第7話 腕輪
「リリー、左腕を出してください」
「腕?」
朝から一緒に別邸を訪れたノアールとウィンチェスタ侯爵にリリアーナは首を傾げながら素直に腕を出した。
「……っ!」
冷たい何かが通り、驚いたリリアーナは慌てて腕を引っ込める。
「……腕輪?」
腕輪は小さく、子供サイズ。
でも黒地に白い百合の花の模様は繊細で大人っぽい。
すごく高そう!
「サイズは大丈夫そうですね」
「黒は大人すぎるかと思ったが似合ってるよ、リリアーナ」
「ありがとうございます」
リリアーナは左腕に通した腕輪を右手でそっと触った。
「誕生日でもないのにどうして?」
リリアーナは綺麗な腕輪を回し、模様を一周眺める。
「この腕輪は魔道具なんです」
神託まであと1ヶ月。
本当はいつでも付けられる指輪にしたかったが、今のノアールの技能では腕輪サイズが精一杯だった。
「魔道具? こんなに綺麗なのに?」
「リリーは『火』『水』『土』『風』の4属性使えますよね。神託で4属性出てしまうと困るんです」
「4つはおかしいって事?」
リリアーナは首を傾げた。
「ノアールは3属性でね、大騒ぎだったよ。神の子だから教会で育てたい、魔術師団長が養子にしたいと。それに、魔術を使うたびにノアールに周囲の期待がかかりすぎてしまった」
ウィンチェスタ家は魔術に優れた家のため、すべての要求は却下できた。
だが、期待を感じた幼いノアールが笑う事も怒ることも無くなってしまった事をウィンチェスタ侯爵はとても悔やんだと教えてくれる。
「……笑わない?」
リリアーナはノアールを見上げる。
自身の生い立ちを言われ、恥ずかしそうだが笑っていると思う。
「笑わない?」
リリアーナはウィンチェスタ侯爵を見上げた。
「ははっ、信じられないかい? リリアーナと婚約するまで、全然感情を出さない息子だったよ」
ウィンチェスタ侯爵はしゃがんでリリアーナの高さに目線を合わせた。
「もし神託で全部の属性が出たらリリアーナは私達と一緒にいられない」
ウィンチェスタ侯爵の言葉にリリアーナは息を飲んだ。
「教会に引き取られたらノアールと会えないかもしれない。人のために魔術を使い、市民の祈りの対象となるだろう」
「祈りの対象?」
「あるいは王子の婚約者になるかもしれない。王子に望まれたらウィンチェスタ家では対抗できない」
「王子?」
「王子妃は女の子の憧れかもしれないけどね」
リリアーナの前髪を耳にかけながらウィンチェスタ侯爵は困ったように笑う。
「この国の王子は正妃の子、側妃の子を合わせて6人。婚約者がいないのは4人だが、おそらく婚約者がいる第一王子の妃となるだろう」
そうしなければ争いの火種になる。
そのくらいリリアーナの能力は飛び抜けている。
魔術師団長の元に養子の可能性も捨てきれない。
ノアールの件以降、まだ養子を取っていない。
「一緒に、いられない?」
リリアーナは腕輪を見たあと右手でギュッと握る。
「王子妃を望むなら、神託にこの腕輪は着けていかなくてもいい」
「父上!」
ウィンチェスタ侯爵の言葉にノアールが食いついた。
「決めるのはリリアーナだ」
手でノアールを止め、リリアーナに言葉を続ける。
「もしノアールを少しでも思ってくれているのなら神託へ行く時に着けていって欲しい。できればフォード侯爵に気づかれないように服の下に隠して」
ウィンチェスタ侯爵はリリアーナの頭を優しく撫でた。
「私達はリリアーナと一緒にいたい」
「私も、ノア先生とおとうさまと一緒にいたいです」
リリアーナはウィンチェスタ侯爵へ抱きついた。
「神託なんて受けたくない」
お父様なんて永遠にここへ来なければいいのに。
ノア先生やお兄様、ウィンチェスタ侯爵に会えなくなるのはイヤだ。
侍女のミナともせっかく仲良くなったのに。
ひとりぼっちになりたくない。
「……やだ」
この世界でもまた捨てられるのか、父に。
前世で父にも母にも捨てられたように。
リリアーナは泣きながらぎゅっとウィンチェスタ侯爵の首にしがみついた。
ウィンチェスタ侯爵は長い時間、1度もリリアーナを下ろす事なくずっと背中をトントンとあやし続けた。
さすがは3児の父。
自分もこんな風にしてもらった事はあるのだろうかと、ノアールはふと思った。
「こんなに泣くとは思いませんでした」
目も鼻も赤い。
最後は泣きすぎて声も出なくなっていた。
ノアールは何も出来ず、おろおろとするだけ。
父のようにあやす事も、一緒にいたいと告げる事さえできなかった。
ウィンチェスタ侯爵は階段を登り、リリアーナの部屋へ行く。
ベッドにそっと下ろし、リリアーナの泣き腫らした目元をそっと撫でた。
「赤くなってしまったね」
ずっと抱っこしていた腕は明日筋肉痛だろうか。
もう若くない。
ウィンチェスタ侯爵は苦笑した。
「ノアール、お前だけは知っておいた方がいい」
ウィンチェスタ侯爵は胸ポケットから魔道具を取り出した。
王宮魔術師団が使用する魔力測定器だ。
ノアールは王宮魔術師団の一番高性能な魔力測定器を見るのは初めてだった。
教会よりも表示数がだいぶ多い。
「ここに指を置いて」
ノアールは言われた通りに自分の指を置く。
すぐに測定され『火』『水』『風』『土』に色がついた。
レベルも判定され『風』が一番強い事がわかる。
薄く『土』にも反応があるが、『土』は教会の測定器では出なかった。
「このレベルでは魔術が使えるほどの魔力はないという事ですか?」
この辺りは初級魔術まで、この線以上は上級魔術を使用可能ということだろうか。
ノアールが把握した事を確認すると、ウィンチェスタ侯爵はリリアーナの腕輪を外した。
眠ったリリアーナの手を取り、そっと魔力測定器の上に乗せる。
「……っ!」
ノアールは息を呑んだ。
「王子妃と言った理由はこれだ」
ウィンチェスタ侯爵は測定器を指差した。
「これが神託で出てしまったら、リリアーナとは一緒にいられない」
「リリーは……」
「おそらく知らないだろう。リリアーナは詠唱をしない。属性を意識しないのだと思う」
「意識しない?」
以前、リリアーナに水の矢を見せてもらった。
我々が魔術を使うときは詠唱をし『水の矢』という決まったものを呼び出して放つ。
だがリリアーナは水の球を矢の形に変えて放った。
自由自在に加工可能なのだ。
「フォード侯爵は」
「おそらく知らないだろう。神託を受けるまで魔術が使えないのは定説だ。だからリリアーナに興味がない。今は」
「今は?」
「黒髪・黒眼。フォードの侯爵は『闇』属性を期待していると思うよ。まさかこんな属性とは思っていないだろうね」
ノアールは眠っているリリアーナを見た。
サイドテーブルの腕輪をリリアーナの左腕に戻し、もう一度魔力測定器にリリアーナの手を置く。
『水』属性のみ。
あとは薄い色のためおそらく教会の測定器では反応は出ない。
「魔道具は成功だ。あとは着けて行ってくれるかどうか」
魔力を抑えて隠す魔道具をノアールに作らせた。
神託を覆す魔道具。
バレたら大臣をクビではすまないが、それでもリリアーナには着けて行って欲しい。
「光・闇も含め、6大魔術の『全』属性持ちは絶対に隠さなくては」
ウィンチェスタ侯爵は魔力測定器を胸ポケットにしまうとノアールの肩をポンと叩き、リリアーナの部屋を出て行った。
「リリー、私を選んでください」
リリアーナと婚約してから1年半。
こんなに自分が誰かに執着するとは思っていなかった。
腕輪をして神託に行ってほしい。
ずっと一緒に居たい。
王子のモノにはならないで。
ノアールは眠るリリアーナを見つめながらそっと髪に口づけをした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます