第4話 焦燥
それは昼下がりだった。
一本の電話がかかった。ナガメはすぐに電話に向かった。電話から微かに聞こえる声やナガメの表情から朗報という雰囲気はしなかった。
「はい、そうですか。では後ほど。」
電話を切るとツボミは内容が気になり問う。
「何の電話?」
「仕事の電話。次の駅で乗る人に一人、依頼人がいる。」
ツボミはナガメと依頼人のために準備をした。
約30分後駅に着くとベージュのコートに身を包んだ見るからに刑事のような男が一人待っていた。他に人は居らず廃れた駅の殺風景さが増す。蛍光灯も点滅し、背景のネオンサインの広告も消えかかっている。
「よっ!ナガメ元気してたか?」
男は右手を上げて気さくに挨拶する。
「おかげさまで。ゲンさんも元気そうでなによりです。」
ナガメの反応からツボミは安心感を感じた。
ゲンという男は隣のツボミに気がつき目を丸くした。慌てた。
「人じゃねえか!そいつから利性これっぽっちも感じねぇぞ!」
「ゲンさん大丈夫です。この子は今、保護してソウル・ソウルに加入しています。」
ゲンは徐々に落ち着きを取り戻し、スタッフルームで依頼について話した。ゲンとナガメは真剣な面持ちになった。
「昨日また街でBarkが出没したそうだ。現場は他の列車の奴らでなんとかなったが妙なことがあってな。」
「と言いますと?」
ゲンは心底不思議そうに
「そのBarkが塵化しなかったんだ。そして調べると脳にこれが埋め込まれいた。」
ゲンはチャック付きポリ袋を出し、見せた。そこには鈍色の弾丸が潰れた状態で入っていて、禍々しい利性が澱んでいた。
ツボミは目を凝らして見ようとしている。
「これまた物騒な代物ですね。嫌な利性も感じます。利伐刃の類にも見えますけど、可能性は低いですね。」
「りばつじん?」
「ツボミちゃん、利伐刃は刃格生物、Barkが扱う自身の利性を武器状にしたものさ。利圧なんかをかけると強度や切れ味が良くなる。...ってナガメ、ちゃんと教えたのか?結構大事な所だろ。」
「あっ、ヤベ。忘んてました。」
「おいおい」
「話を戻そう。Barkの保護、飼育はもちろんのこと街に放し暴れさせることなんてのは重罪。だが長い刑事の経験上そんなことはいくらでも見てきた。故に今回の件は異例中の異例。そこでだ。君たちソウル・ソウルにも協力を依頼しに来た。」
ナガメは快く、
「分かりました。情報の開示も随時受け付けましょう。」
ゲンは笑顔で
「ありがとう。そうと決まれば、情報の収集に行くか。」
崖に列車が入れるくらいの穴があった。
「ナガメ、これからトンネル?」
「いや、これから行くのは年中夜の街、
影艇街だ。その街は洞穴の中にあるんだ。」
ゲンはふと思い出した。
「そういえばお前、出身地ここだっけか?」
「そうですね。ここで祖父と一緒に葬儀屋を営んでました。」
進行方向に温かい光が見える。
「ツボミ、もうそろそろだよ。車窓開けるから、見てみると良いよ。」
ツボミは席に膝立ちして、外を見る。
そこには大きな洞穴に九份老街のような、いやそれよりも高く、複雑な建物がずっと続いている。よく見ると、建物と建物の間に橋があったりしていて、見ていてワクワクする光景だった。多種多様な提灯や天灯、ネオンサイン、賑わい、笛や太鼓の音楽もたくさん見えたり、聞こえたりし、想像していた暗さは全く無かった。
「おー」
ツボミは目をキラキラさせて驚いていた。
その横でゲンも目をキラキラさせて外を見ていた。
(おいおい)
電車は駅に着き扉を開けた。この駅では少し休憩するらしい。
「そういえばサイランに顔出してなかったな。」
そう言うと、三人は運転席に行き、
「おーいサイラン。俺しばらくこの街で調査するから、ナガメ借りるぞ。」
サイランは後ろから話しかけられ、少し驚いて、
「おぉ!ゲン久しぶり!ナガメか?もちろんいいぞ!こっちもしばらくここで運行だから乗る時割引してやるよ!」
(公共料金でしょ...)
ツボミはナガメの後について行った。ナガメは後ろに気がつき振り向きツボミに言う。
「留守番しなきゃダメだろ。」
サイランは否定する。
「いい社会見学になるんじゃねーの。行かせてみるか。」
「まぁ、団長が言うなら...」
ツボミはローブを纏い街に向かうことになった。
駅で降りて
それはツボミにとって見るもの全てが初めてであった。
「ここは基本的に刃格者しかいないんだ。それも他の所から追放されたり、逃亡したりした、刃格者の中からも爪弾きにされたものたちばかりだ。でも、それの大体の理由は容姿なんかじゃない。強すぎたんだ。」
「強すぎた?」
「強すぎて、危険分子とみなされていたんだ。」
「世知辛い...」
(意外にも難しい言葉を使うのだな。)
ナガメはツボミに警告する。
「絶対に離れちゃいけないぞ。」
ツボミはこくりとうなづき、ナガメの手をしっかり握った。その瞬間ゲンが笑う。
「なんか兄妹みたいだな。」
ナガメ自身も薄々気付いていた。
街をひたすら複雑に歩き、一件の喫茶店に入った三人は隅のカウンター席に座り、ナガメは何か紙に書き注文と共にそれをマスターに渡した。マスターは少し待つように促す。
しばらくしてコーヒー二つとオレンジジュースが一つが出た。そして、文字化けしきった暗号のような文字が書かれた紙をもらった。ナガメはそれを読み、考え込んだ。深く、慎重に、
その時オレンジジュースを飲んでいたツボミの前に銀色の毛並みのリスがクッキーを持ってきた。ツボミは少し躊躇しながらもそれを受け取る。マスターは、グラスを拭きながら言う。
「先日店の前で拾った針リスです。なかなか懐かないんですが、どうやらあなたには何かしらの素質があるみたいですね。」
その針リスはれっきとした刃格生物であった。
「自分以外の利性を感じると警戒するんですが、私は利性を隠すのが下手でして、近づくと毛を針のように硬くして、逆立て怒り、懐かなかったんですよ。お嬢さんでしたらお友達になれるかもしれませんね。」
マスターは老いのせいか元からか他人の利性を感じる力が衰えているようで、ツボミが人間だと分からなかったようだった。
ツボミは優しくリスを撫でた。針リスはリラックスしたようで毛並みはしなやかになり、ツボミの手の中で横になった。
「ツボミ友達になれそうか?」
「うん。たぶん。」
針リスは腕や頭を伝いツボミの頭上に登り丸くなり寝た。
情報もあらかた解読して、分かったので会計をした。
そして、事は起こった。
ツボミは店の扉の辺りで針リスのエサやりに夢中で後ろからくる気配に気が付けなく、そのまま連れ去られた。ツボミは恐怖から叫んだ。ナガメはその声で気づいた。しかし、明らかに間に合わなかった。店の窓からバイクに乗った男とツボミが見えた。
「ゲンさん、後頼みます!」
ナガメはそう言うと小型スタンガンを首に当てた。ナガメはプルオーバーのパーカーに羽織りを身につけていた。そして背中にはやはり黒の下地に白いクロスがあった。
店から出るとバイクは階段をも関係なしに突っ切って行った。後を追いかけるが、変身による身体能力の上昇を受けて、追いつかないことからおそらく刃格の類いもしくは改造してあるのだろう。曲がり角でバイクを見失った。
「クソッ!刃格使うか。」
ナガメは左手にお札を3つ手に持った。
「
それは青白く燃え出してカラスの形に変わっていった。そして、ナガメが指示を出す。
「少女と男が乗っているバイクを探せ!」
二羽のカラスは左右に、ナガメは残った一羽に掴まり、空から探すことにした。が、見える箇所が増えたからといってトンネルや橋の下など死角は多かった。と、一際大きなバイクのエンジン音と悲鳴が聞こえた。ナガメは音の方向にとてつもない速さで障害物を紙一重で避けながら滑空した。
一方、
「どけぇぇ!」
ツボミを乗せたバイクは軽自動車通行禁止の場所など関係なくエンジン全開でナガメから逃れていた。
その時、ハンドルが壊れ操縦が効かなくなり人を轢きそうになった。悲鳴が聴こえる。男は目を瞑った。そして、大きな音と強い衝撃に深い後悔を感じながらそっと目を開けると、そこには見覚えのある一人の少年がいた。
そして、バイクの前輪を上から殴りコンクリートの地面にそれを沈めたのが痕跡として残っていた。
ナガメは男の胸ぐらを掴みツボミと逆の方向に投げ飛ばした。
「間に合った。ツボミ大丈夫か?」
ツボミは幸い怪我なく助かった。
男は立ち上がると
「邪魔しやがって、そいつみたいなやつを売り飛ばしたら多額の金が手に入るのによ!」
そういうと手から利性が出て剣の形の利伐刃になった。
ナガメは静かに怒った。
「テメェ、こいつを売るつもりだったんだな。」
ナガメも腰のあたりに利性が収束し、それは二振りの刀の利伐刃になった。
言わずとも周囲の者は二人から出るヒリヒリするような利圧から戦いを感じ、退け、影艇街の一つの空間は戦場になった。
ゲンはナガメの利性を頼りに現地まで来た。
「ナガメ!やっぱそこにいたか。おっと、戦いか!この街はこうでなくっちゃな!」
この影艇街は荒事の街として有名なのである。そして、住民はそれが大好きでたまらない。ナガメたちの周りには空間こそあったが二人を囲うのはやはりこの街の人々だった。
ツボミはゲンのところに避難させた。
ナガメはそれを確認すると右手で一本だけ抜刀した。刀身は墨のように黒いそれだった。
男はそれを見てゾッとした。観衆も目を見張った。そしてその中の一人がつぶやく。
「
観衆が騒めく。
「ゼツジン?」
ツボミはゲンに問う。
「そっ絶刃。その二つ名が影艇街ではよく知られているんだ。対刃格者の刃格者として。あの黒い刀がその特徴。」
誘拐犯の男は自身を奮い立たせるため刃格を発動させる。男の剣は電気を帯びパチパチと音を立てていた。どうやらそういう刃格らしい。そしてそれを両手で大きく振りかぶりナガメに斬りかかった。ナガメは刀を軽く振り、弾き返した。男はたった一回の剣戟で勝機がないのを実感した。
「おい、終わりか?違うだろ?」
ツボミは先程ナガメの怒りを感じた時から一つの違和感を得ていた。
ナガメはなぜあんなに戦闘狂のような言動をしているのか?
ゲンはツボミの様子を見て察した。
「刃格生物には四大欲求ってのがあんだ。睡眠欲、食欲、性欲、そして戦欲。戦いたいと思う欲求で、普段は利性で押さえつけているが戦闘時、特に刃格相手の戦闘ではそんなん必要ないからな。それにナガメは戦欲が特別強い。戦欲が強ければ抑えるために利圧が鍛えられる。言ってしまえばあれが本来の姿だ。」
驚かない様子にゲンは声に出さなかったが驚き、感心した。
「ゲンも戦いたいの?」
ツボミの素朴な質問だった。ゲンは煙草を取り出し火をつけながら言った。
「もちろん!平和が良いのは分かっちゃいるが、戦いには勝てっこねぇからな!」
少し猟奇的な発言だった。
ツボミは周りのざわめきを再認識した。今度は戦いたいという意志を含んだざわめきとして。その時、パチっという電気の音とともに民と、戦う二人の間に煙がでてきた。
「
ゲンがそう言うと煙は一瞬で格子状の柵の形になった。見ると煙はゲンの煙草から出ていた。どうやらゲンの刃格らしい。
「今は一騎討ちを楽しむ時間だぜ。茶々は要らんでねぇの?」
民衆は我に帰った様子だった。
偽物の意味で。
ツボミは不思議そうに柵に触れる。表面はサラサラしていたがその硬さは鉄のようだった。
「そういやまだ言ってなかったな。
俺の刃格は
かっこいいかどうかはともかくその実力は本物で煙は利性とともに残留していた。
一方ナガメは四肢と利伐刃に利性を送りそれの身体能力の上昇を受けて剣戟を何回もしていた。男の方は満身創痍、利性を片腕に込めるのが精一杯で何度ものけぞりそうになった。しかしそのまま宙返りし体勢を整える。男は再び剣に電気を走らせ、斬りかかった。ナガメはその剣を左手で掴んだ。
男はニヤりと笑い電圧を上げた。
「くたばれぇ!」
激しい電流がナガメの体を駆け巡る。
「甘ぇ!」
しかし、ナガメは手を離すどころか手前に引き、大きく刀を振り上げた。その時ツボミの顔が見えた。そして袈裟斬りをした。
男は死を悟った。激痛が左肩から右脇腹にかけて走った。しかし、死んでいなかった。そして傷が全て塞がっていた。
「どうやって!?なぜこんなことになってるんだ!」
男は今の状況が分からなかったらしい。
ナガメは言う。
「ツボミに死人を見せたくないからな。しょうがなく治してやったよ。ツボミに感謝しろ。」
ゲンは誇らしげに言う。
「アイツがよくやる戦術だな。斬撃によるダメージを与えつつ、刃格で斬撃を与えた対象の魂を蘇生。そうして相手の戦闘意欲を削ぐ。意欲が削げれば、相手の利圧もそこまで上げられない。そのままハッピーエンドって流れ。
また、アイツの目は相手の魂が見えるようにできるんだ。そこから大体の相手の次の動き、感情の起伏、集中力をもっと高めれば弱点だって分かる。まぁもちろん条件付きだがな。言ってもあの程度の刃格者相手なら使うまでもないがな。」
ゲンはナガメを本当によく知っているようだ。そして、ツボミはナガメの絶刃たる部分を見ることができた。
男はナガメの利圧が次第に薄くなるのを感じた。しかし、戦う気は失せていた。剣を折られ、利性も消費し、圧倒的な敗北感が抱かれていたからだ。
観衆は沸いていた。叫び声と歓声が飛び交う中ナガメは、はっきりと男の声が聞こえた。
「完敗か。嫌だな。死ぬ方がよっぽど良い。カシラにどやされるしな。だから、
やるか。」
そう言って胸ポケットから拳銃を取り出し自身の頭に向けた。ナガメはその時、利伐刃を構えた。ツボミに人が死ぬところを見せないようにするためでなく、守るために。
その銃から強い利性が発された...
あの禍々しい利性だ。
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