太平の学園 ー 182

「さて……重病人のあなたがここにいるわけを、いい加減聞かせてもらってもいいかしら? 五億万年の時を待たせているようで非常に不愉快な気持ちなの」

 猪原智真美の挑発に対して、般若の少女は「いいよ」と神妙に返事をした。

「私の動機は至って簡単ね。要するに私は、あなたの意見にの意を唱えにはるばるここまでやってきたんだよ」

 猪原智真美は首を傾げて「あなたは何を言っているの?」と少女に尋ねる。

「あなたは自らが私の毒牙にかけられていることはまるで理解していないようね」

「……自分で毒牙と明かすんだね。なんていうか、すごく可愛いよね、あなた。クレバーを装ってるくせにまるで間抜けなところが」

「御託はいいわ。真実を語れば三秒後にあなたを虫と呼ぶ私の暴挙をやめてあげる」

「うんそうだね、私もお腹痛くて早く済ませちゃいたいか――」

「――さあ虫女、さっさと真実を――」

「――言うと思った。あなたはとことんまで人を馬鹿にしなきゃ腹の虫がおさまらない性質だもんね」

「あなたは人じゃないでしょう?」

「その話今ここでする? 長いよ?」

 少女たちの空中戦の意味を理解する者はいない。少年でさえもその様子には懐疑の視線を送らざるを得なかった。

「まあいいや、結論からさっさと話そう。

 ――まずね、私は文化祭のクラス委員になった。これは絶対。ね? 先生」

 教室の端で所在なさげに呆けている先生は、突然に注目を向けられ「あ、うん」と素直に頷いた。

「そう、まずはここまではオッケー。そして、もう一つ驚愕の新事実。クラスの女帝、猪原智真美さん、あなたはクラス委員でも何でもない馬鹿みたいな仕切りたがりというだけの女。ここまでも、オッケー?」

「……言葉が汚いのね」

「神威を傷つける人間に優しい言葉をかける理由がないんだ。ともかくあなたはこの場において本来はただのでくの坊。その辺も理解してもらってから先に進もうよ」

「……」

「沈黙は肯定の証とします。さて、私という一人のクラス委員となぜか教卓に立つ変な女。この二人の間で、文化祭の出し物に関してどちらが優越的な権利を持っているかはあなたも分かるよね?」

「権利とは常に奪い合うものよ」

「あーおもしろい最高だねそのジョーク。――で、私はクラス委員としていい加減責務を果たしたいんだけど、どいてくれるかな? さっさと舵取りしたいからさ」

 ここで少年が般若の少女に向かって語り出す。

「あのさ、翡翠。実はもう、この件は解決に向かおうとしてるんだ。俺がスペクトル・ヴィアンの反対票を過半数集めた。それがあればこの議論は振り出しに戻すことができる。翡翠が俺のことを思ってくれてるのはすごくありがたいし、信じられないくらい嬉しくて、心が満たされて、ちょっともう今立ってるのがやっとなんだけどさ、でも、もう心配しなくていいんだ」

「心配しなくていい?」

 般若の少女が訊き返す。その不機嫌そうな態度に少年は萎縮した。

「文化祭の出し物は無事私たちの平穏を約束して、無事大団円を迎えました。ちゃんちゃん。そんな簡単に済むと思ってる? 本当に?」

「ああ、だって猪原はもうそれで手出し――」

「――この世の中の嫌がらせを全部定義してみてください。思いつくだけ、森羅万象全てがターゲットです。はい、どうぞ」

「……え?」

「言えないでしょ? 想像できないでしょ? 想像できないような悪がこの世界にはいくらでもあるってこと。この女が次に何をしでかすかなんて私たちには分からない。私はそんなの許せないんだよねえ」

 少女は教卓を叩き、改めて宣言する。

「スペクトル・ヴィアンは続行します。なぜなら過半数の票がそれを支持するからです」

 クラスが騒然とする。少年が約束した過半数の反対票が彼女の絶対的な横暴によって覆されたからだと誰もが思ったからだ。

「翡翠、デタラメで何でもかんでも――」

「――デタラメじゃないよ。私は本当に過半数の賛成票を得たの」

「なら俺の過半数の反対は?」

「過半数? 四分の一の間違いじゃなくて?」 

「はい?」

 少女は颯爽と教室の戸を示し、その戸が引かれる瞬間を皆に誇示した。

 そこに現れた一人の少年の存在に、再び周囲がざわつき始める。

「明星!」

 真っ先に少年の名を呼んだのは、猪原智真美だった。般若の少女は微笑みながら、次の宣言をする。

「この度、私たちクラスは別クラスとの合同で文化祭の出し物を行うこととしました。演目はスペクトル・ヴィアンです。別クラスからは既に満票の賛成を得て、スペクトル・ヴィアンを実施すること、そして、で話がついています」

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