第14話 共犯
「ギリギリ耐えられる強風で呼吸を制限し、竜巻で身体を吹き飛ばし、本来なら腕が裂けてしまうようなカマイタチで壁から弾いてリリアーナを追い詰めている」
さすが風の一族。
少しでも加減を間違えてしまえばリリアーナの命はないだろう。
魔術師団長は眉間にシワを寄せた。
「おとうさ……ま?」
やっとの思いで声を出すが、すぐに竜巻でまた吹き飛ばされた。
「……まだ続けなくてはならないのかね」
さすがに見ていられないと教皇がマジックミラーへ手を伸ばす。
リリアーナは痛くて立てなくなってしまった足に左手をそっと乗せた。
手のひらがじわっと温かくなる。
左手で足首を撫でると、ふっと痛みがなくなった。
「治癒魔術!」
隣の部屋の3人の声が重なる。
「これが光属性の上級魔術!」
左手から光が出ているのを確認した教皇はすごいと目を見開いた。
ウィンチェスタ侯爵は、その場にへたり込んでいるリリアーナに向かって右手を伸ばした。
次の瞬間、リリアーナの身体を取り巻く風がさらに強くなる。
風に拘束されたリリアーナの小さな身体は床から持ち上げられた。
「あれは何だ?」
「黒の魔法陣!」
見たこともない魔法陣に国王陛下と魔術師団長が驚く。
「あれは誰ですか? リリアーナ?」
教皇はリリアーナの上にうっすらと見える鈴原莉奈の姿を指差した。
魂の姿という表現が正しいのだろうか。
見慣れない服。
足に絡まっている蔓。
蔓は見知らぬ魔法陣の真ん中から伸び、どこへ繋がっているかわからない。
ウィンチェスタ侯爵はまだ使っていなかった緑の魔道具を手に取った。
震えながら泣いているリリアーナの横まで行き、黒の魔法陣の上に緑の魔道具を置く。
カチッとボタンを1回押すと再び緑の魔道具を手に取りテーブルに置いた。
風魔術を全て止めると、立つ力も残っていないリリアーナが床に手をつく。
「……来……ないで」
怖い。
苦しくて怖い。
泣きながら拒絶するリリアーナ。
「……だ……いや……いやだ」
もう動けないリリアーナは逃げることもできない。
息も苦しく、体力も残っていないリリアーナをウィンチェスタ侯爵はヒョイと抱き上げた。
「ごめんね、リリアーナ」
その声は優しい声。
いつものおとうさまの声だ。
どういう事?
何なの?
いろいろ聞きたい事があるのに声が出ない。
何もわからないままリリアーナの意識はそこで途切れた。
ウィンチェスタ侯爵は赤い魔道具のボタンをカチッと押した。
続けて青の魔道具も。
後悔ともとれる溜息をつくと、マジックミラーの方を見た。
国王陛下、教皇、魔術師団長が元の部屋に戻り、端に寄せたテーブルと椅子を騎士達が直す。
騎士の1人、ウィンチェスタ家の次男がリリアーナの泣き顔を覗き込むと、父にジロッと睨まれた。
「本人が覚えていないとはいえ、何だか可哀想だな」
国王陛下がリリアーナの頭を撫でた。
「貴重な物を見る事ができたが、やりすぎでは?」
魔術師団長も肩をすくめる。
「この子はなぜこんなに苦労しなくてはいけないのか」
教皇はリリアーナの涙を指ですくった。
騎士達が退出し、魔術師団長が再び防音の白の魔道具を発動させる。
テーブルの上には魔道具が4つ。
防音の白、忘却の赤、シールドの青、そして緑。
「これは?」
魔術師団長が緑を指差した。
黒の魔法陣の上に置いただけの魔道具。
「横のボタンを」
緑の魔道具から先ほどの黒の魔法陣が映し出される。
サイズは実物よりかなり小さい。
だが、魔法陣の雰囲気はわかる。
「お前はまたとんでもない物を」
とうとう国王陛下はセットされていた髪をぐしゃぐしゃと掻きむしった。
「覚える時は、上と横と同時に押します。青と緑を作るのに3年もかかりましたよ」
にっこりと微笑みながらウィンチェスタ侯爵はリリアーナの髪を撫でた。
ノアールとリリアーナが婚約してから3年。
初めてリリアーナの黒い魔法陣を見て3年。
ようやく魔法陣を記録できた。
これで調べ易くなる。
「……フォード侯爵が父親だったのも可哀想だが、お前に目をつけられた事の方が可哀想かもしれないな」
国王陛下は頬杖をつきながら大きな溜息をついた。
目が覚めた時、なぜかおとうさまに抱っこされていた。
「どんな夢を見ていたんだい?」
「夢?」
涙の跡をそっと撫でながら尋ねられたリリアーナは首を傾げた。
「ショコラをたくさん入れるように指示しておいた」
国王陛下にウィンクされ、魔術師団長からはノアールの身分証を首に掛けられ、教皇からは1冊の分厚い本をもらった。
途中からよく覚えていないが、顔合わせは無事に終了したらしい。
「それで、どうしたらこうなるのですか?」
ノアールは眉間に皺を寄せながら、身分証と手錠50個を交互に見た。
「王宮魔術師団 魔道具開発班 特別班員とは?」
「立入証を頼んだけれどね。ははっ、魔術師団長にやられたね。ノアールを養子にできなかった仕返しをこんな所でされるとは」
もし養子にしていたら間違いなくノアールは王宮魔術師団で働いていただろう。
見事に誘導されてしまった。
「学園に通いながら、魔術師団が所有する最新の道具で魔道具作りができる最高の環境を提供されたのだよ」
よくわかっていないリリアーナにウィンチェスタ侯爵が説明してくれる。
ノアールは手錠50個を見て溜息をついた。
「共犯だろう?」
神託を覆した罪。
主犯がウィンチェスタ侯爵、実行犯がノアールだ。
ウィンチェスタ侯爵がにやりと笑う。
「それで父上は何を?」
本来なら侯爵家が無くなってもおかしくないほどの罪だというのに、どうやら許されたらしい。
何かあったら隣国へ逃げろと言われたが、その必要もなさそうでノアールは少し安心した。
「リリアーナの保護と調査ってところかな?」
「父上だけズルくないですか?」
主犯なのにと溜息をつくノアール。
「あぁ、ノアールは論文も出すようにと。陛下が」
陛下の指示だから従わないとねと笑うウィンチェスタ侯爵をノアールは恨めしそうな表情で見た。
「罪人を捕まえた時、詠唱されないように口を塞ぐだろう?」
「えぇ。共犯者の名前や供述がすぐ取れないので対応の遅れが問題視されていると学園で習いました」
「手錠に魔力無効化の効果がつけば、その場で一網打尽にできる可能性が出てくるね」
そんな論文を書き、魔力無効化の手錠と共に提出せよ。
それが国王陛下からノアールへの命令だった。
リリアーナは自分のせいだと言わんばかりの悲しそうな目でノアールを見上げた。
前回論文を出した時のフィーバーでノアールもウィンチェスタ侯爵家も大変だったのは知っている。
もう論文を書きたくないと思っていることも。
「リリー、謁見は怖くなかったですか?」
「途中から寝てしまって。あ、おにいさまに会ったよ」
人懐っこい犬のようなおにいさま。
「手を振ってくれたの」
あぁ、あの兄なら振りそうだ。
父もいるのに国王陛下の横で手を振る兄。
さすがというべきだろうか。
自分なら絶対できない。
「あとは教皇様に本をもらったけど、難しくて読めない」
テーブルの上に置かれたお菓子の箱と、その横の本の方をリリアーナは見た。
分厚い本はこの国の建国記。
「高等科の時、図書室で借りて読んだ事があります」
もっと子供向けの物はなかったのだろうか。
「毎日少しずつ一緒に読みましょう。では荷物を置いてきますね」
「これは部屋に運んであげよう」
ウィンチェスタ侯爵は手錠50個の箱を持ち、ノアールと共にリビングを出て行く。
リリアーナはソファーへ座り、ショコラを1口頬張った。
「むぅぅ! チョコ最高!」
リリアーナはたくさんのチョコレートを前に、にやけた顔を抑える事は出来なかった。
「……何ですか? 父上」
「リリアーナが魔力を全部なくしてほしいそうだ」
「全部?」
「婚約指輪なら学園でもつけたまま生活できる。指輪で魔道具を作って欲しい」
そのために魔術師団の最新の道具を使用できるようにしてもらったとウィンチェスタ侯爵はノアールの身分証を指差しながら説明する。
「あと、見せておきたいのはこれだ」
ウィンチェスタ侯爵はポケットから緑の魔道具を取り出し、横のボタンを押した。
映し出される見知らぬ魔法陣。
「本でも見た事がないですが」
このような円のバランス、円の数の魔法陣は見た事がない。
魔術に関する本はたくさん読んだはずなのに。
「リリアーナにこの魔術がかけられている」
ウィンチェスタ侯爵は映し出された魔法陣の上を指でトントンと叩いた。
「闇の魔法陣だと思う」
これを調査する事が国王陛下からウィンチェスタ侯爵への指令だった。
2年間調べ、やっと闇の魔法陣だという所まできた程度だと言われたノアールは驚いた。
2年前といえばノアールとリリアーナが婚約した時期。
その時からわかっていたということだ。
「フォード侯爵の目的もわからない。リリアーナを守ってくれ」
父の言葉にノアールは頷いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます