第9話 神託(残酷な表現あり)

「『光』と『闇』!」

「全属性なんて初めて見た!」

「まさか上級とは。さすが『水の一族』ですね」


 どうしてこんなに盛り上がっているの?

 これが普通?

 ドクンドクンと心臓が激しく動く。


「フォード侯爵、教会で御息女をお預かりするのは可能でしょうか?」

「いやいや、『闇』も反応があるので魔術師団でお預かりした方が」

 黒い服は魔術師団の人だったのか。

 リリアーナは隣に座っている父を見たが、少し横を向いている父の表情は見えなかった。


 水色が7個、あとは全部1個だけ薄い色が付いた魔力測定器。

 腕輪をすれば大丈夫だとノアールは言っていたのに。

 

「光の訓練をして聖女に」

「闇属性の謎を解いた方がいい」

「光は人々の役に立つ」

「黒髪・黒眼だぞ、闇の才能があるに違いない」


 どうしよう。

 教会? 魔術師団?

 誰かに引き取られるってこと?

 教会と魔術師団の主張を横目にリリアーナはギュッと腕輪を握りしめる。


「ちょっといいかな?」

 盛り上がっている大人達をウィンチェスタ侯爵は手を上げながら止めた。


「これは魔術師団の測定器だろう? 一番下では初級魔術も使えない。もう少しこの子が大きくなってからでも良いのではないかね?」

「ですが」

「でも……」

 教会に、魔術師団に、先に取られるかもしれない。

 牽制する様にお互いを見る大人達。


「彼女はうちのノアールの婚約者でね。魔術の練習ならうちの息子でも良いのではないかな」

 ウィンチェスタ侯爵はアゴに手を置き、どうだろうかと周りの反応を伺った。


「ノアール殿の婚約者! あの大発見の!」

「ノアール殿なら安心です。初級魔術が使えたら教えてもらうという条件でいかがでしょう?」

 魔術師団員も教会の関係者も目を輝かせる。


 あ、ノア先生、有名です。

 ここにファンがいます。


「フォード侯爵もそれで良いかな?」

 振り向いたウィンチェスタ侯爵はフォード侯爵の表情に驚いた。

 

 苦虫を噛み潰したような顔。

 その表情は明らかに普通ではない。


 神託で『水の上級』が出たのにこの表情はなぜだ?

 『水の一族』で『水』属性であれば問題ないのではないのか?

 

 やはり容姿的に『闇』を期待していたのだろうか?

 明らかにフォード侯爵は神託の結果を喜んではいない。


「も、もちろんです」

 ハッとしたフォード侯爵はいつもの表情へ戻ると、ハンカチで汗を拭った。


「では神託の結果は『水の上級』で報告するように」

「はい」

「周りに余計な期待をさせたくない。『光』と『闇』の能力に目覚めるまでこの子の結果は内密に。私とノアールが責任持って彼女を見守る。それでいいかな?」

 ウィンチェスタ侯爵の言葉に全員頷き、リリアーナの神託は終了した。



 帰りの馬車の中、父は行きの馬車よりさらに深く眉間にシワを寄せながら窓の外を睨んでいた。

 ピリピリした空気が馬車の中に充満する。

 リリアーナは怖くて顔を上げる事が出来なかった。

 

 あんなにたくさん色がつく装置の一番下で声がかかるなんて。

 『水の上級』で登録だと言っていたが、水色が7個全部ついたからだろうか?

 ウィンチェスタ侯爵が来てくれなかったら、今頃は誰かに引き取られていたかもしれない。

 リリアーナは膝の上で手をギュッと握った。


 馬車は別邸の外門をくぐり、内門を通る。

 ここに帰って来られて良かった。


 父はこのまま馬車から降りずに帰るのだろう。

 お礼ぐらい言ったほうが良いのだろうか。


「え……?」

 どうしてお父様も馬車を降りるの?

 スタスタと歩き、父は玄関から応接室へと入っていく。


「早く入れ。鍵を掛けろ」

「は、はい」

 ドカッと勢いよくソファーへ座ると父はモノクルをポケットへしまい、セットされた金髪の髪をグシャッとほぐした。


「……あの結果は何だ」

 唸るような父の声にリリアーナは目を見開いた。


「何で『水』だ!」

 父が机をバンッと叩く。


「お前は私の子ではないのに、なぜ『水』だ!」

「えっ?」

 私の子ではないって言った!

 はっきり言った!

 やっぱり!


 リリアーナは妙に納得してしまった。

 別邸に一人でいる事、父にも兄にも似ていない事、全く会いに来ない事。

 今までの全てが腑に落ちる。


「黒髪のくせに!」

 フォード侯爵は立ち上がり、リリアーナを扉へ突き飛ばした。


「……っ!」

 背中を打った衝撃でリリアーナの息は一瞬途切れる。


「なぜだ! ハズレではないか!」

「……ハズレ……?」

 なぜ『水』で怒られなくてはならないのか。

 フォード家は『水の一族』だと兄が教えてくれた。

 嘘の娘でも『水』の方が体裁は良いのではないのか。


「何のためにお前を連れてきたと!」

 フォード侯爵は床に手をついたリリアーナを冷たい目で見下した。


 泣きたくない。

 涙を我慢し、口をキュッと堅く閉じながらリリアーナは父を見上げる。


「なんだ、その目は」

 フォード侯爵はリリアーナの頭から床についている手まで冷たい目で舐めるように見た。


「腕の、……その黒い物は何だ」

「やめて!」

 腕輪を取られそうになったリリアーナは必死に抵抗する。

 だが、大人の男性の力には全く敵わない。

 腕輪はあっさり取られ、リリアーナはまた突き飛ばされた。


「腕輪……?」

 少し眺めたあと、フォード侯爵は腕輪を適当な場所へ放り投げた。

 部屋の奥でカツンと音が鳴る。


 拾いに行こうと立ち上がったリリアーナは腕を引っ張られ再び床に叩きつけられた。


「……いくら自分の子じゃないからって」

 捻った足首が痛い。


「子供相手にアリエナイ」

 グッと握りしめた右手が燃えるように熱い。

 寒い日に手がジンジン熱くなっている時のようだ。

 手を広げてみても普段と違うところは何もない。

 何気なく右手を捻った足首にあてると不思議なくらい痛みが消えた。


「治った……?」

 そんなことアリエナイのに、もう痛くない気がするのはなぜだろうか。


「治癒魔術だと? 馬鹿な。神託で『光』はレベル1だったはず」

 フォード侯爵は眉間にシワを寄せながらリリアーナを睨みつけた。

 

 昔、学生の頃に一度だけ、現在の王妃が治癒魔術を使った所を見た事がある。

 あの時、手から薄く光が出ていた。

 そう、今のような光だ。


「……『光』、そうか『光』か」

 最低でも『水』『光』の2属性。

 しかも水は上級。

 魔力量は多い。

 フォード侯爵の口の端が上がった。

 

「ふはははははは。『光』か。そうか、悪くない。その容姿『闇』かと思ったが『光』ならば好都合」

 フォード侯爵は突然笑い出し、乱れた前髪をかき揚げる。

 金色のサラサラな前髪はすぐに目の前へ戻り、乱れた髪の隙間から冷たい青眼が見えた。


 もうこの人を父とは呼びたくない。

 リリアーナはゆっくり立ちあがり、足が痛くないことを確認する。

 部屋の奥に進み、腕輪を探した。


「あった……よかった。黒い部分が少し欠けちゃったけれど」

 このくらいの破損ならまだ使える。

 私のために作ってくれた腕輪が無くならなくて良かった。

 リリアーナは欠けた部分をそっと撫でた後、大事に両手で包み込んだ。


「そうか、その腕輪は魔道具か。ウィンチェスタ魔道具大臣め、『光』だと知っていて神託を邪魔したな?」

 ダンと踏み鳴らされる床。

 何かを呟く父の声。

 

「うっ!」

 突然、リリアーナを耳鳴りが襲う。

 山へ行った時の気圧の変化のような違和感にリリアーナは急いで腕輪を左腕に通し、ギュッと両手で耳を押さえた。


「あれは何?」

 フォード侯爵の足元には漆黒の空間。

 すべてを無に返すような真っ黒の穴が広がる。

 例えるならブラックホール。

 闇の向こうはまったく見えない。


 フォード侯爵はポケットからトレードマークのモノクルを取り出すと、大声で笑いながら装着した。


「誰にも愛されない娘」

 リリアーナを真っ直ぐに指差す。

 その残酷な言葉にリリアーナは目を見開いた。


「お前は誰にも愛されない娘」

 フォード侯爵は大声で笑い続ける。


 足元の漆黒の空間は段々部屋中に広がっていき、リリアーナの足元にも黒い魔法陣が広がった。


「何これ、落ちるの……?」

 リリアーナを身体の底から震えが襲う。


「……な……に?」

 闇から出てきたツルのような物がリリアーナの足に絡みつく。

 まるで生きているかのように段々上に伸び、腰の辺りまで巻き付いた。


 シュルシュルと動くツル


「何これ、気持ち悪い」

 リリアーナが引っ張ってもびくともしない。


「あっ、腕輪! 返して!」

 腕輪をからめとったツルはもう上の方まで伸び、手が届かない。


「このまま引きずり込まれるの……? イヤだ、そんなのイヤ!」

 怖い。

 足元の真っ黒な空間に今すぐ落ちてしまいそうな恐怖。

 もう二度と戻って来れない場所へ落とされそうな不安がよぎる。

 

 ……助けて。誰か。

 

 リリアーナの身体は自分でもわかるほどガタガタと震えた。

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