第11話 偉い人
神託から4ヶ月。
リリアーナは先週8歳になった。
「あの人に『なんで水だ、自分の子ではないのに』と言われて突き飛ばされたんです」
それ以上はウィンチェスタ侯爵にもノアールにも言えなかった。
どうしても『誰にも愛されない娘』だと、自分の口から言いたくなかったからだ。
あれから父の行方はわからないまま。
目撃情報もなく、本邸に帰った形跡もないまま日々は過ぎて行った。
「おとうさま、む、むりです。もう無理。帰りたい」
王宮のキラキラした廊下を歩きながら、リリアーナはウィンチェスタ侯爵にしがみついた。
「ははっ、リリアーナ。大丈夫。陛下は気のいいおじさんだから」
ウィンチェスタ侯爵は歩き慣れた廊下を進み、部屋の扉を開けながらリリアーナにウィンクする。
全然大丈夫じゃありません!
今日は国王陛下、教皇、魔術師団長との顔合わせの日。
なかなか決心がつかなかったが、ウィンチェスタ侯爵の指示だけは従おうと思った。
だが、このキラキラの廊下を歩くだけで早くも決心は揺らぎそうだ。
「国王陛下ってテレビで見るくらいしか出来ない雲の上の人で、」
「うん? テレビって何かな?」
質問されて初めて自分がテンパっている事に気がついた。
この世界にテレビなんてあるはずがない。
「えーっと、バルコニーで手を振っているのを遠くから一目観られるかどうかの、」
「手を振ればいいのかい?」
あぁ、ダメだ。もう頭がパニックだ。
リリアーナはウィンチェスタ侯爵に持ち上げられ、大きな椅子に座らされた。
20畳程のシンプルな部屋だが、この椅子は絶対に高い!
ふかふかで、座り心地がいい。
このテーブルだって横に模様が彫られているし。
あぁぁぁ、手に変な汗をかいてきた。
心臓がバクバクする。
ウィンチェスタ侯爵は顔面蒼白のリリアーナを優しい緑の瞳で見つめた。
ガチャと扉が開くとウィンチェスタ侯爵が立ち上がり、リリアーナも椅子から下ろされる。
白い服のおじいちゃん。
神託で教会の人が着ていた服をちょっとキラキラにした感じ。
きっとこの人が教皇様。
黒い服のおじさん。
神託で魔術師団の人が着ていた服と同じだから、きっとこの人が魔術師団長。
白い服の騎士様が二人。
そして普通の優しそうなおじさんは誰?
また騎士様二人。
そしてパタンと扉は閉まった。
『陛下は気のいいおじさんだから』
ウィンチェスタ侯爵のさっきの言葉が蘇る。
リリアーナがウィンチェスタ侯爵を見上げると笑顔が返された。
本当に、本当に、気のいいおじさん?
もっとキラキラの服とか、ふさふさのマントとか、偉そうな態度とか、光り輝くオーラとか何かないの?
本当に?
騙していない?
ドッキリとかではないの?
リリアーナはもう一度見上げたが、お辞儀をしたウィンチェスタ侯爵とは目が合わなかった。
「……リリアーナ・フォードです。お目にかかれて光栄です」
とりあえずスカートを少し持ち、精一杯の挨拶をした。
笑顔はひきつっていると思うが仕方がない。
「ははは、なかなか行動力と観察力がある」
国王陛下はリリアーナの頭を撫でると、一番奥へ着席した。
騎士4人は国王陛下の後ろの壁際に並ぶ。
あぁ、本当に国王陛下なのね。
リリアーナは一気に疲労感が押し寄せた気がした。
国王陛下の右側に魔術師団長、左側に教皇、教皇の隣にウィンチェスタ侯爵とリリアーナが座る。
ピシッと立った白い服の騎士。
これが兄の目指している騎士様なのだろうか。
絶対似合います! お兄様!
リリアーナは心の中でガッツポーズをした。
「騎士が気になるようだ。何を考えている?」
国王陛下がリリアーナを見て笑う。
ひぃぃぃ。
おとうさま、ムリムリムリムリ。
国王陛下が何か言っています。
ロボットのようにぎこちない動きで首を横に回し、ウィンチェスタ侯爵を見たが優しく微笑まれた。
言いなさいと言う事だ。
「兄が……騎士コースなので、その、似合うだろうなと……白い騎士服が」
何ですか、この罰ゲーム!
イケメンに成長するだろう金髪キラキラの兄エドワードの騎士姿に萌える妹って変態ですか?
「……そうか。仲が良いのだな」
あ、これ兄妹じゃないって知っているパターン。
少し暗いトーンで返されたリリアーナは気遣う大人達の、気まずい雰囲気を察知した。
国王陛下は軽く手を上げ騎士達に合図する。
騎士は一礼すると扉の方へ歩き出した。
先頭の一番若そうな緑髪の騎士がリリアーナに小さく手を振る。
人懐っこそうな犬のような人。
先輩騎士に怒られる様子を見たリリアーナはくすっと笑った。
「……次男だ。ノアールの兄」
パタンと扉が閉まると、ウィンチェスタ侯爵が溜息をつく。
「おにいさま――!」
リリアーナが驚く様子を大人4人は面白そうに眺めた。
「コロコロと表情が変わるな。8歳だったか? しっかりしているし周りの大人の空気をよく観察しているな。なんともまぁ不思議な娘だ」
自分の8歳の息子と随分違うと国王陛下は口の端を上げる。
教皇と魔術師団長も興味深そうにリリアーナを眺めた。
ウィンチェスタ侯爵はテーブルの上にある白いチェスの駒のような魔道具のボタンをカチッと押した。
白い魔道具は防音の魔道具だ。
「僭越ながらこちらに署名を。リリアーナを安心させるための書面です」
「署名?」
リリアーナの話したくない事は無理に聞き出さない事。
意志を無視した行動は行わない事。
リリアーナに関する事は機密とし必要最低限の関係者のみにする事。
リリアーナのために行動したことに関し情状酌量の余地を与える事。
これらを守ると言う誓約書だ。
「この情状酌量とは」
国王陛下の眉間に皺が寄る。
「お前、何かやっただろう」
「署名を頂けたら謝罪します」
ウィンチェスタ侯爵は緑の瞳を細めて笑った。
はぁ。と溜息をつくと、国王陛下はサラッとサインした。
教皇も、次に手渡された魔術師団長も溜息をつきながらサインを。
最後にウィンチェスタ侯爵がサインし、リリアーナへ手渡す。
「私もサイン?」
首を傾げると、ウィンチェスタ侯爵は笑った。
「この3人の署名が揃うのは貴重だよ。うちの家宝にでもしようか」
「私が持っていればいいの?」
封筒を手渡されたリリアーナは書面を封筒に入れ、自分の目の前に置いた。
「では、時系列で説明します」
ウィンチェスタ侯爵はリリアーナとノアールが初めて会話した日からフォード侯爵が姿を消すまでの経緯を端的に説明した。
「ちょっと待て、6歳で火が使えたとは」
魔術師団長が説明を止める。
「その子は神託で『水』ではなかったかな?」
教皇も口を挟んだ。
すでに大混乱だ。
リリアーナは俯き、膝の上の自分の手をグーパーしながら現実逃避した。
「先ほどの情状酌量はこの部分で……神託を誤魔化す魔道具を作りました。申し訳ありません」
ウィンチェスタ侯爵は立ち上がり頭を下げた。
「は?」
「え?」
「何⁉︎」
3人が絶句する。
予想通りの反応にリリアーナは手をギュッと握った。
冷や汗ダラダラだ。
「……おい、さすがにそれは」
国王陛下が呆れた目でウィンチェスタ侯爵を見る。
しかし、すぐリリアーナの前に置かれた封筒が目に入った。
「お前と言うやつは! とりあえず話を続けろ」
溜息をつく国王陛下。
ウィンチェスタ侯爵は椅子に座ると、俯いているリリアーナの頭をそっと撫でた。
「リリアーナ、火を出せるかい?」
「なっ!」
国王陛下の前で子供に魔術をさせるなんて。
まだ制御も怪しく危険なのに。
魔術師団長は立ち上がり、国王陛下と教皇の間に立った。
「ここで?」
リリアーナは不安そうな顔でウィンチェスタ侯爵を見上げる。
「できるかい?」
リリアーナは頷くと、右手の人差し指を蝋燭のように上へ向けた。
指の上に小さな火が灯る。
「……無詠唱」
魔術師団長は目を見開き、信じられないとリリアーナを見つめた。
「リリアーナ、水を」
パッと火を消し、右手を広げて上に向け、小さな水の球を出す。
「次は小さな竜巻。土はこの部屋では無理かな?」
「はい。土に穴を開けるくらいしかできないので」
呆気にとられる3人。
「神託で出ないようにノアールに魔道具を作らせました」
「なぜこんな素晴らしい力を? わざわざ隠さなくても……」
「もし神託で良い結果が出ていたら、教会で引き取る、魔術師団で引き取る、王子の嫁に、養子に、と言いませんでしたか?」
「……言っただろうな」
ノアールの時に散々揉めたのだ。
ウィンチェスタ侯爵が警戒するのもわかる。
国王陛下は溜息をついた。
「想定外だったのはフォード侯爵が神託の結果が気にいらなかった事です」
フォード侯爵が例え『闇』を望んでいても容姿と一致しない事は普通にある。
「私は『水の一族』であるフォード家なら『水』属性で大丈夫だと思い込んでいました。そのせいでリリアーナに辛い思いをさせてしまった」
申し訳なさそうな顔をするウィンチェスタ侯爵にリリアーナは首を横に振った。
「神託の本当の結果を教えてもらえるだろうか」
魔術師団長がリリアーナに声をかける。
目の前にはみんなの署名がされた書面がある。
どんな結果でもノア先生と一緒にいられるだろうか?
「……はい」
リリアーナは目を閉じながら小さな声で返事をした。
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