太平の学園 ー 172
少年は人間のカカシを彼女の元の家へと誘った。即ち、今はもう誰も家主のいないマンションの一室に彼女は新たな住居を手に入れたのである。
「しばらくはここに住んでいて欲しい」
少年の要求に従って彼女は自宅の鍵を受け取った。少年が自らの家へと帰還する時、アブラムも当たり前のように少年に従った。
「……鴇田さんはなんでこっちについてくるんだろう?」
「一緒に住もうって言ったじゃん」
「俺は力士じゃない」
「一緒に
「……」
アブラムの強気な発言に少年は眉根を寄せて押し黙ってしまった。
「何本気にしてんの?」
「……」
「可愛いね、八朔」
「翡翠との恋愛の邪魔だけはしないでね」
「分かってるよ。今のは冗談だし、一緒に住むのも別に何のやましい気持ちはない。だって、私たち家族でしょ? 親子が一緒に住むのは別におかしな話じゃないから」
「……それで言いくるめられるとでも?」
「いいから帰ろ」
少年は自室の戸を開き、彼女を自分の部屋へと誘った。彼女は家に上がり込むや否やリビングに向かって走り出し、そこにいるべき一匹のマレーバクを探した。
「カカシ……!」
彼女はその黒き身体に到達し、思わず抱擁を始めた。
「忘れてごめんなさい! もう一生離さないから」
マレーバクは黙って、されど幸せをそれなりに感じたようなそぶりで抱擁を受け止めた。その愉悦がある種の呪いによって成立していることを少年は苦々しく感じていた。
「……でも、しょうがないよな」
彼の心の中にくすぶるさまざまな矛盾は、より彼らが彼らを生きやすい方へと誘っている。けだし彼らの判断の基準というものは次の線引きによって成り立っていることは間違いないように思われる。
即ち、そこに別れが伴うか否かである。彼らは他者との別れを徹底的に拒み、他者から拒まれることを忌避する代わりに、そこに呪いという桎梏を与えた。
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