第3話 魔道具
「僕も一緒に住みたい!」
「お前はダメだ」
エドワードの訴えは父フォード侯爵に速攻で却下された。
「使用人が足りないならこちらで準備するよ? 必要なものがあれば何でもこちらで揃えよう」
有無を言わさぬ圧力を感じるのは気のせいだろうか。
「部屋はどれだけ使ってもらっても良いのですが、ノアールくんに子守をさせるのは申し訳なくて」
才能あふれるノアールに6歳の面倒を見てもらうなどとんでもない。
リリアーナは神託まで死なない程度に食事だけ与えておけばいい。
どうせ長生きできない娘なのだから。
フォード侯爵はノアールが断ることを期待し、困った顔でノアールに視線を移した。
「私は構いませんが、数回会っただけの他人と暮らすのはイヤではないですか?」
ノアールは隣に座る小さなリリアーナの顔を覗き込む。
戸惑いはあるが父が一緒に住めというのなら、それが最善なのだろう。
無詠唱も確認できるし、彼女がフォード侯爵から虐げられることもなくなるかもしれない。
「私は……」
22+6歳が13歳ピチピチイケメンと同棲。
犯罪でしょ!
相手は将来有望なイケメンだよ?
見た目が6歳だから何も起きないけれど。
ノアールだけではなく全員こちらに注目している。
「……お願いします」
きっと私に拒否権はない。
「では明日荷物を運ぼう」
「え? 明日?」
明日って早すぎない?
初めて会話をしてからたった2日で婚約、3日目には同棲!
どうしてこうなった?
リリアーナは呆気にとられたまま大人達の会話をただ聞いていることしかできなかった。
顔合わせの翌日、ベッドや家具が運ばれて来た。
「大きな本棚がこれで三個目」
兄の家庭教師、ノアールと話をしたのは倒れた日が初めてなのにまさか一緒に住むことになるなんて。
「ウィンチェスタ侯爵の仕事の速さが怖い……」
リリアーナは窓際に立ち、ぼんやりと荷物を運ぶ人々を眺めた。
7歳から使えると言っていた魔術が6歳で使えたからモルモットだろうか?
家庭教師は嬉しいけれど、婚約者はやり過ぎではないだろうか?
自由に出入りするためには仕方がなかったのかもしれないが。
「貴族の政略結婚ってそういうものなのかな」
それでも独特の風習は受け入れ難い。
今日何度目かの溜息が出た。
「リリアーナ嬢、少しいいかな?」
軽いノックの音と共に、扉が開く。
緑髪に緑眼の優しそうなイケオジは今日もパリッとした仕立ての良いスーツを着こなし、首元のスカーフもおしゃれだ。
「はい。大丈夫です」
「騒がしくてごめんね。菓子を持ってきたから食べながら少し話さないかい?」
ウィンチェスタ侯爵は手に持った箱を見せながらゆっくりと部屋に入った。
『部屋に何もなかった。生活感がない部屋だった』
ノアールはそう言っていた。
だが、想像以上に何もない。
フォード侯爵はそれほどまでに娘に興味がないのか。
簡易宿泊所のような殺風景な部屋にウィンチェスタ侯爵は驚いた。
「ふむ。二人でベッドに腰かけて食べたら行儀が悪いと怒られてしまうかな?」
持ってきた白い箱をベッドの横の小さなテーブルへ。
「今はこれを勉強しているのかい?」
ウィンチェスタ侯爵はテーブルの上の青い表紙の本を手に取りパラパラとめくった。
7歳の神託では火・水・風・土の4種類のうち一番強かった属性の本一冊がもらえることになっている。
光・闇は数十年に1人いるかいないかのため準備されていない。
ここにあるのは青い表紙『水属性』の本だ。
「読み方がわからない字があって。本はなんとなく見ているだけです」
リリアーナは窓から手を放しながら正直に答えた。
「これからはノアールに何でも聞くといい」
ウィンチェスタ侯爵が先にベッドへ腰かけ、手で横をポンポンとする。
そこに座れということだろう。
リリアーナは隣へ腰かけた。
「何が好きか聞くのを忘れてしまったからいろいろ持ってきたけれど、好きな物はあるかな?」
箱にはクッキー、マドレーヌ、マシュマロ、マカロン。
カラフルなお菓子が綺麗に並べられている。
どれも美味しそうだ。
「!」
チョコレート!
この世界へ来てから初めて見た。
この世界にも大好物のチョコレートがあったなんてちょっと感動だ。
いつかお金を稼ぐようになったら絶対にチョコレートをたくさん買う!
「ははっ、好きなものがあった顔をしているね。どれでも好きなだけ食べればいいよ」
「どれでも?」
「あぁ、全部リリアーナ嬢の物だ」
リリアーナは2センチ四方の板チョコを1枚手に取った。
手の温度ですぐに少し溶けてしまう。
口に慌てて入れると、そのお菓子は期待を裏切ることなく前世で食べたビターチョコレートの味だった。
「おいしい!」
指についたチョコレートを舐めると、侯爵が笑いながらハンカチを差し出してくれる。
行儀の悪い子だと思われたかな?
「こんなに美味しそうに食べてくれるなら、持ってきた甲斐があるというものだ」
緑の眼が細められるのを見たリリアーナはホッとした。
勧められるまま遠慮なく2枚目のチョコレートに手を伸ばす。
ミルクが多めのチョコレートも期待通り美味しかった。
「さて、本題に入ろうか」
ウィンチェスタ侯爵は胸元から白いチェスの駒のようなものを取り出し、テーブルに置いた。
「これは私が作った魔道具だよ」
「……魔道具って何ですか?」
「その属性がなくても誰でも簡単に魔術が使えるようにした道具のことだよ。仕組みは秘密」
「形にも意味があるのですか?」
「どこに置いても違和感がなくて、インテリアとしても見た目の良い物を心掛けているんだ」
チェスの駒のような形なのはウィンチェスタ侯爵の趣味。
使い勝手がよく、見た目が良いなら少し高くても買ってしまいそうだ。
「これは防音。……どうかな? 静かになったかな?」
家具を運んでいる人達の声が聞こえない気がする。
「もう1回押すと解除。声が聞こえるかい?」
「はい、おじさん達の声が聞こえます」
魔法世界すごい!
魔道具すごい!
これは某ネコ型ロボットの秘密道具が作れてしまうのでは?
「おもしろいかい?」
ウィンチェスタ侯爵の問いかけにリリアーナは頷いた。
ウィンチェスタ侯爵はポケットから赤色の駒を取り出し、ボタンを押しながらテーブルへ置いた。
その赤色の駒はどんな魔道具なのか。
説明がないまま次は四角い魔道具がポケットから出される。
「これはね、魔力の属性を測る魔道具だよ」
小さいビー玉がいくつも付いた板には、左右に指を置きそうな場所がある。
まるで両手で持つ携帯ゲーム機のような見た目だ。
「7歳になると教会で神託を受けるって聞いているかい? これは教会よりもう少し詳しく出るタイプで魔術師団が使う物だよ」
ウィンチェスタ侯爵の口調は柔らかいが、少しピリッとした雰囲気に。
やっぱり監視……?
リリアーナは急に怖くなり、俯いて小さな手をぎゅっと握りしめた。
「おっと。警戒させてしまったね」
ピリッとした空気を一瞬で打ち消し、ウィンチェスタ侯爵はリリアーナの握りしめた手の上にそっと自分の手を重ねる。
「……嫌だったかい?」
優しい声で問いかけられてもリリアーナは俯いたままだった。
「手を強く握ると爪の痕が付いてしまうよ?」
リリアーナの手のひらをウィンチェスタ侯爵は優しく撫でる。
「どうして、……どうして私を、ノアール様の婚約者にしたのですか?」
リリアーナは少し泣きそうな顔で問いかけ、すぐに俯いた。
魔力測定器を持ってきた。
それはまだ6歳なのに火を出したとノアールから聞いているから。
だとすると、『興味がある』または『危険と判断』されたから。
自分はどちらなのか。
幼い子供がそう聞いている。
そしてその答えは恐らく『危険と判断』。
だからすぐ俯いたのだろう。
「……君は聡明過ぎるな」
ウィンチェスタ侯爵が溜息をつきながら立ち上がった瞬間、部屋の中に風が吹き荒れた。
「えっ? 何、この風!」
窓は開いているがカーテンは揺れていない。
ベッドに腰かけている小さなリリアーナの身体は風に煽られ飛ばされそうに。
リリアーナは前屈みになり、風の影響を出来るだけ受けない体勢を取った。
「どういうこと?」
こんなに強風なのにテーブルの上のお菓子は無事。
ウィンチェスタ侯爵の髪も全く揺れていない。
緑の眼に冷たく見下ろされたリリアーナはゴクッと唾を飲み込んだ。
優しいイケオジだと思っていたのに!
強風で息苦しい。
きっとあれのせいだ。
説明もなく置かれた赤い駒。
あれが風を起こす魔道具なのだろう。
「っく、届かない……」
ベッドから立ち上がり数歩足を動かすだけ。
たったそれだけなのに風のせいで動けない。
手を伸ばし解除ボタンを押したいのに、子供の腕ではギリギリ届かない距離。
息ができない。
口を開けても空気が入ってくる気がしない。
まるでこの世から酸素がなくなってしまったかのような息苦しさにリリアーナは苦痛の表情を浮かべた。
「ふむ。それが本来の君かな? 魂の姿とでもいうべき……か?」
ウィンチェスタ侯爵は腕を組みながらリリアーナの上にうっすらと見える鈴原莉奈を見つめた。
「見慣れない服だな。足に絡まっている蔓は何だろうか? どこへ繋がっている?」
真っ黒な魔法陣の中心から伸びる植物の蔓は見た事がない葉。
「複雑な魔法陣の模様だが見たことがないな」
上級魔術でもあんなに複雑な魔法陣を見た事がない。
アゴに手を当てウィンチェスタ侯爵は考え込む。
「っく、もう少し……あと、少し……」
リリアーナは精一杯腕を伸ばし、テーブルの上の赤いチェスの駒に触れた。
コトンと魔道具が倒れた音にハッと我に返ったウィンチェスタ侯爵が慌てて顔を上げる。
急に風が止み、力が抜けたリリアーナはその場にへたり込んだ。
100メートル全力疾走よりも肺が辛い。
「……はぁ、あ、ふぁ……」
酸素をいくら吸っても足りない。
酸欠なのか頭がクラクラする。
「大丈夫かい? すまなかったねリリアーナ嬢。……怖かったかい?」
肩で息をするリリアーナをウィンチェスタ侯爵は優しく抱きあげた。
自分がやっておきながら何を言っているのだ。
背中をゆっくりさすってくれるが全然息は楽にならない。
リリアーナはウィンチェスタ侯爵の胸を精一杯ぐいっと押したが、大人の力には敵わず離れる事ができなかった。
もうダメだ。
意識が保てない。
「……な、んで」
こんな事を。
聞きたいのにもう無理。
リリアーナの目の前は真っ暗になった。
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