリアーナはこの本を最後まで読んでしまったが、また読み直している。
この本は3部に分かれていた。
主人公は金色のドラゴン。
第1部で竜族になり、第2部で
子供向けの本なのにハッピーエンドじゃないの? と思わず突っ込んだ。
「ノア先生、ドラゴンってどこにいるの?」
「ノース大陸のドラゴニアス帝国にいますよ」
ノアールは魔術回路を描いていた手を止め、リリアーナの方へ顔を向けた。
「遠い?」
「馬車で港まで5日。そこから船で7日くらいでしょうか」
「うーん、遠い」
ドラゴンに会うのは難しそうだ。
「竜族もいるの?」
「ドラゴニアス帝国の皇帝陛下は竜族だと初等科の授業で習いましたよ」
ドラゴンと竜族は実在するらしい。
では北の果てとかそういう地名も本当にあるのかもしれない。
『青白く光る花が一面に咲く丘で、金色のドラゴンはつがいと出会った』
「青白く光る花って何だろう?」
「すみません。花は詳しくなくて」
あ、うん。逆に詳しくても困る。
リリアーナは本の表紙を眺めた。
「その本、気に入ったのですか?」
ノアールは羽ペンを置き、ソファーに座っているリリアーナの隣に腰を下ろした。
「最後はハッピーエンドじゃないからイヤだけど……」
「ハッピーエンド?」
「せっかく第2部で結婚して子供が産まれたのに、第3部で奥さんが世界を救うために犠牲になって、救われた世界の王様に金色のドラゴンがなるの」
犠牲になってほしくなかった。
『一緒に世界を救って幸せに暮らしました』が定番ではないのか。
「では次は最後が幸せになる本を探しましょう」
ノアールはリリアーナの頭を優しく撫でた。
仲間のいなかった金色のドラゴンは第1部で仲間ができたが第3部でハッピーエンドにならなかった。
前世の裕司とだってずっと仲良く出来ていると思い込んでいたが実は違った。
私とノア先生にハッピーエンドの未来はあるのだろうか?
あと半年程でリリアーナは初等科に入学する。
平日は寮に住み、金曜にこの別邸へ戻り、月曜の朝学校へ行く予定だ。
実はまだ、初等科に行ってもノアールが土日にこの別邸へ来てくれるのか確認できていない。
「リリー?」
黙り込んでしまったリリアーナにノアールが声をかけた。
「そろそろ寝るね。おやすみノア先生」
リリアーナは慌てて立ち上がった。
本を抱えて急いで部屋から出て行くリリアーナの後ろ姿をノアールは目で追う。
「悩みは相談してくれないのですか?」
あんなに寂しそうな顔をしておきながら何も言ってくれない。
ノアールは手につかなくなった宿題を諦め、ベッドへ横になった。
「お兄様、ずるい!」
長期休暇で帰ってきた兄エドワードにリリアーナは必死で抗議した。
「この国初の『魔術剣士』になりたいんだ」
中等科騎士コース3年に進級するエドワードには魔術の授業はない。
王立学園は魔術コースと騎士コースが分かれているからだ。
「他の国には騎士なのに剣から魔術も出して戦う『魔術剣士』っていう職業があるんだ。だから長期休暇はノア先生に魔術をたくさん教わりたいんだよ」
「私だって教わりたい!」
「いいじゃん、リリーはずっと一緒だったでしょ!」
エドワードがノアールを引っ張る。
「ダメ! もうすぐ入学だから!」
リリアーナも負けずにノアールにしがみついた。
「どうせ学園で魔術使わないんだろ!」
「お兄様のいじわる!」
エドワードとリリアーナが気軽に言い合えるようになったのはつい最近。
「あとでリリーも教えますよ」
ノアールは神のように微笑んだが、リリアーナの頬はぷくっと膨らんだ。
父のフォード侯爵が失踪してからまもなく2年。
あれから父の姿も、黒い穴も見ていない。
『私とマリーのために、精々頑張るがいい』
父はいつ何をさせる気なのだろうか?
この生活はいつまで続けられるのだろうか。
リリアーナはお気に入りの木陰でぼんやりエドワードの魔術を眺めた。
「おや? 麗しの姫はご機嫌ナナメかな?」
今日も爽やかな笑顔のウィンチェスタ侯爵。
「ノア先生をお兄様に取られたの」
体育座りに頬杖をついて、頬を膨らませたリリアーナが最大級の不機嫌オーラを出す。
「それは大変だ。では私にお時間をくれますか、レディ」
くすくす笑いながら差し伸べられた手をリリアーナは掴んで立ち上がった。
ウィンチェスタ侯爵に連れられて来たリビングには数個の箱とカバン、靴、教科書の山。
「これが制服」
「かわいい!」
ボーダースカートが特徴的なブレザー。
「貴族の子は着ないけれどね」
「どうして着ないの?」
「おしゃれしたいだろう?」
女の子は特にね。と笑った。
前世の小学校は体操服!
中学・高校は制服!
何にも問題なし!
「初等科が赤ライン、中等科が黄色、高等科が青、専門科が黒、博士科が白だから、上級生には気をつけるのだよ」
ウィンチェスタ侯爵が心配そうな顔をした。
あ、虐められるとかかな。
気をつけよう。
「ドレスの場合も学年の腕章を腕につけているから色で判別可能だよ。リリアーナの事情を知っているのは学園長、保健医、寮長と担任だけ。何か困ったらノアールを頼りなさい」
「はい、おとうさま」
「エドワードの教科書をフォード家から持ってきたからね。あとは、寮の部屋の鍵」
胸ポケットからチャリっと鍵が出された。
合鍵を合わせて2つ。
「部屋は寮長室に1番近い所だ。初等科で寮に入る子はいないから」
「おとうさま、ありがとう」
リリアーナは鍵を受け取り、ぎゅっと両手で握りしめる。
できるだけ迷惑をかけないように寮で生活したいと言ったが、実はそちらの方が我が儘だったのかもしれない。
「何か困ったらすぐ言いなさい」
ウィンチェスタ侯爵はリリアーナの頭を優しく撫でた。
優しい手。
ウィンチェスタ侯爵が本当の父だったらよかったのに。
今だけ、少しだけ甘えても良いだろうか?
リリアーナはウィンチェスタ侯爵をチラッと見た。
「うん?」
ウィンチェスタ侯爵はどうかしたかな? と優しく笑う。
「……おとうさま」
リリアーナはゆっくりウィンチェスタ侯爵に抱きついた。
ふわっと森のような良い香りがする。
「……あの人は……いつ」
強張るリリアーナの身体をウィンチェスタ侯爵は優しく受け止める。
「私を、いつ……」
いつ迎えに来ますか? となかなか口に出せない。
この2年、今日来るかも明日来るかもと怖かった。
暗闇が怖くて魔道具のランプを消して眠ることもできなくなった。
邪魔だとわかってはいたが眠る直前までノアールの部屋で過ごし、できるだけ一人にならないようにした。
ずっと不安で怖かった。
そしてその恐怖はまだ続く。
あの人が来るまで。
「推測に過ぎないがリリアーナが何かの魔術を使えるようになった時ではないだろうか」
いつもの優しい声ではなく、凛とした声。
スッと心に落ちる声にリリアーナは頷いた。
「だから今すぐではないよ。安心して学園に通いなさい」
最後は優しく甘く耳に届く。
リリアーナの涙をそっと手で拭い、顔を両手で優しく包むと、ウィンチェスタ侯爵はリリアーナのおでこにそっと口付けした。
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