第15話 指輪

 予想通りまた論文フィーバーが訪れた。

 16歳という若さと論文の内容、そして実物の手錠は再び国を飛び越えて有名となった。


「手錠をぜひ我が国にも!」

 問い合わせが殺到し、国同士の外交は順調だと国王陛下は喜んでいるらしい。

 魔術師団長の溜息が聞こえてきそうだ。


「リリー、右手を出してください」

 ノアールはリリアーナに向かい合い、自分の左手を差し出した。

 この手の上に乗せろという事だろうか。

 リリアーナは言われたまま素直に手を乗せた。


 ノアールはリリアーナの手を軽く握ると、片膝をつく。


「ノ、ノ、ノア先生?」

 右手の薬指に冷たい何かが通り、驚く間もなくそのまま手の甲に口づけ。

 まるで映画のプロポーズみたいな状況にリリアーナは真っ赤になった。

 指には銀色のシンプルな指輪が見える。


「こ、こ、これ……」

「これでリリーは私のものですね」


 む、む、無理! 死ぬ!

 心臓止まる!

 リリアーナは今にも倒れそうな自分を自覚した。

 顔が熱い。

 背中も、身体中が熱い。


 口をパクパクしているリリアーナを見たノアールはくすっと笑った。

 立ち上がり、もう1度繋いだ手の指に口づけする。


 いつからそんなキャラですか――!

 リリアーナの声にならない叫びを知ってか知らずか、ゆっくり手は離された。


 リリアーナは右手の指輪を眺めながら手をグーパーしてみた。


 ……指輪がはまっている。

 自分の手に。

 なんだこれは。

 夢か?

 夢だな。


「夢ではないですよ?」

 どうやら声に出ていたらしい。

 ノアールに突っ込まれてしまった。


「婚約指輪兼、魔道具です」

 遅くなりましたとノアールは微笑んだ。


「魔術師団長と相談をして『闇』属性のみ残す事になりました」

「闇?」

「全く魔力がない状態で学園生活は無理なので」


『火』『水』『風』『土』は初級でも的に当ててレベルを見る事が可能だ。

『光』は、初級でほんの小さな傷が治せるレベル。


「初級の『闇』ができる事は知られていないのです。だから見える成果がなくても仕方がないと教師に判断されます」

 光と闇は珍しく、数十年に1人いるかどうか。

 実際にノアールも今まで1人も学園で会った事はないという。


「魔術師団長が学生だった頃にいた唯一の『光』属性の女性は、国王陛下の正妃様です」

「正妃様!」

 だから王子妃を望むならと神託の前に言われたのか。


「指輪が小さくなったら新しい物を贈ります。次はもう少し細い指輪にできるよう頑張りますね」

「ありがとう、ノア先生」

 大切にします!

 今度は絶対取られないように。


「魔術師団長が、魔術の練習は今まで通り続けるようにと」

 魔力を抑えるのではなく、対抗できる力をつけた方がいざという時に自分の身を守る事ができる。

 フォード侯爵の目的はわからないが、何よりもリリアーナの命を優先したい。

 それが国王陛下、教皇、魔術師団長、ウィンチェスタ侯爵の出した結論だった。


「魔術の練習中はこれに」

 ノアールは銀色のシンプルなチェーンをリリアーナに手渡した。

 

 魔術の練習中はネックレスとして身に着けていてほしい。

 ただの独占欲だと自分でも理解している。

 父にバレたら揶揄われるに決まっているけれど。


「少し長かったですね」

 指輪は服の中に入り、見えなくなった。

 でもこれなら学園へ行く年齢になっても使えそうだ。


「ノア先生、ありがとう」

 リリアーナはネックレスの指輪を服の上から握りしめながら嬉しそうに微笑んだ。



 ノアールとリリアーナが婚約して3年。

 リリアーナは9歳になった。

 ノアールは16歳。

 王立学園専門科3年だが、すでに王宮魔術師団に所属中だ。


 お兄様に聞いた所「スーパーエリートすぎて神レベルに恐れ多い」らしい。

 最近、お兄様は不思議な言い回しが多い。

 騎士コースのお友達に変な影響を受けていそうだ。


「かわいい妹さんですね」

「ノアール様、妹さんがいたのですね」

 今日はノアールと初めての街デート。

 煌びやかなお姉様達に囲まれるのは何度目だろうか。


 行く先々で「すごい発見だった」「手錠すげぇな」「これからも頑張れよ」とお店の人に声をかけられ、少し歩けばお姉様達に捕まる。


 まだ街は早いんじゃないかな? と言ったおとうさまの言葉は正しかったとリリアーナはしみじみ思った。


「すみませんリリー。普段はもう少し遅い時間に来るのでこんなに声をかけられる事はなくて」

 ノアールは困った顔をしながら雑貨屋の扉を開けた。


「すごい、インクがいっぱい」

「好きな色を選んでくださいね」

「いつもの焦げ茶色はこれ? 茶色だけでも5種類ある!」

 こんなに種類があったんだ。

 リリアーナは手に取り、光に当てて色を確認して棚に戻す。


「カラーペンみたいにノートを色分けするのも楽しいかも。マーカーみたいに本に線を引くものもあるのかな?」

 リリアーナはお店をキョロキョロ見渡し、手に取り、次の棚へ行く。


「気になる物はありましたか?」

「羽ペンのもっと太いものが欲しいけれど」

「太いもの?」

 リリアーナはマーカーのイメージを説明した。


「本に線を引くのですか。面白い事を考えるのですね」

 どうやら教科書には線を引かないらしい。

 そういえばお兄様のお下がりの本には線や落書きは一切なかった。


「これと? これと?」

 ノアールがどんどん手に取って行く。


「そ、そんなにたくさんっ」

 リリアーナはノアールの手から棚に戻した。


「手に取って見ていたでしょう?」

「見ただけで買ったら全てお買い上げになっちゃうよ!」

 そして買えそうな財力が怖い!


 魔道具を販売すると考案者にお金が入るのだと、以前おとうさまが教えてくれた。

 三男だから余計なものはついておらず、名誉とお金があるピチピチの19歳。

 絶対モテるよね!


「好きなだけ選んで良いですよ」

 ノア先生ダメです!

 その笑顔は反則です!


 リリアーナは倒れそうなお姉様を横目に、いつもの焦げ茶のインクと、オレンジのインク、羽ペン、新しいノートをおねだりした。


「ここが本屋です」

「うわぁ、上までぎっしり本が詰まっている」

「貴族はここで教科書を買うのですよ」

「貴族以外は?」

「国からもらえます。リリーはエドワードくんの教科書があるので買わなくて大丈夫ですよ」

 そうか、お兄様のが使えるんだ。

 教科書改訂とかないのね。


「この辺りが物語です」

「ノア先生、自分の本も見てきていいよ。私ここで本を探すから」

「大丈夫ですか?」

 過保護だなぁ。

 心配そうなノアールをリリアーナは笑った。


「隣の列にいるので、何かあったら呼んでください」

「はぁい」

 リリアーナは棚の1番目立つ場所にあった本を手に取った。


 文字の本みたいだ。

 これは少し子供っぽい。

 棚に戻し、次の本を手に取る。

 

「おっと、悪い」

「あ、すみません」

 少し薄暗く、狭い本屋の通路。

 小さいリリアーナとぶつかりそうになった茶髪の青年は見事な反射神経で避けた。

 

「……お前は」

 暗い店内でもわかる黒い髪・黒い眼。

 珍しい見た目の少女。

 この少女には見覚えがある。

 ウィンチェスタ侯爵に連れられ、王宮の廊下をビクビクしながら歩いていた少女だ。


「リリー?」

 棚の向こうから聞こえるノアールの声に青年はニヤリと笑う。


「やっぱりそうか」

 一緒にいるのはウィンチェスタ三男。

 やはり間違いない。

 この娘は国王陛下が気にしていた少女だ。


 リリアーナの黒い髪をくしゃくしゃと撫でると、表紙にドラゴンの絵が書かれた分厚い本を片手に去って行く。


「やっぱりそうかって? 何が?」

 リリアーナは首を傾げながら、茶髪の青年が去った方向を見つめた。


「リリー、大丈夫ですか? 彼に何か言われましたか?」

「ぶつかりそうになったのを避けてくれたの」

「なぜこんなところに……」

 第一王子フレディリック殿下が護衛も付けずに街の本屋にいるなんて。


「知ってる人?」

「えぇ。学園の先輩です」

 リリアーナに会わせたくなかった。

 彼はリリアーナが『全属性』だと知っているのだろうか?

 

 奪われたくない。

『私なら腕の中に閉じ込めて誰にも見せないけどね』

 父の言葉を今更実感するなんて。

 

「良い本はありましたか?」

「えっと、これ……」

「『金色のドラゴン』? 読んだ事がないですね」

「これ読んでみたい」

「わかりました」

 タイトルとドラゴンの挿絵だけで決めてしまった物語だが、ドラゴンが出てくるので楽しみだ。

 

「またノア先生と街に行きたいな」

 買ってもらった本は枕元に。

 魔道具の明かりはいつものように付けたままでベッドへ。

 たくさん歩いて疲れたからだろうか。

 リリアーナはいつもより早く眠りに落ちた。


 

 その日は夢を見た。

 金色のドラゴンの本を買ったはずなのに、夢に出てきたのは真っ黒なドラゴン。


 あぁ、『彼』は鈴原莉奈からリリアーナになる間の真っ白なセカイで会ったドラゴンだ。

 理由はないが、なぜかそう思った。


 輝くような金眼、漆黒の身体、大きな翼のドラゴン。

 全長8メートルはありそうだ。

 ツルツルなのだろうか、それともザラザラなのだろうか?

 ドラゴンふれあいパークのようなものはこの世界にあるのだろうか?

 

 目が合っても襲われない。

 それどころか温かい気持ちになれるのはなぜだろう?

 

 黒いドラゴンは真っ白な空を飛んでいく。

 

「また会いたいな」

 いつか夢ではなく本当に会える気がする。

 ただの願望かもしれないけれど。

 

 目が覚めたリリアーナは枕元の『金色のドラゴン』の本をギュッと抱きしめた。

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