第12話 本当の神託

 魔力測定器を借りてくる間、会議は休憩となった。


「好きなだけ食べなさい」

 国王陛下の許可をもらったリリアーナは大好きなチョコレートを頬張った。

 

 やっぱり疲れた時は甘いもの!

 チョコ最高!


「美味しいかい?」

 ウィンチェスタ侯爵の問いにリリアーナは満面の笑みで答えた。


「焼き菓子よりショコラがいいのかい?」

 大人だねと笑いながらウィンチェスタ侯爵は優雅に紅茶を飲む。

 リリアーナはもう一枚ショコラを手に取ると、溶ける前に慌てて口に放り込んだ。


 魔力測定器が届き、防音の魔道具を再び開始する。

 魔力測定器は1属性につき小さなビー玉のような球が7つ。

 7段階×6属性。

 神託で使ったものと同じだった。


「1段目は魔力はあるが初級発動ほどではない。2段目が初級魔術(低)、そして7段目が上級魔術(高)で最高レベルだ」

 魔術師団長が指を差しながら説明してくれる。


「神託の時は水が7段、その他は全て1段でした」

 ウィンチェスタ侯爵が当時の結果を報告すると、教皇は手帳を見ながら頷いた。

 

 何が出るか少し怖い。

 リリアーナは全員に見守られながらそっと手を置いた。


「はは……は、これは」

 国王陛下の顔が引き攣る。


「……これが神託で出たら収拾が付かなくなる所でした」

 教皇は溜息を。


「あぁ、神託で出なくて良かった」

 魔術師団長までもがそう言った。


 水7、火6、風5、土5、光7、闇3。

 3属性が上級、さらに2属性が中級、1番低い闇でさえ初級(高)だ。


「神託は1属性が初級という子が大多数だ」

「ノアールでさえ当時は水3、火2、風6、土1、光0、闇0だったのだよ」

 教皇とウィンチェスタ侯爵がリリアーナに説明する。


「魔力は0でない限り訓練で上級を目指す事が可能だ。3割は初級まで、1割にも満たないが中級・上級になる可能性もある」

 魔術師団長は具体的な人数を交えながらリリアーナに教えてくれた。


「教会と魔術師団が取り合おうとしたのは、光・闇の子はとても貴重だからだよ」

 魔力は0ではない限り、使えるようになる可能性がある。

 だから引き取って訓練させようとした。

 リリアーナはようやく当時の状況が納得できた。


「……なるほど」

 国王陛下が頭を抱える。

 教皇はハンカチで汗を拭いながらメモを取り、魔術師団長は腕を組んで天井を見上げてしまった。


 やっぱりどこかに引き取られるのだろうか。

 目の前の書面が入った封筒をしばらく見つめた後、リリアーナは俯いた。

 ウィンチェスタ侯爵はリリアーナの頭を優しく撫で「大丈夫だ」と小さな声で励ます。

 リリアーナは涙が出そうだった。


「……神託で魔道具を使ったと言ったな?」

「はい。おそらくフォード侯爵に取られました。見つからないので」

 国王陛下の問いに肩をすくめながらウィンチェスタ侯爵が答えると、3人はまた沈黙する。


 国王陛下はリリアーナの前の封筒を確認し、溜息をついた。


「その魔道具は全属性を使えなくする事は可能か?」

「最初はそちらで作り始めました」

 ウィンチェスタ侯爵が国王陛下に答えると、国王陛下は頬杖をついた。


 無意識なのだろう、国王陛下はしばらく貧乏ゆすりをする。

 はぁと大きく溜息をつくと国王陛下は頬杖をやめ、頭をボリボリと掻いた。


「罪人の手錠で全属性無効の魔道具を作れ。そうだな、50個くらい作ってもらおうか。それを魔術師団へ。あとはノアールに論文を書かせろ」

「寛大な御心ありがとうございます。陛下」

 国王陛下の言葉にウィンチェスタ侯爵は嬉しそうに微笑んだ。

 

 情状酌量。

 神託を覆すと言う事は、大臣職の辞任どころか侯爵家の取り潰しにあってもおかしくないほどの大罪。

 それを魔道具50個で許すと言うのだ。


「製作する時に魔術師団の道具を借りても?」

「いつでも使えるようにノアールに魔術師団の立入証を発行しよう」

「ありがとうございます、魔術師団長」

 至れり尽くせりだ。


「おとうさま。あの、私にもその手錠をもらえませんか?」

 リリアーナの言葉に大人4人が凍りつく。


「どうしてかな?」

「……魔力を、父が、」

 なんと言えば良いだろう。

 上手く言葉にならない。

 リリアーナはギュッと手を握った。

 少し巻き込んだスカートに皺が寄る。


 リリアーナは纏まらない言葉で説明を始めた。

 父に言われた言葉を思い出しながら、できるだけみんなに伝わるように。


『闇かと思ったが、光ならば好都合』

『早く私の役に立て』

『私とマリーのために、精々頑張るがいい』


 フォード侯爵が何を考えているかはわからない。

 だが、まだ何かしようとしていることだけはわかる。


「だから……私は魔術を使えない方が良いと思うのです」

 リリアーナの涙が頬を伝い、手の上に落ちた。


 父だと思っていた男に罵倒され、暴力を振るわれ、まだこれから利用されるという。

 こんな小さな子供が。

 国王陛下は目を伏せた。


「今は良いが、学園で魔術が使えないというのは」

 魔術師団長はウィンチェスタ侯爵と目を合わせた。


 学園は貴族も平民も一緒に過ごす。

 身分差によるいじめもあるが、魔力差によるいじめも当然発生する。

 どんなに教師が目を光らせようとも、隠れて行われることを防ぐことは難しい。


「水だけでも残したらどうかね。神託は『水』となっているし」

 教皇の提案にリリアーナは首を横に振った。


「水は……ハズレなのです」

「ハズレ?」

 

『なぜだ! ハズレではないか!』

 怒鳴る父の声を今でも鮮明に思い出す。

 

「父が……」

 リリアーナはとうとう堪えきれずに声をあげて泣き出してしまった。

 大人4人は困った顔を見合わせる。


「リリアーナ、大丈夫だから。ノアールに全て任せておきなさい」

 ウィンチェスタ侯爵は椅子から立ち上がりリリアーナを抱っこした。


 リリアーナの頭を自分の肩にのせ、腕を首に巻きつかせる。

 体勢が安定すると、ウィンチェスタ侯爵はリリアーナの頭を優しく撫でた。


 嗚咽を上げながら泣く8歳の少女。

 国王はウィンチェスタ侯爵が準備した書面の意味が初めて分かったような気がした。


「すまんな。外せない用事があってな。一時間程で戻る」

 国王陛下は騎士に囲まれ退室した。

 教皇も少し気分転換をしてくると退室し、魔術師団長は魔力測定器の返却とノアールの立入証発行のため部屋を出ていった。


 ウィンチェスタ侯爵はリリアーナを抱っこしたまま背中をポンポンとあやし続ける。


「おとうさま、ごめんなさい」

 うまく説明できないどころか、泣き出して何も言えなくなってしまった。

 最悪だ。

 22歳+8歳にもなるというのに恥ずかしい。

 抱っこされ、あやしてもらっている。

 これでは完全に子供ではないか。


「しっかり的確に受け答えできていると思うよ」

 大人でさえ国王陛下を前にすると話せなくなる者は多い。


「神聖な教皇に話しかけるのは勇気がいるし、魔術師団長なんて怖くて近寄れないのだよ」

 ウィンチェスタ侯爵はくすくす笑いながらリリアーナを励ます。


「時々、君が本当はもっと大きな、大人の女性なのではないかと感じる時がある」

「そ……うですか」

 リリアーナの微妙な反応にウィンチェスタ侯爵は確証を持った。

 

 以前、リリアーナの魂の姿を見た。

 見慣れない服を着た大人の女性の姿。

 ただ、リリアーナ自身がそれを知っているとは限らない。

 敢えて伝えることでリリアーナの反応を見たが、この微妙な回答は自覚があるという事だ。


「ノアールより年上なのかい?」

 一瞬誤魔化そうかと考えたが、リリアーナは小さく頷いた。

 誤魔化してもたぶん通用しない。

 それに、ウィンチェスタ侯爵には嘘をつきたくなかった。


「そうか」

 ウィンチェスタ侯爵はそれだけ言うと、リリアーナをぎゅっと抱きしめた。


 私の本当の年齢を知っても、変わらず子供として接してくれるという事なのだろう。

 リリアーナもウィンチェスタ侯爵にぎゅっとしがみついた。

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