第6話 大発見

 別邸の庭には大きな穴が開いていた。

 開けたのはもちろんリリアーナだ。


 大きな穴は落とし穴にちょうどよさそうなサイズ。

 婚約の日から一度も別邸に来ていない父が落とし穴にハマる様子を想像したリリアーナは心の中で笑った。


 もうすぐリリアーナは7歳になる。

 相変わらず詠唱は無理だが、魔術も『水』『火』以外に『土』も使えるようになった。

 その成果が庭に開いた大きな穴なのだが。


「リリー、もう少し力を抜いてください」

 後ろからリリアーナを支えるノアールは一気に背が高くなった。


「ノア先生、また背が伸びた?」

「170センチを少し超えたくらいですよ。あと10センチあったらいいですね」


 リリアーナは110センチあるかどうか。

 この身長差が悲しい。


 神託を受けるまであと一年。

 神託は7歳から8歳の間の3月に全員受けることが国の法律で決まっている。


 神託を受ける前に、庭に穴をあけるほど魔術を使う子は気持ち悪いのかもしれない。

 見た目も似ていないし、父の子供ではないのかもしれない。


「リリー? 集中しないとまた大きな穴が開きますよ」

 後ろから左右の手を握られ、優しい声が上から届く。


「はぁい」

 リリアーナは開けてしまった穴を元に戻すため、ブルドーザーをイメージしながら土を動かす魔術を使った。


 魔術には呼び名がついているがリリアーナの使う魔術はどれも当てはまらない。

 ノアールは不思議な動きをする土を眺めながら、リリアーナの指先の温度を確認した。


「あぁ、ストップです。リリー」

 ぎゅっと両手を握られ、魔術が止められる。


「まだ穴は埋まっていないよ?」

 手を握られたまま見上げると、珍しく眉間に皺を寄せたノアールの顔が見えた。


「今日はおしまいです」

 つないだ手が離されたと思ったら、急に抱き上げられる。

 お姫様抱っこではなく、子供の抱っこだ。


「倒れそうでしょう?」

 おでこをコツンとつけられたリリアーナの顔は真っ赤になった。


 目の前に美少年の顔があって倒れないわけがない!

 魔力切れよりこっちで倒れる!


 初めて会った時よりずいぶん成長し、大人の色気を出し始めたノアール。

 これは悩殺されるでしょ。


「どうして倒れそうって」

「指先が冷たくなったからですよ」

 ノアールはリリアーナを椅子に座らせ、手を取った。


「倒れる時いつも指先が冷たいので、ずっと指先を気にしていました。今日も穴を埋めようとしたあたりから段々冷えてきたので、そろそろ倒れるのかと」

 ノアールはリリアーナの手を包み込み温める。

 魔力切れが原因ならば物理的な温めは意味がないのだが、それでも少しでも早く温かさが戻るようにしてあげたかった。


「みんなそうなの?」

「魔術書はたくさん読みましたが倒れるのは魔力が少ないから、未熟だから、というのが定説で」

 どうなったら倒れるという研究はしない。


「じゃぁ、みんながそうだったらすごい発見ってこと?」

「発見……ですか?」

 大興奮のリリアーナにノアールは首を傾げた。

 そんなにすごいことだろうか。


「魔術書に書かれていないという事は、誰も興味がない、価値がないという事では?」

「そんなことないよ! 絶対すごい発見だって!」

 リリアーナが大興奮だったので、ノアールはとりあえず父に報告した。

 

 ウィンチェスタ侯爵は魔術師団に頼み、仮説の裏付けを。

 あっという間にデータは揃い、ノアールは軽い気持ちでレポートを学園に提出した。

 


『魔力切れの前兆、ついに発見!』

 

 長年謎だった魔力切れの前兆がわかり、他国にも広まる大きな話となった。


「魔力切れで命を落とす冒険者が減った」

「世紀の大発見だ!」

 国内だけでなく国外からも学園に称賛の声が多く寄せられた。


 長期休暇だというのに論文を書かされ、国王陛下の前で発表。

 講演会はすぐに満席。


「今後の講演会は父でも良いでしょうか?」

 これ以上は学業に影響が出るとノアールは講演会を辞退した。


「飛び級で、専門科になる事が決まりました」

「ノア先生すごい!」

 専門科の進級通知を見ながらリリアーナが喜ぶ。


「リリーのおかげです」

 ノアールは緑の眼を細めて微笑んだ。

 

 初めて話した時は、小さいのにしっかりした子だなという印象だった。

 緩やかなウェーブがかかった黒髪に、吸い込まれそうな大きな黒眼。

 

 6歳なのに無詠唱で『火』を出し、驚かされた。


 何もない部屋、近づかない使用人。

 可哀想で何とかしてあげたいと思った。


 無詠唱に興味があったのは否定しない。

 どういう仕組みで無詠唱のまま魔術が発動できるのか、どうしても知りたいと思った。


 父に家庭教師をしたいと頼んだが世間体が良くないと婚約者にさせられた。

 といっても仮婚約で、正式に国へ婚約を提出できるのはお互いが初等科を卒業した13歳から。

 それまでに破談になる事も良くある事だし、軽い気持ちで了承した。


 彼女も10歳から初等科に入学すれば友人も、好きな人もできるだろう。

 自分との仮婚約を解消し、自由に生きてもらえばいい。


 どうせ自分は三男で、もともと結婚するつもりはなかった。

 魔道具作りに専念する予定だったので婚期を逃しても構わない。

 むしろ適齢期に婚約者がいれば断るのに都合が良い。


 ……のはずだったのに。

 

 土日しか行かない自分に対してわがままを言う事もなく、遠慮して声をかけないわけでもない。

 適切な、絶妙な心地よい距離感を保ってくれているのだと、ある時気がついた。

 

「専門科はなかなか入れないってお兄様が言っていたよ」

「できれば博士科まで行きたいです」

「博士科?」

「えぇ。王立学園は初等科、中等科、高等科、専門科、博士科があるので、博士科を卒業したいです」

 博士科を卒業できれば就職先も、その後の処遇も変わる。

 三男で爵位も領地もない自分がリリアーナに最低限の貴族の暮らしをさせてあげるにはそれなりの地位が必要だ。

 

「博士科は大学院みたいな感じ?」

「大学院?」

「ううん。何でもない」

 

 仮婚約だったはずなのに、いつの間にか彼女の事を知りたいと思っていた。

 とにかく不思議で目が離せない。

 彼女のために出来ることは何でもしてあげたい。


 喜んだ顔が見たい。

 何でも願いを叶えてあげたい。

 早く大人になりたい。

 彼女をフォード侯爵から守れるくらいに。


 だから『13歳になっても婚約者でいてくれますか?』

 それは聞きたいけれど答えが怖くて聞けない言葉。


「頑張りますね」

 ノアールはリリアーナの頭をそっと撫でながら微笑んだ。


 

 『魔力切れ前兆』の論文発表から3ヶ月。

 ウィンチェスタ侯爵は隣国を訪れていた。


「これはすごい」

「持ち出しはできませんが自由に閲覧してください」

 古い本や貴重な本を集めた書庫。

 隣国の王宮地下に作られた立ち入り禁止エリアだ。


 ノアールの論文発表のお陰で周辺国へ行く機会が増え、貴重な魔術書も「今後の更なる発見のためなら」と見せてくれる国も多い。


 リリアーナの魂の姿。

 あの魔法陣を調べているが手掛かりは全くない。

 我が国の魔術書は王宮書庫も含め読み尽くした。

 他国に何かヒントがあればと、毎回書庫を見せてほしいと頼んでいる。


 見た事がない本を手に取り、パラパラと捲る。


 4冊目『6大魔術』


「少し面白そうな本だ」

 全部読みたいが時間も限られている。


 10冊目『風属性魔術大全』


「こんな魔術があったとは」

 ウィンチェスタ家は風の一族だが、伝えられていない魔術がいくつか描かれていた。


 23冊目『失われた魔術』


 古代魔術の本。

 何の魔術か解読できないが、こんな魔法陣が岩に掘られていたという遺跡物。

 なかなか興味深い。


「……少し雰囲気が似ているか?」

 魔法陣の外円と内円のバランス、円の数。


「闇魔術?」

 別のページの遺跡でも似た魔法陣があった。


「これも闇魔術」

 本を閉じ、闇魔術の本を探す。


 24冊目『闇の使い手』

 闇属性の伝記だ。


「ウィンチェスタ魔道具大臣、そろそろお時間ですが……」

 遠慮がちにかけられた声を合図にパタンと本を閉じる。


「素晴らしい本が多く、夢中で見てしまいましたよ」

 本を戻しながら楽しかったとアピールすると、司書は「そうでしょう!」とご機嫌になった。


「伝記を見ていたのですが、スライゴ侯爵家はまだ続いていますか?」

「あぁ、闇魔術の」

「お会いしてみたいですね。光と闇は珍しいですから」

 ただの興味本位のような軽い口調でウィンチェスタ侯爵は司書に告げる。


「明日の講演会を傍聴されると思いますよ。あの方も魔術がお好きと噂ですし」

 司書の返答にウィンチェスタ侯爵は口角を上げた。


 無事に講演会は終了し、スライゴ侯爵にも会うことができた。

 現当主は闇魔術の才能には恵まれなかったが彼の息子は黒髪・黒眼で闇魔術を受け継いでいるそうだ。

 息子は世界一の大国ドラゴニアス帝国に留学中のため会うことはできなかったが。


 魔術好きの二人はすぐに意気投合。

 家の蔵書も見せてもらうことができた。

 闇魔術に関する本がすべてそろっているのではないかというほど壁一面埋め尽くされた本棚は圧感だった。


「闇魔術の本は珍しいのにこれほど保有されているとは」

「この辺りは本というよりノートです。我が家の先祖が書いたものです」

 本に見えた物の半数は、闇魔術一族の研究結果や、新しい魔術の考案、成功・失敗も含む日記のようなものだと教えてくれる。


 ウィンチェスタ侯爵は1冊のノートを手に取り、丁寧に開いた。

 古いインクの匂い。

 手書きのため滲んで読みにくいところもあるが、保管状態は申し分ない。

 ノートの内容も闇魔術に誇りを持った人物が書いたものだとすぐにわかるほど興味深い内容だった。


「すばらしい! 世に出ていない貴重な記録! あぁ、こんな素晴らしいものをお持ちとは羨ましい限りです」

「友人としていつでも滞在を歓迎します。ぜひ我が家の蔵書を読みにまた来てください」

 ありがたい申し出にウィンチェスタ侯爵は緑の眼を細めながらうれしそうに微笑んだ。



「闇魔術……」

 帰りの馬車の中、ウィンチェスタ侯爵は腕を組みながらずっと考えていた。


「フォード侯爵は『水の一族』」

 水魔術以外は見たことがない。


「リリアーナに闇魔術をかけたのは一体誰だ……?」

 しかも古代魔術。

 

「何のために?」

 いくら考えても答えは出ない。


「闇魔術を調べるしかない……か」

 友人となったスライゴ侯爵にも協力を頼もう。

 ウィンチェスタ侯爵は暗い外の景色を眺めながら大きく息を吐いた。

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