第8話 ずっと
1人になりたくない。
この世界に産まれてすぐの記憶は曖昧。
覚えているのは年配の女性がお世話をしてくれた事。
侍女長と呼ばれていた彼女をずっと母だと勘違いしていた。
時々来るモノクルの人は父。
周りの反応から一緒に来る金髪のかわいい男の子が兄だと理解した。
「侍女長どこ?」
ある日、侍女長の姿も見えず、厨房は豪快なおっちゃんからヒョロヒョロに代わっていた。
いつも庭にいるおじいちゃんもいない。
「みんなどこにいったの?」
お茶を一緒に飲んでいた侍女達もいない。
新しい侍女達とは目が合う事もなく、避けられていると感じた。
「あ、これ。おっちゃんがよく作ってくれたお菓子だ」
ある日届いた5本のガーベラとお菓子を見て、その日が5歳の誕生日だと気がついた。
ガーベラは庭の手入れをしていたおじいちゃんが好きな花、お菓子はおっちゃんのシュークリームだ。
「もしかしてお父様に辞めさせられたの?」
だから誰とも仲良くならないように、できるだけ話さないようにした。
一人で庭の木陰にいることが増えたが、うっかり兄と鉢合わせしてしまった。
とっさに思ったのは「父に怒られる」だった。
「リリー。いいよ、そこにいても」
初めて話した兄は優しくていい人だった。
なんで私のことをリリーと呼んだの?
誰も呼ばないのに。
「6歳で勉強とはエライですね」
兄の家庭教師も優しい人。
侍女のミナも話してくれるようになり、この1年半は毎日楽しかった。
「知らなければよかった。ずっと一人のままだったらよかった」
知らなければ、何かをほしいとも思わない。
足りないとも思わない。
誰かをうらやましいとも思わない。
手にしてしまったものを無くす方が辛いのに。
「一人にしないで……」
うっすらと開けた目は涙で濡れ視界がぼやけてよく見えない。
涙は枕の方まで垂れていて、耳の近くも湿っている。
「リリー?」
「……ノ……」
返事をしようと思ったが声がでなかった。
あぁ、そうだ。
泣きながら寝たのだった。
リリアーナは歯で下唇を噛んだ。
ノアールのいない方へ顔を背けて、布団を顔まで被る。
「どうして隠れてしまうのですか?」
声は聞こえないが肩は震えている。
泣き顔すら見せてくれないなんて。
「……そんなに頼りにならないですか?」
ノアールは困った顔をしたまま、リリアーナの頭をゆっくり撫でた。
「今日は驚かせてすみませんでした」
ノアールが謝ると、リリアーナは首を振った。
左腕に着けた腕輪に右手で触れ、百合の模様をゆっくりなぞる。
「……行きたくないです。教会、神託。お父様は私が嫌い……また一人」
「リリー、私が側にいます。ずっと」
ノアールは腕輪をなぞっていたリリアーナの手に自分の手をそっと重ねた。
「……ずっと?」
「えぇ、ずっとです」
ノアールの手に力が籠る。
「だから……、だから神託は、その腕輪をつけていってくれませんか?」
この国の第一王子はノアールより5歳上。
ドラゴン好きだと有名で、頭も良く、見目麗しい方。
でもリリアーナを渡したくない。
「ずっと私と一緒にいましょう」
ノアールの言葉に視界がゆがむ。
リリアーナは少し上を向いたが、すぐにその涙は頬を伝い流れ落ちた。
「……はい、ノア先生」
リリアーナは腕輪をぎゅっと握りながらノアールに頷いた。
神託の日は、小雨の降る日だった。
「いってらっしゃいませ」
使用人達に見送られながら、フォード侯爵とリリアーナは教会へ出発した。
髪は目立たないように編み込みにし、帽子の中に。
腕輪はこっそり腕のできるだけ上の方につけた。
ここに戻ってこられるかな?
そんな不安が過ぎる。
馬車の中は特に会話もなく、モノクルをつけた父は面倒そうに窓の外を見ていた。
兄エドワードと同じ金髪キラキラな父。
以前会った時よりも、眉間のシワが深くなった。
エドワードの方が絶対イケメンだ。
一度も写真を見たことがないが、きっと母が美人なのだろう。
馬車は草原を抜け、林を抜け、街へ向かう。
少しずつ家が増え、街に入ると一気に大きな建物が増えた。
石畳の街、ヨーロッパのような街並み、そして1番奥に大きくて派手な建物。
「あれが王宮……? 綺麗な建物」
街に入ってから真っ直ぐ1番奥だ。
王宮までは曲がり角もない。
敵が攻めて来たら危ないのでは?
戦国武将の方が余程自衛に長けていると思うけど。
この国はとても平和な国なのかもしれない。
「お店がいっぱい。人もいっぱい」
雨だが楽しそうな人々、活気あふれる街。
パン屋、服屋、鎧屋?
「余計なことは話すな。言われたとおりにしろ」
「……はい」
フォード侯爵がズレてもいないモノクルを触ると、カチャッという音が馬車の中に響いた。
「大きい……」
リリアーナは入り口で白い大きな建物を見上げた。
カツン、カツンとフォード侯爵の靴が響き、数人の大人が慌てて頭を下げる。
うちの父は意外に偉い人なのだろうか?
それとも貴族だから?
並んでいる人たちとは反対側の廊下から薄暗い個室へ。
「ではこちらに座ってください」
こんな子供相手にわざわざ椅子を引いてくれる。
教会の人も大変だな。
「神託とは……、魔術とは、6大魔術とは、光と闇はとても珍しく……」
絵が描かれた本を広げながら丁寧に説明してくれる白い服の教会の人。
黒い服の人はただ頷くだけだった。
チラッと横を見ると退屈そうな父の顔。
もう少し興味を持ってくれたって!
「ではこちらに手を。こことここに親指を置いてください」
縦に7つ、横に6つ。合計42個の小さいビー玉がついている変な機械。
左右に指を置きそうな場所があり、両手で持つ携帯ゲーム機のような見た目だ。
リリアーナはゆっくりと膝の上の手を持ち上げた。
「おや? フォード財務大臣かい?」
聞き慣れた優しい声にリリアーナは思わず振り返る。
薄暗い教会の中でも爽やかイケオジは素敵だった。
「リリアーナ、しばらく見ないうちに大きくなったね」
先日も会ったばかりだというのにウィンチェスタ侯爵はにっこり笑ってそう言った。
どうやら別邸にウィンチェスタ侯爵が来ていることを父は知らないようだ。
「ごきげんよう。ウィンチェスタ侯爵様」
父がいるので「おとうさま」とは呼べない。
リリアーナは立ち上がり、精一杯の礼をする。
いい姿勢で、笑顔で。
貴族ってツラい。
「今日が神託なら教えてくれれば良かったのに」
「あ、いや。急に休みが取れましてね。ウィンチェスタ魔道具大臣はどうしてこちらへ?」
「魔術師団長がノアールを超える人材を見つけて来いってうるさくてね」
ウィンチェスタ侯爵はやれやれと肩をすくめる。
リリアーナは静かに椅子に座り直した。
「おや? これは教会のじゃないね」
ウィンチェスタ侯爵は魔力測定器を見て首を傾げた。
テーブルに置かれているのは、魔術師団の中でも一番高機能な魔力測定器。
子供の神託レベルで使用できる物ではない。
「あ、えっと、その」
「調子が悪いのかい?」
「あ、はい。そうです。王宮魔術師団にお借りしまして」
動揺しながら答える教会関係者。
貴族ではよくあることだ。
教会の測定器ではなく魔術師団の細かい測定器を使用させ、詳細の能力を測りたがる。
教会も寄付金がもらえるならと応じてしまう。
よくない風習だが、昔からずっとそうだ。
「ではこちらに手を」
「はい」
リリアーナは指示通り手を出し、そっと測定器の左右に親指を置いた。
すぐに色がつき、神託結果が表示される。
「まさか!」
「すごいぞ!」
わっと盛り上がる大人達に驚いたリリアーナは慌てて測定器から手を離した。
魔力測定器がカシャンと音を立てたが、気にする者はいない。
あまりの盛り上がりに廊下からも人が駆けつけ、すぐに小さな部屋は人でいっぱいになった。
「教皇様をお呼びしなくては」
「魔術師団長は今日どちらに?」
どうしよう。
腕輪をしてきたのに。
リリアーナは盛り上がる大人達をチラッと見ながら、服の上から腕輪をぎゅっと握った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます