太平の学園 ー 180
一週間というあまりにも長過ぎる期間を経て二回目のロングホームルームが始まった時、そこには初回にいたはずの一人の少女の姿が無かった。
「さて、一人の逃亡者のことを置いて、さっさと文化祭の出し物を決めましょう」
猪原智真美は教壇に立ち、少女についてある程度の事情を察した上で、挑発のためにそう告げた。
「前回、文化祭の出し物がスペクトル・ヴィアンに決まったところまでは覚えているわね? そして、訳の分からない間抜け男が何だか奇天烈なごっこ遊びを提案して、私の高尚な案を否定して、時間を食わせた。その徒労のためにロングホームルームの第二回は存在しているということを改めて理解しなさい」
彼女の尊大な発言によってクラスの憎しみの視線が一斉に少年へと向けられると、猪原智真美は突然に焦ってフォローを始める。
「ま、まあ……意見というものは無いよりはあったほうが議論は活発に行われるというもの。私の言ったところは即ち結果論であって、議論の途中においてはその虫男には何ら罪は無いの。そこで例えば私が敗北していたのなら、トロールのあだ名は私の方がその座を賜っていたに違い無いのだから。要するに、さっさと続きの議論を始めましょうということ。じゃあ、スペクトル・ヴィアンにおける最重要な議論、誰が
ここで少年が挙手をして、提案をする。クラスの視線が再び少年へと捧げられた時、誰も見えぬところで猪原智真美は少年へとガッツポーズをしてみせた。少年から彼女への謝罪が行われる――と少なからず彼女が予期していること――についての彼女なりのエールなのだろう。
「……まず一つ、俺から提案をさせてもらいたい」
想起する回答ではなかったことに、彼女は首をかしげる。
「出し物がスペクトル・ヴィアンになった手前、話をぶり返して悪いが、改めて出し物がスペクトル・ヴィアンであることが適切かどうかを問わせてほしい」
少年は一枚の紙を取り出し、それを頭上に誇示する。
「ここに、スペクトル・ヴィアンへの反対票がある。この一週間、俺と協力者で集めた票だ。ここにはクラスの過半数を満たすクラスの署名がそれぞれ集められている」
紙を見つめながら、アブラムが「過半数集まったんだ……」と感嘆した。少年は彼女を一瞥し、「俺が今日、最後の仕上げをした」と答えた。
「俺の漢に惹かれて今日、署名を志願した者が五人いた。それでおしまいになった」
「キモ」
「鴇田さんも後で可愛がってあげるからさ」
「だから、キモキモ」
アブラムのらしからぬ口調に周囲がざわつく。少年は改めて猪原智真美と向かい合い、「過半数を満たした時点でこのゲームは終了だ」と宣言した。
「スペクトル・ヴィアンは過去の文化祭でも行われているが、その実態は女子をびしょびじょに濡らして、その写真集を物販で売って稼ぐという下劣極まりないものだ。俺的に言わせりゃ、漢じゃねえ商売だった。そんなものの実施に与するものは、残念ながらいなかったってだけの話だ」
「……いったい何の話?」
「やっぱり知らなかったんだな。そりゃそうだ、てめえがそれを知っていながら翡翠をそんな目に合わせるわけがねえ。まあいいさ、後で教えてやる。要するにスペクトル・ヴィアンなんてものを議論するのは、もうおしまいだってだけの話だ」
そして、文化祭の出し物に関する議論は振り出しに戻ろうとしていた。猪原智真美は歯噛みして悔しがり、されど争い難い事実の故に押し黙った。
その時、教室の戸が引かれて、そこに一人の少女が現れた。
その少女の登場は、クラスを騒然とさせた。
「翡翠!」
とりわけ少年を。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます